覚悟を決めろ
そう、勝ちの目はまさにそこにある。アンナの【ヘイトアップ】でゴブリンナイトの注意をアンナに引き付けることができれば、その隙にオウカが斬れる。あの騎士鎧だって隙間はある。そこを狙えば充分に斬れるはずなのだ。
そして斬ることに関しては、このシミターという武器は非常に優秀だ。
だからオウカはカタナの代わりとしてシミターを選んだのだから。
……しかし、それもアンナに「戦う気」があってこそだ。アンナにその気がなければ【ヘイトアップ】を上手く使うことすら出来ないだろう。
その場合は仕方ない。アンナを無事に地上に送り届けて、それからオウカ1人で攻略法を探ることになるだろう。
黙っているアンナを前にオウカは1度戻ることを決めかけて、アンナの「やるわ」という返事にピクリと反応する。
「いいのか? 命の保証はできねえぞ」
「いいわ。この道を選んだ時点でそんなもの、ないでしょ」
「まあな。命の保証が欲しけりゃ外でメイドやったほうがいいって話だ」
「だからやるのよ。私が選んだのは『ナイト』のほうなんだから」
その瞳からは、先程までの自信の無さは薄れている。いや、強い意思という鎧で覆い隠されたのだろう。少なくとも、オウカが命を預けるには充分な輝きを持っていた。
嬉しそうに言うアンナにオウカも「おお、助かるよ」と言いながらシミターを構える。
ゴブリンが此方を伺っているのを見つけたのだ。見つかったことに気付いて「ゴブ⁉」と声をあげるゴブリンをオウカは睨みつけて。ビクッと震えたゴブリンが剣を振りかざし襲ってくる。
「まあ、こいつ等をぶっ殺しながらだけどな」
「そうなるかしらね。【ヘイトアップ】!」
「オラア!」
アンナのヘイトアップでほぼ強制的にアンナに注意を向けたゴブリンに出来た隙を狙い、オウカの一閃が炸裂する。
隙だらけで急所ががら空き。こんな状況なら、一撃で仕留めるのも実に容易い。
「ハッ……やべえな、クセになっちまいそうだ」
「なっちゃえばあ? 別に問題ないでしょ」
「いやあ……そいつはどうかねえ」
シミターを掃いながら、オウカは思わず苦笑してしまうのだった。
迷いながらゴブリンと戦い、戦って。やがてオウカたちは、今までとは明らかに違う場所に辿り着く。
小部屋のような少し広めの空間と、その奥にある青い炎の明かりに照らされた穴……いや、何処かに繋がる通路。
そして、その前に立つ騎士鎧を纏った……ゴブ、リン?
「……なんかデカくねえか」
「デカいわね」
そう、そのゴブリン……恐らくゴブリンナイトだろうと思われる個体は、妙に大きい。
オウカよりも大きい、というよりも……体格の良い成人男性ほどの大きさがある。
纏っている騎士鎧は恐らく鉄製。兜までしっかりと着け、ロングソードとカイトシールドを構えている姿は中々堂に入っている。
(ああ、ありゃヤベえな……何かの武術を使える奴だ)
武術を知らないド素人と武術を齧りであろうと知っている者とでは如実な差が出る。
それは構えであったり動きだったりするが……共通しているのは、何かを殺すための技であるということだ。
それは大抵の場合は何も知らない素人を一方的に打ちのめせるものであり、素人がこれを制するのであれば、それこそ本能の導きに頼るしかない。その程度には圧倒的な差になり得るのだ。
オウカも一応冒険者に門戸を開いている剣術道場に通いはしたが、その程度だ。
「アレがゴブリンだって言うつもりかよ。ハイゴブリンじゃねえのか?」
「そうかも。ホブってほど巨大じゃないけど、通常種ほど小さくは無いし」
ハイゴブリン。ゴブリンの上位種の1つであるとされているが、ゴブリンよりも頭が良く、各種の能力も高い。他の人型モンスターにも劣らぬというその実力は「外」で見かければ最優先駆除対象になるくらいは危険な相手だ。
「でも確かにゴブリンナイトだって情報屋に聞いたんだけど」
「ほーん? だとすると、ゴブリンナイトっつーのは元々ああいうもんだってことだな」
情報屋が嘘の情報を売る事は無い。もしいれば、そいつはモグリの偽物だ。
情報屋ギルドは自分たちの価値を保持するため、情報の正確性には細心の注意を払っている。偽情報を扱う情報屋がいるなどという話が出回れば、賞金をかけてでもそいつを消しに行くだろう。
「そのゴブリンナイトの情報は買ってねえのか?」
「買ってないわ。高いんだもの」
「アイツ等、そういうとこあるんだよな」
まあ、ないものは仕方がない。アレがゴブリンナイトだということは分かった。そしてアレを倒さなければその先には進めない。
となれば……取れる手は2つ。ゴブリンナイトを倒して2階層に進むか。何とか外に続く階段を見つけられることを祈って戻るかだ。
「さて、どうすっかな」
「どうするって……戦うの? 予想より強そうなんだけど」
ゴブリンナイトは2階層への階段の前から動かない。恐らくそういうものなのだろう。
それを前提に、オウカはゴブリンナイトを指し示してみせる。
会話する余裕はある。なら、アンナに覚悟を決めさせるのが今やるべきことだからだ。
「いいか。ダンジョン潜るならアレは倒さなきゃならねえ。つーか、あのくらいは倒せないと話にならん。そうだろ?」
「それは、まあ……」
「それとも、いつ入るかも分からん3人目が来るまで1階層でウロウロするか?」
「うっ」
確かにソレはない、とアンナも思うのだろう。拳をギュッと握り、視線をキョロキョロとさせる。自信の無さが透けて見えるようだとオウカは思う。
「やるしかねえんだよ。ダンジョン潜るって決めたんなら、進むしかねえ。ちょっと強そうな奴が出て尻込みする奴がこの先やっていけんのか? いけねえだろ」
「それは、そうだけど」
「お前のヘイトアップってえのは良いスキルだよ。アレがありゃあ、隙を作れる。あのゴブリンナイトにだってそうだろ?」
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