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#1 蠢く黒子/202X  (序章的な掌編)

 夕飯の準備をしていた小夜は、恐る恐るトマトの断面に顔を近づけ、小さな悲鳴とともに仰け反った。包丁の先に黒ずんだ液がこびりつき、まな板にこぼれ出た種の中に蠢くものがある。が、小夜は自分の手の甲にできた小さなホクロにまだ気づいていなかった。


 珍しく家に居た高校二年生の冬也が動画を撮影し、SNSにアップしたのはその日の夜。翌日にはフェイク動画と叩かれてすぐに削除したが、その後似たような動画が複数のアカウントから立て続けに投稿され、『ネットを騒がす未知の黒アメーバ! 身分偽装&行方不明の生産者が販売したのは本当にトマトだったのか?』という動画が某サイトに公開されたのを機に、その蠢く黒いものは広く世間を賑わすこととなった。


【動画一部抜粋】▶えーっと、人里離れた山の中っていっても、放置された工事現場って感じだよね。ここで例のトマトを栽培していたらしいんですが、なんか匂いヤバくね? 土まっ黒じゃん。これって焼畑農業ってやつじゃないよね。ベトベトしてる。まんま黒アメーバ。ゲッ、手についたやつ全然落ちねー。お前も触ってみろよ。


 同チャンネルにおいて、数日後に続報が公開された。タイトルは『続報! 手についた黒アメーバが移動してる気がして皮膚科に行ったらヤバかった』。


【動画一部抜粋】▶医者には言うなって言われたけど、言うのがおれの使命だからね。ちゃんと視聴者の皆様にお伝えしないとですよ。まあ、結論から言うと検査しても何の問題もなかった。でっかいシミ。でも、シミが形保ったまま動くかっつーの。ってことで、内緒で録音してた医者とのやりとりがこれでーす。

『だから気のせいじゃないですって。最初は指の第二関節までだったのが、ちょっと下におりてきて、指毛のとこに接近してんの。写真見比べてみてよ。ほらほら、明らかに動いてるじゃないっすか』

『まあ、動いてるような気もするね』

『気もするじゃなくて動いてるの。医者としてその態度どうなん? わかんないんだったら大学病院でも紹介してくんない?』

『(ため息)ホクロやシミが移動してると訴える患者は君だけじゃない。最初は君の言う通り大学病院を紹介してたんだけど、大学病院ではなく別のところから問題ないと言って追い返せと言われたんだ。ああ、この話は絶対他では言わないでよ。病院畳むわけにいかないからね』

『別のとこって公安? ヤクザ?』

『そのシミは動いてるだけで今のところ君の体に別状はない。検査結果に偽りはないから、お大事に。次の患者さん呼んでくれるかな』

『はっ? マジで帰らせる気かよ。ちょっ、看護師さん。なんか言ってよ』

『お大事になさってください。次の患者さん、どうぞー』


 動くホクロは某テレビ局がワイドショーのネタとして取り上げ、テレビを点けっぱなしにして夕食の準備をしていた小夜は、『ホクロが移動しているという訴えが』と聞こえて顔をあげた。

 テレビで流れている見覚えのある黒アメーバ動画は数日前に息子の冬也が撮影したものだ。あれ以来トマトを切るのが気味悪く購入を控えていたが、そろそろ解禁しようと思っていた矢先に目にした蠢く黒いもの。再びトマトを買う気が薄れ、切りかけのキュウリに視線を落としたとき、小夜はふと手の甲に見慣れないホクロがあることに気づいてドキリとした。

 先ほどテレビでは『ホクロが移動』と言っていなかったか。

 まさかと思いながら指でさすり、もう一度手の甲を確認するとホクロらしきものは消えていた。小夜は見間違いだったのだと胸をなでおろしたが、そのホクロが指先に移動していることには気づいていなかった。そのあと指先のホクロは小夜が髪をかきあげた時に頭皮へと移り、そのまま毛穴へと吸い込まれていく。


 冬也が母親の小夜に違和感を抱いたのは帰宅後まもなくだった。強いて言うなら名女優が小夜のふりをしているような、気のせいで済ませられる程度の違和感だ。

 久しぶりに食卓に並んだトマトに冬也は黒アメーバのことが頭を過ったが、SNSではすでにその話題は過去のもので、母親もそろそろ克服したのだろうと考えた。食事を終えて歯磨きをするころには黒アメーバのことは頭になく、自分の舌先に黒い点々ができているのに気づくことはなかった。


 数日後、動画サイトの例のチャンネルでは黒アメーバ関連の動画が新たに公開されたが、視聴者数はまったく伸びず、出演者の変化に気づいた者はほんのわずかだった。

 

『検証! 新農法トマトで三大疾病を完治できる!』


【動画一部抜粋】▶例の検証動画をなぜ削除したのかという問い合わせがいくつもきてるんですが、やっぱりね、間違いというか、煽りみたいな動画はやるべきじゃないと反省しました。

 実はとある所から連絡をいただきまして、あのトマトについての情報を入手したんです。

 あ、その前にこれ見てください。あのシミ、ただ色がついてただけみたいです。何日か石鹸でこすってたら、昨日パッと消えちゃいました。あのお医者さんには申し訳ないことしちゃったよね。謝罪に行ったんだけど私用でしばらく休みみたいで、もしこの動画見てたら本当にすいませんでしたっ!

 ということで、お医者さんとトマトへのお詫びの気持ちと敬意を込めて、今後このチャンネルではトマトに関する動画をあげていくとともに、新農法トマトの通信販売も始める予定です。

 美味しいトマトを食べたいあなた、健康になりたいあなた、幸せになりたいあなた、ぜひチャンネル登録お願いしまーす。


 夏菜がこの動画を見つけた時には、すでにそれ(・・)に関する動画や記事は何者かにによって消されつつあった。冬也は変わらず隣の席で授業を受けているけれど、それは夏菜が好きだった冬也ではなく、冬也のふりをした誰かだった。


 夏菜は夏菜のふりをしている〈何か〉を演じつつ、以前と同じようでまったく変わった高校生活を送っていた。でも、いつまで夏菜のままでいられるかわからなかった。

 来週からクラスで新農法トマトの栽培授業が始まる。

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