1. Mission 1-3
エイナーとテオは装備を整えた部屋を出て、当初エイナーがガラスケースに格納されていた部屋へと再び足を踏み入れた。
エイナーの視野上には温度センサーなどの情報が表示されているが、周囲を見渡しても動くものや生命反応はない。
敵も味方もだ。
データ上では死体の1割が人間で、残り9割が敵。
友軍が劣勢なことを考慮すれば、敵はもっと残っていてもいいはずだが、そうでないということは命がけで敵を排除したのだろう。
だが、生き残りが0と判断するのは楽観的過ぎる。
エイナーは警戒しつつ部屋の出入り口と思わしき大きなドアへと近づく。
ドアは無理矢理捻じ曲げられ、破壊されたような傷跡があった。
部屋に転がる怪物たちの仕業か。
分厚い金属製のドアを捻じ曲げるとは、一体どんな武器を使ったのか。
いや、もしかしたらスワインたちの中には、それだけの腕力を持った個体がいるのかもしれない。
エイナーは警戒心を更に高めながら、ドアの隙間からチラリと外の様子を伺う。
外は部屋の中と同じく、いや、それ以上の惨状が広がっていた。
大量の死体で足の踏み場はなく、壁や天井にはあちらこちらに染みや弾痕がついている。
動く敵がいないのを確認してから、ドアの隙間に巨体をねじ込み、無理矢理抜け出す。
アーマーがドアに擦れ、周囲に音が響いた。
その音を聞きつけたのか、遠くからガサガサ動く気配がする。
そちらの方を向くと、ピッという音と共に、視界上に緑色の枠で覆われた生物の姿が表示された。
アラクニッドが2体。
片方は少し遠くにいるが、どちらも先程倒したのと同じ形をしている。
飛びかかるには距離があるせいか、アラクニッドは左右に動きながら距離を詰めてきた。
それを見て問題無く排除できると判断し、エイナーはスマッシャーを向ける。
「試し打ち代わりだ」
そう呟きながらスマッシャーの引き金を引く。
ドンッという大きな音に合わせて弾丸が発射され、手前側にいたアラクニッドが四散した。
同時に、発射の反動で肩に衝撃が抜けていく。
普通の人間であれば体ごと後ろに吹き飛ぶか、肩が折れるかするほどの衝撃だ。
だが、強化兵であるエイナーは平然と反動に耐え、銃身のブレを最小限に抑え込んだまま2発目を発射。
2体目は少し遠くにいたが、銃撃は正確にアラクニッドへと突き刺さり、原型を失わせた。
「射撃の腕と装備は問題なさそうですね」
「肩慣らしにちょうどいい。この調子で進むぞ」
そのままエイナーは敵を排除しつつ、施設の外へと向かう。
その後、道中で遭遇する敵はアラクニッドだけだった。
それも残党といった程度の数しかおらず、スワインに至っては死体しか転がっていない。
友軍が全て処理したとしか考えられないが、数の差を考えれば信じられない戦果だ。
大した障害もなく、時には行く手を塞ぐアラクニッドを蹴り飛ばしながら、無事光が差す出口へと到達できた。
「なるほど、今も戦闘継続中か」
エイナーは周囲を見渡し、「やれやれ」と息を吐きながら呟いた。
施設の出入り口は丘の中腹にあった。
眼下には鬱蒼とした森林地帯が広がっており、あちらこちらで木が燃え上がって煙がたなびく。
遠くの空では巨大生物が悠々と飛行しつつ火の玉を地面に向けて吐き出し、それを撃ち落とそうとするミサイルや対空砲が飛び交っている。
地平の向こうでは全長100メートルはあろうかという巨大なロボットと、同じく巨大なスワインに似た生物が殴り合っていた。
今も友軍が戦い続けていることは朗報だが、砲撃などの音はエイナーたちからかなり離れていた。
周囲に友軍は残っておらず、この施設は敵の勢力下にあるのだろう。
仮に生き残りがいたとしても通信制限がかかっているため、この広い森の中で顔を突き合わせるという幸運に期待するのはいささか分が悪い。
そんな状況で自らを奮い立たせるように、エイナーはフンッと鼻を鳴らした。
「テオ。現状で我々が取るべき行動は何だ?」
「まず達成すべき目標は2つ。友軍との合流と大尉の専用装備の回収になります」
「専用装備?これでは駄目なのか?」
エイナーは不思議そうに身につけているアーマーをコツコツと叩いて見せた。
カーツ大佐が身につけていた物と同じで使用感も悪くなく、品質的に問題があるとは思えない。
それに自分の専用装備というなら、なぜあの部屋に用意されていなかったのかも疑問だったが、口に出すよりも先にテオが答えを示した。
「今装備しているものは一般的な強化兵用の装備を流用した予備装備です。専用装備は大尉の身体能力や特殊能力を十全に発揮することを想定していますから、今後の作戦を進める上で必要になります。現時点では代替品もありません」
「それで?その専用装備はここで待っていれば配達して貰えるのか?」
皮肉げに問うエイナーに対し、テオの方も同様に返す。
「半分正解です。輸送ヘリで配達中でしたが、敵軍に発見されて撃墜。回収チームが派遣されましたが、こちらも定期連絡が途絶えて消息不明です。せっかくの誕生日プレゼントが配達事故とは不運ですね」
「この戦時下だ、再配達依頼も難しいだろう。こちらか出向いて受け取るしかないな。落下地点は判明しているのか?」
エイナーがそう言うと、視界上にピコンと座標情報が表示された。
距離はここからかなり離れていて、強化兵の足で全力で進んだとしても数時間はかかる。
そしてなによりの問題は、その方角の先で巨大なロボットと生物が今なお殴り合いを続けていることだった。
友軍らしきロボットは1体で、敵は5体と不利ながら一歩も引いていない。
頼もしいのはありがたいが、あの戦いに巻き込まれては堪らない。
予測落下地点はロボットたちとは離れているが、彼らがいつ戦いの場を移すかは定かではなく、下手をすれば装備が踏み潰される恐れすらある。
エイナーが巨人たちの殴り合いを眺めていると、テオがロボットに向けてレーザーポインターを指し、クルクルと回し始めた。
「あの巨大兵器はタイタン。優先順位が3番目に高い反攻作戦の中核を成す兵器で、殴り合っている相手はブロックヘッドと呼ばれています。念の為申し上げますと、大尉の所属する作戦は最下位になります。どうやら軍にも最低限の理性は残っていたようです」
「希望があるのは良いことだ」
「ちなみに残り7つの反攻作戦は既に失敗に終わっています。残るは大尉とあのロボットだけです。この星が陥落すると他の惑星への侵攻を防げなくなりますので、なんとしても守り抜かなくてはなりません。責任重大ですね」
「......」
知らない間に自分の背中には随分と重い期待がのしかかっていたことをエイナーは知り、思わず苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
戦況を知るたびに状況が悪化していくのは止めてほしいが、泣き言を言ったところで何も変わりはしない。
戦場で神に祈る暇があるなら、弾丸の一発でも相手に叩き込んだ方がまだマシだ。
「ここで話をしていても仕方ない。行動あるのみだ」
「森の中ですからレーダー類の性能は低下します。遭遇戦に注意してください」
「了解した」
エイナーは頷きながらスマッシャーを構え、弾丸のようなスピードで勢いよく丘を下り始めた。
テオがついてこれるようスピードを押さえているが、強化兵の脚力は地面を抉り、100キロを超える巨体が猛牛のような勢いを得る。
エイナーはドスドスという重い音を鳴り響かせながら、接触するものがいれば弾き飛ばす勢いで、敵が展開しているであろう森の中へと突入した。




