なんにでも流行はある
正直、高貴とかそういうのはアンナには分からなかったのだけれども。
辿り着いたバートン夫人とかいう人の店構えを見るに「うわあ……」という声は出てしまった。
勿論、それは良い意味ではない。
アトリエバートン。そんな看板のかかったその店は、先程見たアトリエティムールと比べると店構えも地味で、正直あまり良い店には見えなかったのだ。
だから、その声は非常に素直に口から出てしまう。
「なんか……大丈夫? この店」
「んー……」
オウカも少しばかり首を傾げているのは、似たようなことを考えている証ではある。
(店構えってのぁ、重要だと思うんだが……あんまし拘ってる風ではねえなあ)
そう、店構えは大事だ。そこを大事にしていない店はやはり初見の客は逃げるし、常連だっていい顔はしない。
何より服を扱う店でそこにこだわっていないというのは店主のセンスを疑われる事態だろう。
とはいえ……それがわざとだというのであれば話は変わってくるのだが……。
「ま、入るか」
「ええ、いいの?」
「いいんだよ」
騙されたならそれでもいい。そんな勢いでドアを開け入ると……雑多に布などが積まれた店内に座っていた老婦人がオウカを睨みつける。
「どちらさまでしょう?」
全く歓迎していない挨拶だ、とオウカはちょっと引いてしまう。一見さんお断りの、そんな態度だ。
この時点で帰りたくなってきたが……「星の輝き亭の紹介で来ました」と言えば、老婦人の表情がパッと切り替わる。
「あら、あら! ごめんなさいね。お客様だったなんて!」
じゃあさっきまでは何だったのか、などとは聞かない。アンナは言いたそうな表情をしていたが、言わない程度には空気を読んでいる。
「いえ、構いません。それより比較的急ぎで服が欲しいのですが」
「ええ、そうでしょうとも。どのような服をお求めですか?」
「魔石列車で遠出をしようと思いまして。ですが今の服では少々……」
「なるほど……」
老婦人はアンナ……には一瞬で興味をあからさまになくし、オウカを見回し何度か頷く。
事情は全部理解した。そんな風な顔だ。
まあ、魔石列車に乗るという時点で「相応しい服が欲しい」という要望は伝わったのだろう。
ちょっと失礼、と言いながらアンナの身体に触れ頷く。
「冒険者の方ですのね。ええ、隠さなくてもよろしいですよ。紹介された時点でその辺りはもう関係ありませんので」
「あら、そうですか?」
「そうですとも。口調も含めてそれらしく出来てるんですもの。私の店の評判を落とすようなことはしなさそうですから」
ふふふ、と老婦人は微笑みながら、飾られていたドレスのうちのいくつかを眺め始める。
「たぶん服さえあればもう出発したいってことですものね。さて、どうしたものかしら」
取り出し始めたのは、オウカに如何にも合いそうな白いフリルのついた上下一体型のドレスだ。
体型補正の為の各種の器具もない、楽な装いのドレスだが……無駄に豪奢でもなく、気品も損なわないバランスで仕上げられている。
老婦人に勧められるまま着替えてきたオウカを見て、アンナは思わず今日二度目の「わあ!」という声をあげる。
事実、オウカが今日着てきた服よりも清楚な雰囲気が出ている。
同じように防御力が低そうな服でも此処まで変わるのかと、そんなことすら考えてしまう。
「あとは帽子と……扇子も要りますわね。荷物はそこのメイドさんに持たせるのがよろしいわ」
「えっ」
「一応友人でして。あまり負担をかけるのは……」
「擬態はするなら細部まで完璧に。魔石列車の一等車両を買うつもりで準備なさい」
言われてオウカはまあ、そうかと納得してしまう。
事実、魔石列車はそれ自体が高級ではあるが格差はある。
乗れば終わりではないのだから、色々と考えておく必要はあるのだ。
なるほど、考えてはいたが少しばかり足りなかったのかもしれない。
脳内で計画を修正しながらオウカは「そうですね」と微笑む。
(そうだな……個室を買うことを考えなきゃならねえ)
正直、結構な出費になるだろう。しかしまあ、仕方がない。
ないが……そこまで考えて、オウカはハッとする。
「……バートン夫人?」
「あら? なんでしょう?」
「もしかして、ですが。こういう時用の衣装を専門に揃えていらっしゃる?」
「まあ、よくお分かりで。お気に入りのお客様がそういう時用の服を揃えようとしたとき、ウチが紹介されるようになってますの。でも、うふふ。品質は町一番よ?」
……つまり、お気に入りの冒険者が一張羅が必要になったのだなと察したときに紹介される店というわけだ。
「でも、星の輝き亭の紹介は初めて! よっぽど気に入られたのねぇ」
それを喜んでいいのかどうかは分からない。
けれど、まあ……迷宮都市で商売を営む人たちのやり方は、少なくともオウカよりはずっと上手ということなのだろう。




