#11 熱視線/202X (終章もしくは幕間的な掌編)
「ねえ、凜音の中の人変わった?」
隣に座るキラが不意に凜音を振り返った。
「は? 何?」凜音は首をかしげる。
「凜音、知らないのかよ? 〝中の人〟のこと」
瑛人が小馬鹿にするように笑い、しどろもどろで答える凜音。
「中の人って、アレだろ。公式の、アカウント担当してる中の人」
向かいに座る葵が「ホントに知らないんだ」と意外そうにつぶやき、スマホをササッと操作してTmitter画面を凜音に向けた。
「これこれ。『ニセモノを見分ける3つの方法』」
何がおかしいのかキラがキャハハと笑い声をあげ、瑛人が「シーッ」と口元に指を立てる。屋上に集まった高校生四人は、本来ならそれぞれの教室で授業を受けている時間だ。凜音は葵から見せられたスマホ画面の文字を目で追った。
『中の人がニセモノかどうかを見分ける3つの方法
①突然できたシミまたはホクロが3〜7日で消えた
②そのシミまたはホクロが移動していた
③そのシミまたはホクロが消えた後に他人を凝視するようになった』
「ニセモノって?」
凜音にはまだ理解できない。
「中身が別人ってこと。よくあるでしょ。異世界の人間に憑依転生するハナシ。あれみたいなもの。人間が異世界から転生してきた何かに憑依されるの。それを見分ける方法ってこと」
「何それ。流行ってるアニメか何か?」
「ちげーよ。リアルにそういう人間がいるんだってさ。まあ、おれも別に信じちゃいねーけど、今Tmitterでそういうのが出回ってんだよ」
「外見は変わらないし、憑依される前の記憶もある。言動も基本的には変わらないけど、それが全部空々しくて演じてるように見えるんだって。それで、ふと気づくとじっとこっちを見つめてるの。う〜っ、怖ッ」
空々しいのは葵の身震いだと凜音は思う。
「動くホクロの動画なんていくらでも作れるじゃん。葵がそういうの信じてるなんて意外」
「まさか。フィクションとして楽しんでるだけだよ」
「だろうな」
「はーい!」
キラが元気よく手をあげ、その手が凜音の肩を掠めた。凜音はたったそれだけで鼓動が早まり、キラの横顔から目をそらす。
「あたしの友だちの先輩のお兄さんのカノジョがニセモノっぽいっんだって。急にじっと見つめてくるようになったんだって!」
キラの言葉に葵が笑い、一緒になって笑ったキラの金髪のツインテールが揺れた。キラは普段髪を下ろしているが、さっき葵が遊び半分で結ったのだ。露わになったうなじに視線が惹きつけられるのを、凜音は理性で耐えている。
「葵、なんで笑うの?」
「だって、恋人同士で見つめ合ったらそれは、ねえ」
「恋する乙女のラブラブ光線だ」
彼女のいない瑛人が生真面目な顔で腕組みをして言う。凜音の視界の端でキラが不満げに頬を膨らませた。
「そんな感じじゃないみたいだって先輩が言ってたってあたしの友だちが言ってた」
「キラ。何言ってるかわかんない。
それより、キラは凜音が自分をじっと見つめてくるから中の人が変わったと思ったんだよね?
でも、凜音がキラを見てるのなんていつものことじゃん。ラブラブ光線」
「ちょ……ッ。葵、何言ってんの」
「えっ、凜音ってキラのこと好きだったのか? なんでおれに言わないんだよ」
「なんで瑛人に言わなきゃいけないんだよっ!」
「あっ、自白した! キラ、凜音が自白したよ」
「えーっ、じゃあ中の人は変わってないってこと?」
天然ぶりを発揮したキラの反応に葵と瑛人が爆笑している。
「おい、キラ。せっかく凜音が告ってるんだからなんとか言ってやれよ」
「凜音、あたしのことが好きなの?」
「え……、あ、……うん。うん、まあ。
いや、そうじゃなくて。じゃなくて、そうなんだけど、なんで瑛人や葵がいるとこでこんな話しなきゃいけないんだよ!」
凜音が耳まで真っ赤にしてうつむくと、葵と瑛人が顔を見合わせて立ち上がった。
「しゃあない。先に行くか、葵」
「そうだね。じゃあ、うまくいくことを祈ってる」
屋上に二人きりになったあと、凜音は緊張して自分が何を喋ったかほとんど覚えていないが、キラと付き合うことになった。すっかり舞い上がってしまった凜音は、その日キラのうなじに見つけたホクロのことはすっかり忘れていた。
「そういえば、二人が付き合い始めたのって、先週のこの時間だったよね」
屋上に集まった四人はいつものようにお菓子をつまみながら他愛ない話をしている。ポテチを口に放り込んだ瑛人が、「あ〜ぁ」と気の抜けたため息を漏らした。
「おれも彼女作ろうかな」
「作ろうと思って作れるなら、もうできてるんじゃない?」
「うるせえよ、葵。それにしても、キラ。おまえ中の人変わったんじゃねえか?
いくら付き合いたてだからって凜音のこと見すぎだろ。なあ、凜音。おれも女子と熱く見つめ合いてぇよ」
葵が「そんなのフィクションだし」と大袈裟に肩をすくめ、瑛人との掛け合い漫才がヒートアップする。
キャハハとキラが凜音の耳元で笑った。以前とまったく変わりない光景だったが、凜音の耳に届いたキラの笑い声は妙に空々しい。
さっきから凜音が考えているのはキラのうなじのホクロのこと。あのホクロはまだそこにあるのか、ないのか。
キラの肩にかかる金髪が風になびいた瞬間、凜音は思わず顔をそむけ、ふと目が合った葵がどこか気不味そうに視線をそらした。キラはまだ凜音を見つめている。




