小銭稼ぎとは……?
「え、ええ!? そしたら何処泊まるのよ私!」
「アタシの部屋だ。元々ベッドは2つあるしな」
「ダメよそんなの! フェアじゃないわ!」
「はあ?」
流石にオウカに何もかも世話になるわけにはいかない、それでは仲間と呼べないと、至極当然の倫理で断ろうとするアンナに、オウカは詰め寄る。
「あのな。アタシは明日、冥界までお前を迎えに行くつもりはねえんだ」
「め、冥界って」
黙ってオウカが視線と殺気を向けた先。此方をしつこく伺っていた連中がサッと隠れるのがアンナにも分かった。
「分かるだろ? この辺の宿は客の安全には頓着しねえし、下手すりゃ裏切るぞ」
「い、一応ギルド紹介の宿だけど」
「おう、そりゃ安心だ。金を持ってねぇうちはな」
ただでさえ自己責任という言葉が大好きな冒険者ギルドの「紹介」などどれ程信用できるものかとオウカは思う。このまま放っておけば、明日の朝にはアンナは無縁墓の下にでも埋まっていそうだ。
「フェアだかなんだかってのは、稼いで1人でも中央通りの宿に泊まれるようになってから聞いてやらあ。分かったらさっさと案内しろ」
「う、うん……」
思わずそう頷いてしまったアンナだが「かろうじて女を捨てていない」レベルの綺麗さの宿の部屋をオウカに「こりゃひでぇ。虫が湧いてないって基準だけで紹介したんじゃねえか」と言われた時には……本当にそれが「かろうじて」であるのだと認識して、遠い目になってしまったのだ。
そうしてアンナは荷物……といってもアンナは荷物をほとんど持っていないので替えの服と現金程度だが、それを持って宿を引き払う。そうするとまたあちこちからジロジロと視線が向いてくるが、オウカが睨むとサッと視線を逸らす。
「先にそれを宿に置いてくるぞ。町中で殺り合って衛兵に睨まれたくはねえ」
「おかしいわ……此処ってこんなに危険な町だったかしら」
「ずっとそうだぞ。迷宮都市なんざ、成功者か落伍者のどっちかしか居ねえんだ」
「町の人がいるじゃない」
「態度見りゃ分かるだろ。連中は冒険者なんかやらなくても生きていける成功者だよ」
「……」
何か言いたそうな顔をアンナはするが、しかし反論の言葉は出てこない。実際冒険者というのはそれしか生き方がなかったか、他にも生き方はあったのに荒事に身を投じた変わり者のどちらかだ。
「ちなみに、オウカはどっちなの?」
「アタシか? 見りゃ分かんだろ。どうしようもねえゴロツキさ」
「そんなことないと思うけど……」
「どうだろうな」
そんなことを言いながら宿に辿り着くと……オウカは思わず目を丸くする。
「え、此処……なの?」
「おう。なんだ不満か?」
「不満とかじゃなくて……え?」
星の輝き亭。中央通りのど真ん中にある、高級宿だ。こんなところに泊まれるのは、かなり稼いでる冒険者のはずなのだが……。
「オ、オウカ。貴方まさか怪しい仕事を」
「してねえよ。アタシを何だと思ってんだ」
ぺしっとアンナを叩きながら中に入れば、ピシッとした格好の従業員が「お帰りなさいませ、オウカ様」と頭を下げてくる。有り得ない対応だ……名前を覚えられているなんて、本当に定宿にしているという証拠だ。
「そちらの方は?」
「ひとまず今夜泊めることになったアンナだ。問題あるか?」
「ございません。お連れ様の分はどうされますか?」
「預けた金から引いといてくれ」
しかも金まで預けている。こういうところでは確かにそういうサービスもあるし、それがこういった高級宿の信頼の証でもあるが、当然小銭など預からない。かなりの額でなければ鼻で笑われるだけのはずなのに。
「え、あだ名が小銭稼ぎよね……? なんでこんな高級宿に……」
「うるせえ。さっさと部屋に行くぞ」




