なんでも準備にはお金がかかる
「さて、ダンジョン潜るとなると色々物入りだな。どうしたもんか……」
この通称「冒険者通り」で買うのは無しだ。ゴミを買って死ぬ気はない。幸いにもオウカは見た目にそれなりに気を使っているので、表通りでも普通にモノを定価で売ってくれる。
見た目に気を使わないタコは相応にボられる。そういうことをしてもいいと思ってしまう程度には町も成長しているのだから、なんともかんとも……といったところではある。結局のところ冒険者の持ち帰ったもので成り立っているのは変わらないというのに。
「……なーにが栄光の道、だ。ふざけやがって」
薄汚れた通りの名前の看板を見つけ、オウカは毒づく。最初はそうだったのかもしれないが、今じゃ「こう」だ。かつてはこっちがメインストリートかと思うほど人がいた……というが、オウカはあんまり信じていない。
そもそも町の端にあるんだから、最初から厄介者扱いだったに決まっている。
冒険者通りを出て臭い空気を脱すると、人々の目がオウカに向けられる。
「ああ、冒険者か……」
「あんな若い身空でそうするしかないなんて、不幸だねぇ……」
「たぶんマトモな仕事が出来ねえんだ」
迷宮都市セルクレオで「こう」なのだ。恐ろしいダンジョンも冒険者の存在で安定期が長く続けば、過去に甚大な被害をもたらした「ダンジョンブレイク」などお伽噺になっていくのだろう。
(確か冒険者への嫌悪が第一段階。そっから排斥に繋がって、人手不足からダンジョンブレイク……だったか。歴史のお勉強の素材になる気もねえし、どっかで逃げ出さないといけねえか? ああ、せちがれえせちがれえ)
何か冒険者に対する意識の変化になるようなモノでもあれば別なのだろうが、そんなものは当分起こるまい。オウカ自身、冒険者の規範たらんと気負うつもりもない。そういうのはやりたい奴がやるのが一番だ。
「ん、まあ……此処か」
いわゆる「お行儀のよい」冒険者向けの店……シンバル道具店、と看板のかかった店のドアをオウカはくぐる。
あの冒険者通りの店も、こうした表通りで扱わなくなった品々を安く売っているのだからまあ、そういう意味ではちゃんと客層分けは出来ている……のかもしれない。
そして店員はオウカを見ると慇懃に「いらっしゃいませ」と声をあげる。オウカは身なりも見た目もキッチリしているので、少なくとも血と泥の匂いをそのままにしている連中のような扱いはされない。
「何かお探しでしょうか?」
「ああ、ちとダンジョンに潜ってみようかと思ってな。必要なモノが一式欲しい。予算は決めてねえが……ま、余計な機能はいらねえ。使いこなせないからな」
「少々お待ちを」
こうした場所では多少のハッタリも要る。今回の場合は「予算は決めてない」と言ったことだ。貧乏人と思われれば店員の態度も相応になる……とはいえ。
(うおー、怖ぇー……400万イエンとか言われたらどうするよ。カタナ貯金をがっつり持っていかれちまうぞ)
言ってるオウカとしてもかなりビクつくやり方であり、あまり多用したくない技でもあるのだが。
ともかく、オウカのハッタリはしっかりと効いたようで、店員はカタログのようなものを持ってきて椅子を勧めてくる。商談用のモノだろうから、オウカをしっかり客として認めたということになる。
「お客様のようなご要望はそれなりにございまして、便宜上『冒険者セット』と名付けられた一式がございます。勿論、スタイルやご予算によって変わってくるものです。此方のカタログはそれを分かりやすくまとめたものでございまして……」
「お、おう」
気合を入れないと高いモノを売りつけられる。そう察したオウカは戦いに挑む心構えでカタログと店員の営業トークに立ち向かい……なんとか、高すぎないものを手に入れる。
具体的には防刃機能のついた防寒具にもなるマント、汚い水や毒水でも浄化してくれる水袋、保存食一式にいざという時のお薬、何かあった際に目印になる夜光石のセット、各種の作業に必要な刃物やツール一式、魔力チャージ式の最新ランタン、マッピングの為の必要道具一式……と、それらがお手軽サイズで全部収納できる魔法の道具袋だ。合わせて200万イエン。主に魔法の道具袋が高い。高いが……デカい荷物袋を担ぐより腰に括りつけられるポシェットサイズの魔法の道具袋の方が良いのは言うまでもない。いざという時に荷物がデカくて重いという理由で死にたくはない。そして何かあった時の為に道具袋には店のマークも入っている。盗難事件の際に顧客名簿と照らし合わせてくれるらしい。
「……まあ、うん。必要な買い物だったな」
そう自分を納得させると、オウカはダンジョンへの道を歩き始める。帰ってきたばかりで宿はとっていないから、特に連絡の必要もないのは気楽なものだ。これで町に家でも買っていれば話は別なのだろうが……今のところ、そのつもりもない。
「さあてっと。そんじゃあダンジョンとやらに行くかね。冒険者らしい仕事とやらのデビューってわけだ」




