魔石列車強盗
「え!? 何、何の音⁉」
「噂をすれば影……だったか? まさかマジで混ざってるたあな」
溜息をつくオウカにアンナは「まさかほんとに⁉」と悲鳴をあげる。
魔石列車強盗。
まさかそんなものが本当に出るとは思わなかったのだ。
聞こえてくる悲鳴。怒号。それを聞いて尚「まさか」という想いがアンナの中にはある。
「助けて!」
「開けろ! そこを通してくれ!」
「動くんじゃねえ、全員静かにしろ!」
しかし、聞こえてくる声はもう、明らかに「そういうもの」だ。
それを自分の耳で再度確認すると、アンナは大きく……大きく溜息をついた。
「なんで……? 警備とか乗ってるんじゃないの?」
「さあてなあ。やられたか裏切ったか……後者の可能性は高いわな」
魔石列車の警備に渡される給料は相応のものであると聞いているし、そこでの警備経験はかなりつぶしが効くだろう。何しろ一定以上の金持ちの警備なのだ……そういう履歴があるのは強みだ。
目先の金に惑わされないという、そういう信用になるからだ。これは非常に大きいし、それを投げ捨てるというのは恐ろしく勇気のいることだ。
で、あれば。
(それ以上の稼ぎを見込んだ、か? だとすると生半可なものじゃねえな。再現不能物でも載ってたか?)
考えて、オウカは「それはねえな」と自分の考えに自分でバツをする。
すごい宝物を運んでいるのであれば、それ専用の護衛が乗っていて然るべきであり、そもそも一等車は全て貸切られていておかしくはない。
オウカたちが一等車に乗れる時点で、その可能性は無い。
となれば、あとはVIPだが……。
「此処か⁉」
鍵のかかっていたドアをブーツをつけた足が蹴破り、綺麗な格好をした警備らしき男が飛び込んでくる。
まあ、綺麗な格好……とはいっても武装しているので、華麗かどうかと言われれば否ではあるのだが。
部屋内を見回し、一瞬オウカに目を止めて「違う」と……そう言い切る前に、ガンッと凄まじい音が男の眉間で炸裂し男の姿が入り口の向こうへと吹っ飛んでいく。
コインを弾いたのだ……何かあると分かっているのだから、そんなものを懐から出すのは容易い。
「後者か。何か金になるお方が乗っておいでらしいや」
「誘拐事件……!」
「まだ未遂だろ」
「そう、誘拐未遂事件! よく分かんないけどこれ、解決しなきゃいけないんじゃない⁉」
解決しなきゃいけない。
その言葉にオウカは薄く微笑みながら、荷物を入れた鞄に手をかける。
嗚呼、なんとも綺麗な響きだろうか?
倫理観というものが多少スレているオウカにとっては少しばかり眩しい。
けれどまあ、そうなのだろう。そうするべきなのだろう。
しかしながら、そうするにも作法というものはある。
野蛮な強盗を野蛮な人間が退治したところで、綺麗な方々は「助けてくれて嬉しい」とは思わない。
むしろ「なんと野蛮な」と蔑むだろう。住む世界が違うとはそういうことだ。
「まあ、解決しなきゃいけねえが……やり方は考えなきゃな」
「え、何それ」
オウカが取り出したのは、宝石がキラキラとついた腕の長さくらいのステッキだ。
如何にも上流階級のお歴々が使いそうな、そんな品の良さまでも兼ね備えているが……そんなものも持っていたのかとアンナは驚いてしまう。
「見ての通り、野蛮人じゃねえ武器ってやつだ」
スタスタと歩くオウカは手の中でステッキを遊ばせて……そのまま部屋の外へと出て行く。
「おい、お前! これをやったのは」
「ええ、私ですよ?」
素早い踏み込みと共にオウカの突きが隣の車両から走ってきた男の鳩尾を突く。
お嬢様の如き動きも口調も崩さぬままの、それでも強烈な一撃は男の肺から空気を吐き出させ、男はガクガクと震えながら地面に崩れ落ちる。
「てめえ!」
「何、を……うおっ!」
軽い音と共にオウカの足が崩れ落ちた男の顎を蹴り、頭から吹き飛ぶようにしてやってきた男たちの足を止めさせる。
そうなればもはや、簡単なものだ。
連続で弾かれたコインが男たちを昏倒させ、その反対側で別の野太い悲鳴が聞こえてくる。
倒れたその男のほうへと視線を向ければ……剣で斬られた跡と。そこから歩いてくる一人の銀髪の男の姿。
真っ黒なそのカッチリとした服は、とある組織に属する者しか着れない制服だ。
そしてオウカは、それが何であるかを知っている。
「王国騎士団……」
「博識なお嬢さんだ。見たところ、この無頼の輩とは違うようだが……」
「ええ、勿論。私たちの部屋の扉が蹴破られまして。仕方なく応戦を」
「そうか。名前は?」
「オウカ。姓はございません」
「ふむ……」
王国騎士はオウカを見て、部屋から顔を覗かせているアンナを見て……どう判断したのかは分からないが、何かに納得したかのように頷く。
「私はレメイン王国の騎士、アスガル・レンフォール。私の目的を明かすことは出来ないが理解を」
「アスガル。終わったのですか?」
「ひ、姫様⁉」
アスガルを名乗った男が振り返った先。
そこにいたのは……オウカと比べれば大分年下に見える、そんな少女だったのだ。




