高貴さは衣装から出るものだけど
翌朝。
薄い水色の上着に黒のスカートを合わせたオウカにアンナは「わあ……」と声をあげる。
足元こそいつものブーツではあるのだが、なんだか全体的に防御力が凄い低そうだ。
上着も厚さは全然ないし、着やすそうではあるが刃物でも向けられたら一発で切り裂かれてしまうだろう。打撃に対する耐性だって全然ないのは間違いない。
スカートもふわりと翻る素敵なものではあるが、やはり薄い。なんだかハラハラしてしまう。
おまけに髪も下ろして綺麗に櫛をかけており……一般人だと言われても誰も疑いもしないだろう。
いや、裕福な一般人、といった風ですらある。
というか、オウカが普通の美少女になっている。
「……んだよ、その面は」
「せめて鎖帷子はつけない?」
「お前、今日のテーマ分かってんのかよ」
「だって!」
「あ?」
「そんな頼りない服を! そんな可愛い顔で! 襲われたらどうするのよ!?」
「返り討ちに決まってんだろが。ていうか表通りを移動するだけだぞ」
「なら白ワンピースでいいじゃない!」
「その白ワンピへの情熱はなんなんだよ……」
そもそもそんなものは持っていないし持つ気もないが、さておいて。
「それより行くぞ。店の目星はつけてんだ」
「うー……」
「うー、じゃねえ。行くぞ」
アンナも今日は鎧を脱いで普通のメイド風だが、並んで歩くとなるほど、商家の娘とメイド……という風にも見えてくる。
宿の階段を降りれば音に気付いた従業員が一瞬ギョッとした視線になり「あ、オウカ様でしたか……」と笑顔を浮かべる。
「おはようございます。今日は素敵な装いですね」
「ええ、ありがとう。これからアトリエティムールに行こうと思うのですけど、最近の流行に少し疎くて。どうかしらね?」
「そうですね……確かにその店も良いですが、三軒先のバートン夫人の店の方がおすすめです。何しろ王都からいらした方ですので、今もそちらのルートで情報を仕入れているそうです」
「そう、助かるわ」
「良い一日を過ごされますように」
優雅に微笑むオウカにアンナは驚きのまま固まった表情で後をついていくが……宿を出た時点で、オウカの顔をじっと覗き込む。
「え? オウカよね?」
「おうよ。服と仕草が変わりゃあ、大抵の奴の態度はあんなもんだ」
「あそこが良い宿なだけじゃないの?」
「そうか?」
オウカが言いながら何処かに視線を向けるが……アンナがその方向に振り向けば、そこにいた男がサッと視線を逸らす。
(ん? 今の反応って……)
何か視線を感じる。それもアンナを通り抜けてオウカに視線が向けられている。
もしかして、と。そう考えてアンナは周囲の視線をじっと探るが……分かる。これは好意的な、それも色恋の類の視線だ。
今、オウカは周囲から「好ましい素敵な女の子」として見られているのだ……!
(いや、分かるんだけど……え? 私は対象外?)
アンナだって今日は普通のメイドのはずなのに、どうしてダメなのか。メイドだからなのだろうか?
「何考えてるか知らんけどな。メイドはメイドっていう記号だから、こうやってコンビで歩いてればそんな注目されるものじゃねえと思うぞ?」
「あー、そういう……」
つまるところ、皆「ちょっとよいとこのお嬢様っぽいオウカ」に惹かれていて、アンナは付属品ということなのだろう。そう聞くとアンナとしても納得してしまうのだけれども。
「……姉妹って設定に変えない?」
「モテたいのか?」
「そういうわけじゃないけど……なんかちょっと悔しいじゃない」
「別にいいけどよ……お前はメイドのままのほうが何かと楽だと思うがなあ……」
「そう? じゃあそれでいいわ」
「自分の意見をすぐ捨てるんじゃねえよ」
「だって言ってみただけだもの」
頭痛がしてきたとでも言いたげにオウカは額を押さえるが……そうして歩いていると、アンナはオウカが言っていたアトリエティムールの看板を見つける。
「へえ、此処がそうなの?」
「あー、その店な」
立ち止まりもしないオウカにアンナは思わず「え?」と声をあげてしまう。
「見なくていいの?」
「いいんだよ。勧められたろ?」
「え? どういうこと?」
アンナが疑問符を浮かべれば、オウカは少しばかり楽しそうな笑みを浮かべる。
「人付き合いってやつだよ。アタシらは、宿でバートン夫人とやらを勧められた。それは紹介ってことだが……」
「うん」
「それを前面に出すことで『本物の客』になるって寸法さ」
「え、分かんない」
「世の中、初見のモノ知らずには対応料ってやつを上乗せする店が多いんだよ」
「ええー……?」
どんな店だってそれなりの人気店であれば暇ではないし固定客を大事にしたい。
そこに初見のよく分からん客が来たところで、相手をしたくないのが正直なところ。
だからこそ、そういう多少の手間賃のようなものを上乗せするのが通常であるわけだ。
しかし同じ町の仲間からの紹介であれば話は別……ということで。
「だから紹介したくなる恰好は重要ってことさ。高貴さは衣装から出るって言うだろ?」




