ぜったいダメ
そう、旅行屋は仕事の前にキチンと「旅行計画」をたてる。そこには帰還の手段も含まれており、2階から地上への帰還程度であれば「ちゃんとした地図」を持っているのは間違いないだろう。
だが……そうだとしても、アンナにはオウカの真似を出来そうにもない。旅行屋が情報屋と提携しているのはよく知られた話であり、旅行屋に恨みを買うというのは情報屋も少なからず敵に回すことになる。その恐ろしさを真面目に考えれば、たかり屋にも似た真似をしようと堂々と言えるはずがない。ない、のだが……。
(考えようによっては堂々として頼りになる……のかしら。まあ、ガチの悪党思考だけど)
とはいえ、冒険者など荒くれ者の吹き溜まりだ。この程度であれば実にクリーンとすら言えないこともない。
「ま、仕方ないわね。ここで少し休んで……それから色々考えていきましょ」
アンナがそう言った瞬間。オウカたちの眼前で空間が歪み、2人の男が手を繋いで現れる。
「はい、2階層到着……って」
「あれ、人がいる? ま、いいか。そういうこともあるだろ」
1人の男がそう頷くと、記録のオーブに触れて頷く。
「よし、記録できた。じゃあ、俺は行くんで。どもでした」
「あ、ああ。またの御贔屓に」
男が去っていくのを見送ると、残った男……旅行屋確定だろうが、その男がオウカとアンナを順繰りに睨みつける。
「一応聞くが、そこで何してる」
「何って。上のボスを片付けたばかりでね。休んでたんだ」
オウカが当然だろ、といった余裕の表情を見せれば旅行屋の男はフンと鼻を鳴らす。
「まあ、いい。2000イエンからで2人とも地上まで送ってやる。どうする」
「から……ってのはアレか。特急サービスがあるんだな」
「まあな。そっちなら2人で2万イエン。どうする」
オウカは「うーむ」と頷くと、財布から1万イエン金貨を2枚掴み出す。
「噂の帰還のオーブを体験できるとありゃあ、払わない理由がねえな」
「話の早い奴は嫌いじゃねえぜ……毎度あり」
旅行屋が服の中から小さなオーブを取り出すと、2人へ手招きする。
「さっさと手を繋げ。結果的に1つの生き物みてえに繋がってりゃ問題ない。よし、いいな。行くぞ」
オウカが旅行屋の手を、アンナがオウカの手を握ったのを確認すると、旅行屋は「帰還!」と叫ぶ。
小さなオーブが光った後視界が反転し……辿り着いたのは、ダンジョンの外だった。
「おー……すげえな」
「当たり前だ。俺はこれで飯食ってるんだ」
じゃあな、と挨拶もそこそこに去っていく旅行屋を見送ると、アンナはオウカへ振り返る。
「オウカ。貴方、帰還のオーブなんて知ってたの?」
「おう。前にあのボッタクリ親父の店で売っててな。アイツが持ってたものよりゃ、かなり濁ってたが。品質が悪いとかそういうアレなのかね」
「あー……ちなみにお幾らで売ってたのかしら」
「滅多に入らないから50万とかほざいてたな。こんなに便利なら買えばよかったかもしれねえが」
「大丈夫、ゴミよ」
「あ?」
「帰還のオーブは使う度に少しずつ濁っていくものなの。たぶんソレ、1回使えればいいくらいの物よ」
オウカは「あの野郎」と激昂しかけて、すぐに冷静になる。1回でも使えるなら、確かにソレは帰還のオーブであるのだろう。深層に潜る冒険者であれば命綱になり得る、値段相応の品なのだろうと思ったのだ。
「しかもたぶん、深層からの帰還を繰り返して濁ったオーブでしょうから……3階からの帰還がギリギリ限度かしらね?」
「あの野郎、いつか刺されるんじゃねえのか……」
「あそこに座ってるのは影武者って噂もあるわよ」
「有り得るのが嫌だな……」
互いに溜息をつきあうと、オウカは魔石を入れた袋をじゃらりと鳴らす。
「ま、いいや。冒険者ギルド、行くか」
「そうね。さっさと換金しましょ。さっきのお金も半分払わなきゃだし」
「あ? 別にいらねえよ」
「ダメよ」
面倒くさそうに言うオウカの前に回って、アンナは怖い顔をしてみせる。
「ぜったいダメ。お金の問題はキッチリしないと。嫌だって言ってもその服の襟にねじ込んでやるんだから」
「わーかったよ。分かったからにじり寄るんじゃねえや」
「そう? ならいいのよ。行きましょ」
上機嫌に歩いていくアンナにオウカは「はいはい」と適当に相槌を打ちながらついていく。




