小銭稼ぎのオウカ
「ハハハ! あの馬鹿商人見たかよ!? 殺される瞬間のアホみてえな顔がよぉ!」
「ありゃ大爆笑だったぜ! アレで酒を一瓶いけらあな!」
悪党どもの声が、山の中に響く。5人……いや、6人はいるだろうか?
凶悪な盗賊団だ、顔さえバレればすぐに手配書も出回るだろう凶悪さだ。
世に悪の種は尽きまじとはいうが、こんな悪党も珍しくはない。
もっともっと世に大問題があるが故に、この程度であれば見逃されてしまっている。
まあ、見逃されているというよりは優先度の問題だろうか。
並の悪党に割く時間がない、とでも言うべきだろうか?
しかし、しかしだ。それは普通の考えではそうなるという話であって。
そういうモノを好んで狩る者もいる。本人曰く隙間商売、らしいのだが。
「よーう。景気良さそうじゃねえかオッサンども」
そうして響くのは、鈴を転がすように美しい少女の声。
こんな場所にはあまりに不釣り合いな、けれど妙にドスが効いている。
木々の間……盗賊たちからは10歩以上は離れた場所から、1人の少女が歩み出てくる。
「なんだあ?」
「おいおい、お嬢ちゃん。女が1人こんなところに来ちゃってよお」
「見ろよ、いっちょまえに剣なんか持ちやがって」
「丁度いいじゃねえか、持って帰ろうぜ」
響くのは、そんな野卑た声。
盗賊どもの言う通り、少女は片手に剣を持っている。
微妙に反りのあるその剣はシミターとも呼ばれるものであり、あまり一般的に使われるものではない。使うのは、それなりに趣味人か……シミターに何らかの価値を見出した者だろう。
少なくとも英雄譚に憧れる冒険者連中であれば、真っ直ぐな直剣を好むことだろう。
それ程にシミターを使う者は少ない。しかし、少女のシミターはかなり使い込んだ様子がある。
そして少女の姿もまた特徴的だ。東方で見られるという長い黒髪をポニーテールにまとめ、同じく黒い目には好戦的な光を湛えている。
服装は、これまた特徴的だ。ボタンのない重ね合わせるようにして着た服を紐と帯で留め、スカートを真ん中で二つに割ったかの如き不可思議なズボンを履いている。
靴が普通のブーツなのが、なんだか絶妙に合っている。
しかし、それにしたところで奇妙な恰好といわざるを得ない。
そしてその恰好に……盗賊の1人が、何かに気付いたかのように「あ」と声をあげる。
「おい、あの恰好。まさか……」
「なんだよ。最近売り出し中の冒険者か?」
「まあ、顔がいいしなあ」
「違えよ! あの恰好、あの武器! アイツまさか!」
言い終わるより前に、盗賊2人が斬り捨てられる。
高速の踏み込みからの攻撃に他の4人が反応するより前に、更に1人が絶命。
ここでようやく、盗賊たちは少女が10歩以上の距離を一瞬で詰めてきたことに気付く。
「なっ、この」
「遅ぇよ」
続く斬撃で、更に1人。返す一撃でもう1人。
あっという間に盗賊たちは残り2人になり……先程少女の正体に気付いた男が恐怖に引きつりながら声をあげる。
「やっぱりだ! アイツ……『小銭稼ぎのオウカ』だ!」
「その呼び名……嫌いなんだよなあ」
「くそっ、死ねえ!」
小銭稼ぎのオウカ。小悪党狩りとも、雑魚狩りとも呼ばれる小さな仕事を好んで受ける少女の二つ名だ。
世にも珍しい……けれどあまり評価は高くない「サムライ」と呼ばれるジョブを持つ少女の斬撃は、更に1人を斬り捨てて。
残された最後の1人が振るった剣をアッサリと弾き飛ばす。
「ヒ、ヒイ……!」
盗賊は後ずさりしながら、なんとか逃げようと脳をフル回転させる。
勝てない。どうやっても勝てない。どうすれば、どうすれば生き残れるのか?
そもそも、なんでこんな奴が。
「な、なんでだよ! 俺等なんかたいした悪党でもねえだろ! もっと……もっとこう、悪い奴は一杯いるだろうがよ!」
あまりにもあまりなその言葉に、少女は「あー……」とくだらなそうに頭を掻く。
「お前ら、随分前に馬車襲っただろ」
「ば、馬車あ?」
それがどうしたというのか。馬車なんぞ散々襲っているし、最近は馬車が宝箱に見えてきていた。けれど、そんなものがなんなのか?
どの馬車かも分からない、その馬車がなんだというのか?
「その馬車にな、奥さんと子どもが乗ってた旦那さんがいてな? 貯めてきた金で依頼したんだよ」
その言葉を聞いて、盗賊は一縷の望みを見つけたように感じた。
金、そうだ。小銭稼ぎなんて呼ばれるくらいにセコセコ金を貯めているならば。
「い、いくらだ! その倍は出してやる!」
「20万イエンだ」
「……は?」
はした金だ、と盗賊は思う。商人の馬車を襲えば、軽くその10倍以上は手に入る。
一晩飲み明かすにも心もとない、そんな程度の金で?
「ま、実際上手くやったよ。基本皆殺しだから顔も分からず手配書も出ねえ。被害も庶民だけで護衛がいりゃ手を出さねえ……この程度ならお偉いさんは本気を出さねえ。冒険者ギルドも様子見だ」
「ひゃ、100万出す! それならいいだろ!? な⁉」
「いやあ、金は欲しいけどな。でもまあ、アタシはお前らみたいなのがいっとう嫌いでな?」
斬、と。最期の1人が斬り裂かれて地面に倒れる。
「さて、と。一応アジトも調べとくか。やり残しっつーのは良くねえからな」
何の感情も浮かべていない表情で、少女は盗賊団のアジトである洞窟へと入っていく。
これが少女の……サムライ少女オウカの、特に何事もない日常である。
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