ダンジョンは教育に良い
ダンジョンとはいかなるものか……という問いには「危険物」の一言で済む。
入れば危険、放置しても危険。出入りする奴も危険と三拍子揃ったダンジョンは「悪い子はダンジョンに捨てるよ!」と親が子に諭す程度には危険の象徴だ。
ちなみに「そんなんじゃアンタ、将来冒険者だからね!」もある。さておいて。
そんなダンジョンは危険物であると同時に鉱山でもあり、国力を高める重要な資産でもある。
このダンジョンを中心に出来た「迷宮都市」であるからこそ、なんだかんだで町の中央にダンジョンはある。
たとえどれだけモノを分からない連中が冒険者を馬鹿にしようと、上の人間は冒険者が必要不可欠であることを分かっている。だからこそダンジョンは迷宮都市の衛兵によってしっかりと出入りが管理されていて非冒険者は入ることが出来ないようになっているのだ。
だからこそ普段ダンジョンに出入りしない……それも軽装のオウカを見て、衛兵が「待て」と誰何する。
「此処はダンジョンだ。冒険者以外は入れんぞ」
「分かってるよ。ほら」
オウカが胸元から取りだしたのは、冒険者の身分を現すペンダントだ。
赤鉄級……下にあるのが見習いの木札と青銅級、銅級の3つあるが、まあ「新人よりはそれなりにマシ」程度の証明だ。
「赤鉄級か……まあ、いい。防具は着けないのか?」
「鎖帷子なら仕込んでる。それ以上は動きが重くなるんでね」
「まあ、好きにしたらいい」
事実、オウカの戦闘スタイルでは重たい鎧を着ければ死にかねない。
モンスターとの戦いは遊びではないのだ。連中は基本的に人間より強い。
スキルに目覚めることでようやく人間はモンスターと対等になる。
転じてスキルに目覚めた人間は目覚めていない人間より強い。
未だ覚醒していないオウカでは本来、盗賊と戦うことも危ういのだ。
それでも「小銭稼ぎ」と言われる程度に戦えているのは、単にオウカの鍛錬の賜物だ。
しかし、それもモンスター相手にどうなるかは分からない。
ダンジョンの階段を降りていくと……そこに広がるのは、白い壁で仕切られた迷路だ。
1階層……通称は「始まりの迷宮」。
その場所をオウカは僅かな緊張感と共に進み出す。
「さて……話には散々聞いてきたが、どうなるかね」
自分の剣は此処で通じるのか。それとも通じないのか。
何も分からないままにオウカは歩き……そして、通路の向こうからソレが顔を出したのを見る。
ゴブリン。小器用で様々な武器を使う「一番弱い」モンスター。それでもかつて起こったダンジョンブレイクでは無数の人間を殺したという。
だから、オウカは迷わず足を強く踏み込み走る。ダン、という激しい音にゴブリンが振り向くが、床ギリギリを滑らせるようにシミターを構えていたオウカの狙いに気付くのが遅い。持っていた短剣を振るおうとしたゴブリンの手を、オウカの下から上への「薙ぎ」が深々と切り裂く。
「ゴブアッ……!?」
「死ね」
短剣を取り落としたゴブリンを再度の一閃で切り裂き、更にもう一撃加える。
殺したつもりで殺していなかったなどという油断は、オウカには許されないのだ。
心臓のある辺りを更に刺して動かないのを確認すると、オウカはフンと息を吐く。
「まあ、戦えはするか。何も出来ず無様に死ぬってことだけは無さそうだ」
消えていく死体は、ゴブリンが確実に死んだという証拠でもある。
どういう理屈か、死んだモンスターはダンジョンですぐに消える。その際に何か報酬を残していることもあるが……その代表的なものが小さな結晶体である「魔石」だ。
様々な魔道具の動力源として利用される魔石は、ダンジョンが鉱山と呼ばれる原因でもあるわけだが。
「倒せば死体は消える。清掃員要らずで便利なこった」
ゴブリンの小さな……本当に小さな魔石を道具袋に放り込み、オウカは溜息をつく。
確かにゴブリンは倒した。しかしそんな成果がなんだというのだろうか?
まさかゴブリンがカタナをドロップするわけでもない。だとするとオウカにとっては然程の意味もない。
「はー……ゴブリン程度一撃でいけなきゃ、更に先はしんどいなあ。カタナは夢のまた夢……か?」
カタナを手に入れられないなら、オウカとしてはダンジョンに潜る意味は然程ない。
ないが……どのみち今までの方法では限界だったのだ。カタナを手に入れようとするならば、別の道から突破口を探すしかなかったのは事実なのだ。
しかし……どうにも背後から妙な視線を感じて、オウカは振り返る。
「……先行くならどうぞ?」
オウカの後を追うように入ってきた少女……どういう嗜好か鎧の下にメイド服を着ているが、その少女はオウカを見て目を輝かせていた。