絶対譲らない
「ま、こんなもんだな」
「ええ、こいつ等弱くない……?」
「言ってやるなよ。こいつらもクソだがクズじゃねえんだ。人間相手じゃ殺意も鈍るわな」
「でもそっちの男は剣抜いたわよね」
「そういやそうだ。このクズが」
オウカが剣を抜いていた男の脇腹を蹴ると「げほっ!?」と悲鳴をあげて起き上がる。
「え、あれ!? んなっ……」
「おいクズ。喧嘩で刃物抜きやがって。ブチ殺されてえのか」
「こ、小銭稼ぎィ……てめえ、こんなこげふっ」
「うるせえクズ」
反省の色が見えないのでビンタ一発。
「調子にのぶっ」
「黙れ」
ビンタを更に一発。まだまだ反省の色は見えないので胸倉を掴む。
何か言う度にビンタでやがて往復ビンタになり、そのまま何も言おうとした瞬間に往復ビンタが継続していく。そして、オウカが「ふう」と声をあげ、往復ビンタをようやくやめる。
「で、まだ言いてぇことあるか?」
「お、俺が悪かった」
「おう、そうかい」
男の胸倉をつかんでいた手を離すと、オウカは手の平の熱を払うように軽く振る。
「ったく、前衛系のジョブ持ちは無駄に頑丈だな。こっちの手が痛ぇや」
「何やってんのよ……」
「往復ビンタ」
「そぉね」
アンナは思わず半目になってしまうが……何かを探してウロウロし始めたオウカに思わず「何やってんの?」と聞いてしまう。
何かを探しているのだろうことは分かるのだが、見ているとなんか不安になる動きだ。
「いや、さっき投げた10イエンが見当たらねえんだ」
「拾われたんじゃないの?」
「むう、やっぱ手加減せずに石投げとくべきだったか」
「オウカの石はなあ……あいつら死にそう」
「自信はある」
「じゃあダメでしょ」
だから銭投げしたんだろうが、と不貞腐れるオウカにアンナは思わず「あはっ」と笑ってしまう。まだ短い付き合いだが、オウカは独自の……けれどしっかりとした倫理観を持っていることが分かるからだ。染まれば染まるほど人間としてダメになっていく者が多い冒険者業界で、オウカという人間がどれだけ貴重か、アンナにはよく分かる。
そして……周囲の冒険者たちの声に耳を傾けてみれば、聞こえてくる声がある。
「アイツ、あんなに強かったのか……?」
「下手な前衛より度胸あるな」
「シンボル武器手に入れたら、どれだけ強くなるんだ?」
「今のうちに誘っておいた方が……」
どの声も、オウカを評価するものばかりだ。何かを模索するように視線を交わし合っている連中もいる。オウカを誘おうというのだろうか……どの視線も、アンナは見ていない。
まあ、それは当然だろうとアンナは思う。此処で分かりやすく強さを示したのはオウカであって、アンナは何もしていない。たぶん此処の連中の今の評価としては「オウカが何か上手くやってゴブリンナイトを倒した」といったところだろう。
だからこそ、彼等の次の動きが予想できてしまう。
ソレをされる前に、アンナはオウカの腕を引っ張って「行きましょ」と急かす。
「ん? おう」
引き留めようとする手が出てくる前に、アンナはオウカを連れて走る。
何故なら、「今更何を」と思うからだ。
オウカを見出したのは自分で、オウカと1階層をクリアしたのも自分だ。
ならば、オウカのパートナーはもう自分のもので。
(他の人になんて、絶対にあげないんだから)
口には出さないけれども。アンナはそう、強く思うのだ。
絶対に、絶対に。この場所は譲らない……と。




