別に此処でなくたっていい
アンナが入った部屋もこれまた高級だ。アンナがこれまで泊まって部屋とはレベルが段違いの綺麗さと、丈夫でデザインもしっかりとした家具。
高級だ……としか言いようがない。あるいはアンナが今まで泊まっていたところがダメ過ぎたのか。
恐らくは両方だろうが、アンナの目はこれ以上ないくらいにキラキラと輝いている。
「え、すご……ベッドがふわふわよ!? あ、何あれ。まさかシャワーがあるの!?」
「魔石シャワーがない宿になんか泊まってられねえだろうよ」
「なんなの!? 金銭感覚がおかしいわよ!?」
「あー、もう。おかしくねーよ」
これだから典型的冒険者ってのは、という言葉をオウカは飲み込む。
生活が充実するのは冒険が充実してからだ、とは確かにいう。
実力もないうちに小金を貯め込んでも奪われるだけだ、みたいな話だ。
しかしながら、だからといって人間らしさを捨てるのも間違っているとオウカは思うのだ。
ついでにいえば、そんなんだからダンジョンは嫌いなのだ。
「人間らしく生きるのが先だろ。それが人生の基本だぞ」
言いながら、オウカはシミターを壁にかけソファに座る。やわらかなソファにアンナも座ろうとして「鎧は外せよ」と言われて慌てて脱ぎ始めるが、そうしているとオウカが水差しから冷たい水を2人分透明なコップに入れていく。そちらもまた保冷の為の魔石が使われているのだろう……アンナは思わずゴクリと喉を鳴らす。
鎧を脱いで隅に寄せ、剣も立てかけて椅子に座る。そうしてコップに触れれば、ヒヤリとした感覚が伝わってくる。飲めばやはり氷のように冷たくて、アンナの口からは「はあ……」と恍惚とした声が漏れる。
「これ、果実水じゃない……おいしー……」
「お前の泊まってた宿、そんなもん出なさそうだったもんな」
「欲しけりゃ井戸で汲んでこいってやつよ」
「ひでえな……」
まあ、値段相応といってしまえばそこまでなのかもしれないけども。
サービスというものは、常に値段と比例するものだ。
値段が安いけど妙にサービスがいいのは疑った方がいいくらいだ。
「でも、こんなとこ泊まれるくらい稼いでるのね!」
「ま、アレだ。アタシは主に悪党相手にしてるからな。連中が稼いだモノは根こそぎ貰ってるわけだ」
「え、そんなのアリなの?」
「アリだ。元は騎士団の為の法律だけどな。個人にもしっかり適用される」
悪党が溜め込んでいる財産というものは、一部の例外を除けば何処かから奪ってきたものだ。法律では悪党を倒した者に所有権が移るものとされており、しかしこの法律は周知されていない。騎士団が悪党どもを討伐した際に回収した財物を国庫に入れるための法律であり、しかし余程溜め込んでいる……もとい大きな悪党でもないと騎士団は出動しない。
だからこそ、オウカが稼ぐ余地があるというわけだ。
「なんかズルい……」
「ズルくねえよ。しっかり本読め、本」
「本だってお金ないと読めないじゃない。図書館だって保証金いるでしょ?」
「貯めろ」
オウカが思ったより遥かにインテリという事実にアンナは心が折れそうだが、新しい世界が開けたような気もして水を一気飲みして「おかわり」とコップを突き出す。
「で、明日から2人でダンジョン行くのよね? 稼ぎは大丈夫なの?」
「ん? ああ、やめた」
「えっ」
「やめた」
「どうして?」
「お前、ナイトソード見たときの台詞聞いてなかったのかよ」
「なんて言ってたっけ……確か……」
アンナは受付嬢の言葉を思い出し……「あっ」と声をあげる。
「「武具を落としたっていう事例は100回に1回くらい」」
重なった言葉を反芻しアンナは「うわあ……」と呟く。そう、つまり「そういう」ことなのだ。
「此処でカタナなんぞ探しても一生見つかるか分からねえ。そんでもってドロップ率も最悪だ……となりゃ、固執する必要もねえわな」
「別の町に行くの? え、それって私も」
「でなきゃ部屋に入れてねえよ」
「やったー!」
「いいからシャワー浴びて来いよお前」
オウカの目的がカタナである以上は、手に入る見込みがないのであれば固執する必要もないということなのだろうが、それに「乗る」ことが出来たのは、アンナにとっては、まさに救いの一手であったのだ。




