旅行屋。そして帰還
「おお、こりゃすげえな」
「そうね。聞いてはいたけど、実際見ると圧巻だわ」
オウカとアンナの前に広がるのは、真っ赤に染まった葉をたっぷりと付けた木々。
そして地面にも落ちた赤い葉を合わせれば、まるで森全体が真っ赤に燃えているかのように見える。
勿論、そうではないが……この光景ゆえに、この2階層はこう呼ばれている。
「で、この階層はなんつー場所なんだ?」
「忘れじの紅き森、よ。感動を伝えつつ誤解を招かないように、って思ったらそうなったんでしょうね」
「はーん、ロマンチストだったんだな、その名づけをした奴はよ」
そんな捻くれたことを言うオウカに、アンナはクスクスと笑いながら問いかけて。
「なぁに、嫌いなの?」
「いや、嫌いじゃねえ」
返ってくるのは、そんな予想した反応。素直じゃないわね、とアンナは苦笑してしまう。
しかし、そんなところがなんだか良いとも思えてくる。
「出てくるのは1階層より強いわよ」
「ハッ、望むところだ」
「と、その前にコレよ」
「だな」
言いながら2人が振り返った先にあるのは、記録のオーブだ。これにさえ触れれば、外に戻ってもこの階から始めることが出来る。
記録のオーブ。空中に浮かぶその不可思議なオーブに触れると、オウカたちの中に何かが流れ込んでくる感覚がある。
「こいつぁ……」
「これが記録更新の感覚なのね。聞いてたのと実際やるのとじゃ、随分違うわ」
アンナは楽しそうだが、オウカは気味悪そうに手を掃っていた。
「……何してるの?」
「なーんかこう、妙な気分でよ。そのうち慣れるもんなのかね」
「たぶんね。それより聞きたいんだけど」
「なんだよ」
「此処に来たのって、旅行屋を待つためよね?」
「お、やっぱ分かってたか」
「そうでなきゃ、黙って此処までついてくるはずないでしょ」
「だよなあ」
オウカはカラカラと笑いながら、記録のオーブに視線を向ける。
旅行屋の「旅行先」は多岐にわたるが、その中で一番多く、仕事としては容易く、そしてボりやすい2階層への同行だ。
1階をクリアすればヒヨッコ卒業という風潮……旅行屋が流したという噂もあるが、それはさておいてトロフィー的な理由、あるいは1階層は然程稼げないという理由で一刻も早く2階層へ行きたがる冒険者は多い。
そうした冒険者は自然と旅行屋に依頼することを考えるようになる。それも「秘密厳守」とわざわざ手数料をマシマシで払って……だ。
そんなものにどの程度意味があるかと言われれば疑問だが、2階層でマトモに戦える実力があるのなら、それらは「細かいこと」と思われるようになる。
まあ、そんなわけで2階層に来る旅行屋は多い……のだが。
「ダンジョンの基本も知らないくせに、よくそんな話を知ってたわね」
「酒が入ると聞いてないことを喜々として話す奴もいるからな。覚えるようにしてる」
「情報屋の方が向いてるんじゃない?」
「かもしれねえな」
そんなことを言いながら、オウカはその場に座り込む。
「ま、休憩しようぜ。そのうち来るだろ」
「いや、ちょっと待ってよ。2階への『旅行』を頼むのって、よっぽど1階層が面倒か2階層に行けるって事実が欲しい連中だけよ?」
「おう、後者の奴が来たら恨まれるかもな。隠したくて口止め料払ってるだろうし」
「隠れてて偶然装った方がいいんじゃないの?」
「何言ってんだお前」
意味が分からない、といった表情でオウカはアンナを見る。
そう、オウカにはアンナが何を言っているのか、本気で分からない。
「一仕事終えた旅行屋捕まえるにゃ、その場で交渉するしかねえだろ」
「え、ええ……? 恨みはどうすんのよ」
「そんなもん怖かないね。何なら小遣いでもくれりゃ墓場まで持っていくぜ」
「うわ、最低……」
「ま、この手が使えるのは人生で1度きりだがな。不幸な偶然ってことにしとかねえと、旅行屋からまとめて恨みを買っちまう」
そう、旅行屋だって口止め料は稼ぎのうちなのだ。それにタダ乗りするたかり屋の類がいれば、全力で排除に出るだろう。というか、その辺の引き際を間違えたアホが死んだという話をオウカは聞いたことがあった。
「ま、そんなわけで座って休んどけよ。旅行屋が来ないようなら、何の当てもなく歩いて帰る羽目になるんだからな」
「はあ……まあ、それが一番だけど」




