第六話
そう言えば生徒指導室には初めて入ったなと辺りを見回す。
資料棚が置いてあるだけで、あとは椅子と机しかない部屋だ。本当に話し合うためだけのものって言う雰囲気がする。
笹里は、ドアを閉めると机の上にスチール製の灰皿を置いた。
「あの、生徒の前でタバコ吸うんですか?」
懐から一本取り出すと、彼は構わずくわえる。
「あん? あぁ、生徒の前では吸わんな」
ライターを取り出して、火をつけた。タバコの嫌な臭いが鼻につく。
吸ってるじゃんという言葉は、喉の奥に仕舞い込んだ。
彼は一服つくと、さてと切り替えた。
「あいつらのこと何か知らないか?」
「あいつらって金髪たちの?」
「そうだ」
イジメられている方は無視され続けていたのに、イジメている人たちが変わったら話を聞くのかと、内心でため息をついた。
社会の歪みを見たようで、億劫になる。
「……知りませんよ」
顔をそらしながら、突き放すように言い放つ。
笹里は大きくため息をつきながら、煙を吐いた。顔に当たり、晃琉は大きく咳き込む。
「あのな? 俺はお前に聞いてるんじゃない。教えろって言ってるんだ」
「……まるで僕が何かしたとでも言う言い方ですね?」
「そりゃそうだろう。お前が“悪魔を引き連れているんだから誰でも怪しむ”」
その言葉に反応したのは、宙に浮いて足を組んでいたエルだ。
「お前、私が見えるの?」
「あぁ、ハッキリと見えるぜ。クソ以下の悪意が」
「なるほどお前、退魔師か」
瞬間、笹里がタバコを放る。放物線を描いたそれは、淡く光る。
タバコは爆発した。エルは動かなかった。巻き込まれた晃琉はただ、咳き込んだだけ。
驚いた顔をしたのは、笹里の方だ。
「お前、ただの悪魔じゃないな?」
「さぁ、私からは言えないの」
「わかったわかった。お前らの所業は不問にしてやる」
彼は大きくため息をついてから、椅子に深く腰かける。肩を落とし、心底面倒くさそうに天井を仰いでいた。
「……何するんですか?」
晃琉の言葉に、笹里は視線だけ送る。
「何するはこっちの話だ。やっとでっかい案件が食いついたと思ったのによ、邪魔しやがって」
「どういう──」
「お前、あいつらに憑いてた悪魔、殺しただろ?」
晃琉は助けを求めるようにエルの方を見た。しかし、彼女は顔を合わせようともしない。ただニヤついた笑顔で満足そうにその場で漂ってる。
その反応を見て、笹里は再び大きなため息をつく。
「殺したんだな」
「……え?」
「お前、未熟すぎるの」
二人から板挟み状態になって、肩を縮こませるしかなかった。
「ま、しょーじきな話、いじめがあって放っておいたのは悪いと思ってたし、これでお互い様ってことでチャラにしてやるよ」
「は、はぁ!? そんなの納得できません!?」
「だったら何か? 俺はお前を連行して拘束してもいいんだぜ?」
言われ黙るしかない。
そうなったらエルは助けてくれる……と思ったが、面白そうって理由で暫くは捨て置かれそうだと考えを改めた。
どうしてこうなってしまったのか。あのまま廃虚で下級悪魔に食べられているのが正解だったのだろうか。
抗えばよかったと考え、契約は強制的に行われたんだったと思い出す。
結局、晃琉の運命は昨日から戻れない位置に行ってしまったのだ。
頭を抱える。机に頬をこすりつけて現実逃避したい衝動を、何とかギリギリで踏みとどまった。
「……僕はどうすれば?」
その言葉を聞いた笹里は立ち上がり、資料棚を開けた。ファイルを一つ取り出し、その中から一枚の紙を取り出す。
晃琉に見せつけるように置いてから、頬杖をついた。
「行方不明事件。知ってるか?」
「……ニュースになってるやつですか?」
「そう。普段なら騒ぎになる前に揉み消すんだが、今回はちょっと特殊でな」
確か近所で起こったものだ。数人の男女が、その場所から帰ってこなくなったという。
それが悪魔の仕業なのだろうかと、紙に目を通す。
「被害者数百人越え。近隣付近は、完全に封鎖」
「ひゃ、百人!?」
「この数字の意味がわかるか?」
そんなもの、ただの一般人の晃琉にはわかるはずがなかった。
「縄張りを食卓にしだしたの」
代わりに答えたのはエルだ。
「このまま放っておくと、ここら一帯の人間全員食べられるの」
「……やっぱりか」
彼女の答えに、笹里は顔を伏せた。彼の表情は苦虫を噛み潰したようだ。
「……一つ聞きたい。何故、その悪魔は今すぐに動き出さない?」
笹里の問いに、エルはくすくす笑う。
「そんなの知らないの。悪魔は気まぐれ、動こうと思った時に動く」
「言い訳になってない。すでに世界は事件を認知してるんだ騒ぎになれば動きづらいのは悪魔も一緒だろ? なのに、すぐに動き出さない」
「……お前、中々狡いの」
不服そうな顔で床に着地してから、エルは晃琉の隣に座った。
「答えは簡単。私がそいつの最高のディナーを邪魔したからなの」
彼女は晃琉の肩に手を置いた。笹里はそれを聞いて「なるほどな」と呟く。
晃琉だけは、最後まで理解できなかった。




