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第一話

 人間はとてつもなく残酷だ。

 少し違うというだけで、差別をする。


 彼は森の奥に廃墟となったビルに一人残された。

 手足を縛られ、口を縛られ、椅子に座らされている。


 クラスメイトが彼をイジメの標的にして、置き去りにしたのだ。これは完全に度が過ぎていると思いつつも、諦めるようにため息をついた。

 窓から見える夕陽が、もうすぐ夜を告げる。ずっと見つからないままここにいるのかなと、濁った瞳で地面を見つめた。


 暗闇が増す。地面に映っていた影さえも消えた。


 瞬間──肌寒さが襲いかかってくる。


 影が影の方から伸びてくる。その異様な光景に、目を奪われた。

 その影から黒い手が伸びる細く長い手だ。続々と影の中から這い上がってくる。


 現れたのは、黒く形容しがたい化け物だった。目はギョロギョロと周囲を探るように動かしている。

 一体のうちと目が合い、思わず身を固める。


──キェシャアアアア。


 それの一体は奇妙な鳴き声とともに、大口を開けて飛び上がった。食われる、そう思ったときだ。


 鈍い音が鳴り響いた。


「下等どもの臭いを嗅ぎつけてみれば、面白いことになっているの」


 聞こえてきたのは少女の声だ。

 

 己の前にいつの間にか女の子が立っていた。背は小学生高学年ほどしかない。黒い衣服に身を包んだ彼女は線が細い。見える肌は白く、きめ細やかそうだ。

 髪は腰まで長く、毛先に行くほど黒から白へと変色している。頭の頂点には、ぴよぴよ動くアホ毛が主張していた。


「ち、今のままじゃ一体も倒すことができないの」


 彼女が飛ばしたであろう怪物は、体勢を立て直して飛びかかる。彼女はそれを避けて、こちらに振り向いた。

 人形のように整った顔だ。それ以上に赤く光る不思議な瞳が目を奪う。


「お前、助かりたいか?」


 彼女の問いに、彼は目を伏せる。助かったところでどうせろくなことはない。

 そんな悲観を感じ取ったのか、大きなため息をついてから口を縛ってる布を取った。


「あーあーそういうのは良いの。お前は助かりたいそれでいいの」

「そんな理不──」

「生きるも死ぬのも理不尽なの。私はその“理不尽”だから」


 背後から襲ってきた黒い異形を、彼女は回転蹴りで蹴散らした。

 そのままこちらに向き直り、顔を近づける。幼い顔なのに、どこか目を惹くような艶やかさを持っている。


「お前の名前は?」


 尋ねられ、口が勝手に動いていた。


「……月乃瀬つきのせ……晃琉のぼる


 晃琉の名前を聞いた少女は吐息を漏らした。限界まで口を吊り上げて、彼女は歪んだ笑みを見せる。


 顔を離してその馬でくるりと回る。


「契約は完了したの──我、大悪魔エルの名において、このモノを我の配下にす」


 その発言とともに、突風が吹いた。晃琉を縛っていたはずの縄はどこかに吹き飛んでいた。

 あまりの風に我慢できなくなり、顔を覆って目を瞑る。


 少しして収まった頃、ゆっくりと目を空けた。視界の先には少女が消えていた。黒い影の異形はこちらを警戒するように距離を取っている。

 どこに行ったと少女の姿を探しても、見当たらない。


『どこ向いてるの? あんぽんたん』


 それは、晃琉の手の中から響いてくる。


 見下ろすと、いつの間にか黒い拳銃を握っていた。晃琉はあまり銃の種類は詳しくないが、少なくとも映画では見たことのない歪な形だ。

 派手な装飾が施されているのが逆に不気味さを際立たせている。


「もしかして……?」

『そう、それは私──そしてお前の武器』

「え、ええ……!?」


 何が起きているのか一切分からない。


 それはそうだ。一連の出来事はあまりにも現実離れしすぎている。


『私を使って戦うの』

「いやいや、無理だよ!」

『無理でもやるの。じゃないと、死より恐ろしい目に遭うの』


 その謎の説得力に、喉を鳴らす。


 死ぬのは良い。しかし、痛いのも苦しいのも嫌だ。死より恐ろしい目に遭うというのなら尚更だ。

 震える手を収めるように、深く息をついた。拳銃になった少女──エルを構える。


 態勢を立て直した影たちが一斉に飛び掛ってくる。

 晃琉は呼吸を整えて、引き金を引いた。


 発砲音も発射炎もでなかった。反動もなく、ただ引いたという事実しかない。当然、空薬莢などもない。

 代わりにあるのは体を包み込む倦怠感。体中の体力を吸い取られたような感覚。

 そして、周囲の静けさを割るような歪な叫び声。


 異形たちは、体を膨張させたかと思うと一斉に消滅する。


『これは中々──逸材を拾ったの』


 エルの声が遠のいていく気がした。視界がかすみ、その場に倒れ伏せる。


 閉じていく視界の中、拳銃は元の少女の姿に戻っていた。見下ろす彼女は、肩をすくめてこちらを見つめている。


「だけど、力の使い方は大雑把」


 小さくため息を漏らす彼女は続けた。


「休むと良いの。私がお前の家までしっかりと送り届けてやるの」


 そこからの記憶は晃琉にはなかった。

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