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【期間限定公開】 我ら、総統に捧ぐ。 〜極東の島国の国家元首と四人の美少女秘書はかく戦えり〜  作者: アサヒナ
第2章:四天秘書編(ソニア、ラァーラ、サクヤ、チェルシー編)
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第29話:過去という名のバケモノ

四方を閉ざす灰色の壁。


会話のため、ガラスに僅かに開いた穴。


そして、鈍く光る手錠。


そこは「過去」という名のバケモノが閉じ込められている空間だった。


チェルシーは無言で、面会室の椅子に腰を下ろした。


目の前には、かつての男――真田銀次郎がいた。


囚人服を纏った彼は浅く椅子にもたれかかりながら、チェルシーをじろじろと見つめている。


「よお〜、千佳(ちか


粘りつくような声が、狭い空間に響いた。


「久しぶりだなぁ〜。いやぁ〜、綺麗になったじゃねぇ〜か」


ニヤニヤと笑いながら、真田は彼女の身体を値踏みするように見つめた。


その目が、ただただ不快だった。


閣下の優しい目とは明確に違う、汚い「男」の目。


「おまえ、マジでいい女になったなぁ〜。あの頃からイイ体してたけど、今はもっと最高だぜ〜」


チェルシーはなにも言わなかった。


ただ、じっと彼を見つめる。


「どうした? なんか言えよ。久しぶりに初めての相手に会えて嬉しいだろ? 思い出すだろぉ〜?」


「……」


無言のチェルシー。


それが気に入らなかったのか、真田の表情が歪む。


「おいおい、なんだよその態度。冷たいなぁ〜」


彼は身を乗り出し、ニヤリと口元を歪めた。


「でもなぁ〜……。おまえ、どんなに澄ました顔してても俺にはバレてんだよぉ〜」


「……」


「今でも昨日のことのように覚えてんだぜ? 俺の腕の中で感じてたおまえの顔も声も全部なぁ〜」


チェルシーの瞳が、わずかに揺れた。


それを見て、真田はさらに口元を歪めた。


「ヒヒヒッ……なぁ、千佳(ちか)。今でも思い出すんだよ、俺は。おまえの肌の感触も、俺を心から愛してたあの甘い声も。忘れられねぇ〜よ。夜な夜な思い出して、たまらなくなるぜ〜」


粘りつくような声。


まとわりつく視線。


彼は女を「モノ」としか思っていない。


だけど、チェルシーの心は微動だにしなかった。


彼の言葉は、もうなんの力も持たない。


真田は、それに気づいていない。


「おまえに刻んだ俺の痕は、永遠に消えねぇんだよ!」


彼は声を荒げる。


「おまえの初めては、永遠に俺のもんだ! どれだけ偉くなろうが、どんな男に愛されようがなぁ、その事実は変わらねぇ!」


彼は自慢げに宣言した。


「……」


チェルシーは、ただ静かに彼を見つめた。


その無反応に、真田の表情が歪む。


「……なんだよ、その目」


「……」


「おい、なんとか言えよ! つまんねぇ女になったなぁ!」


だが、チェルシーの瞳は、ただ冷たかった。


その無言の視線に真田は苛立ったのか、椅子に深く座り直し、足を組んだ。


「チッ……まあいいさ」


彼はニヤリと笑いながら、話題を変えた。


「ところでよぉ〜、おまえの今の旦那……いや、『総統閣下』だっけ? どうよ、あのクソジジイ?」


チェルシーの指先が、わずかに動く。


「ハッハハハハハ! おまえも大変だよなぁ〜! あんな年寄りに愛されるなんてよぉ〜!」


真田は嘲るように言った。


「笑えるよなぁ〜! 国のトップが、俺が散々食い散らかした後の中古品を大事にしてるんだぜ⁉︎ どんだけ情けねぇんだよハハハハハ!」


その言葉を聞いた瞬間、チェルシーの指先がピクリと動いた。


「ヒヒヒッ……でもよ、マジでウケるんだよなぁ〜!」


彼はニヤつきながら、続けた。


「おまえみたいな(きたな)い女どもをかき集めて側近にして、『国家の象徴』とか言ってるんだろ? どんだけ見る目ねぇんだよ、あのアホジジイ!」


「……」


「なぁ、千佳」


真田は声を潜め、嘲笑を滲ませた。


「おまえさ、ほんとは笑ってんだろ? あんな年寄りを手玉に取って、学歴もねえ高卒なのに特権階級の座にのし上がった。そりゃあ、楽しいよなぁ〜? 上級国民様の仲間入りだもんなぁ〜!」


その瞬間。


チェルシーは、ゆっくり目を閉じ、深く息を吐いた。


彼女はそっとつぶやく。


「……あなたは、わたしの過去」


そして、ゆっくりと目を開ける。


その瞳には、もうなんの迷いもなかった。


「『誓い』をたてた。過去はもう無い。あの日、すべて捨てた。あなたも、その一部にすぎない」


真田の笑みが、徐々に消えていく。


「……は?」


チェルシーは、ガラスの向こうの男をまっすぐに見つめた。


その眼差しは、かつての彼女のものとは違っていた。


「過去を捨て、わたしは未来に生きることを選ぶ。それが、総統閣下が示してくれた道」


真田が不快そうに顔を歪める。


「なに言ってんだ、おまえ?」


「――わたしは閣下を愛してる」


その言葉は、剣よりも鋭く空間を突き刺す。


「……は?」


「閣下は、なにもないわたしに生きる意味をくれた。わたしに価値を与えたのは、あんたなんかじゃない。閣下こそが、わたしを救ってくれた」


彼は理解できなかった。


「あなたみたいな男たちに利用され、都合のいい女で終わるはずだったわたしを、閣下が拾い上げてくれた。服を着せ、家をくれて、女としての品格と教養を叩き込んでくれた。あなたが刻んだ痕なんて、もうなにひとつ残ってない。わたしの身体(からだ)に刻まれてるのは、すべて閣下がつけた印だけ」


真田の表情が歪む。


「……チッ、強がりやがって! なにを言ったところで、俺がおまえの初めてだったことに変わりは――」


「――違う」


チェルシーは、はっきりと断ち切るように言った。


「わたしの本当の初めては、閣下への愛。わたしは、閣下のもの。わたしの身も、心も、魂も、未来さえも、すべて閣下のもの」


彼女は堂々と宣言する。


「あなたが『鈴木千佳』にしがみつこうと、わたし(チェルシー)の歩みは止まらない。『ふりかえるな。ふりかえるな。過去に未来はない』――閣下はそう教えてくれた。わたしは、もう二度とふりかえらない」


真田の顔が、怒りと困惑に染まる。


「おい、待てよ!」


彼が立ち上がる。


「なんだよ、その目は! おい、千佳! おまえ、マジで言ってんのかよ⁉︎ 俺がどれだけおまえを――」


チェルシーは、冷静に彼を直視した。


「わたしはもう『鈴木千佳』じゃない。わたしの名前は『チェルシー』。閣下がくれた名前こそ、わたしの本当の名前。『鈴木千佳』はあなたにあげる。過去も、記憶も、思い出も、名前さえも、全部いらない! わたしは『チェルシー』! わたしは、あなたのモノじゃない!」


チェルシーは大きく目を開ける。


「わたしは、閣下の愛人だよ。永遠に――」


そこには、かつての少女「鈴木千佳」の姿はもはやなかった。


「時間です」


刑務官の冷淡な声が響く。


「――さようなら」


「おい! 待て!」


チェルシーは立ち上がる。そして、歩み出す。


彼女は、ふりかえらなかった。


そして、総統の勅命を受けた親衛隊員が、ホルスターにしまった拳銃を携え、彼女と入れ替わるように面会室に入室した。


「っ――! 待て! 俺には『人権』が――! 弁護士を――!」


「総統閣下からの伝言だ。『地を這う害虫が。地獄に堕ちろ』」


独裁者の逆鱗に触れた男が息を呑む。


――瞬間、彼は悟った。


「法に守られている」と思い込んで、未練のある元カノに対して「ちょっとした悪ふざけ」をした自分の考えが、いかに浅はかであったかを。


彼は忘れていた。


そう――この国は独裁国家だった。


人権など、存在しないフィクションだ。


直後、閃光がガラスを撃ち砕く。


銃声が鳴り響き、赤い花が咲く。


真田銀次郎だったモノは壊れた人形のように倒れ込む。


彼女は、振り返らない。




――ふりかえるな、ふりかえるな。


――過去に未来はない。




龍宮に戻ったチェルシーはリビングのドアをゆっくりと開く。


「……っ!」


そこには、四天秘書が揃っていた。


ソニア、ラァーラ、サクヤ――三人とも、ほっとした表情で彼女を迎えてくれる。


そして、ソファに座る私服姿の総統閣下。


「っ……!」


チェルシーは、一瞬だけ立ち止まる。


彼の視線が、自分をじっと見つめている。


その瞬間――涙が、溢れた。


「閣下ぁ……!」


チェルシーは、一気に駆け出した。


次の瞬間、彼の胸の中に飛び込んでいた。


「怖かった……!」


震えながら、彼のポロシャツをぎゅっと握りしめる。


「怖かったよぉ……!」


閣下の腕が、ゆっくりとチェルシーを包み込む。


「よくやった」


低く、優しい声が響く。


「おまえは……強い子だ」


その言葉を聞いた瞬間、チェルシーの(せき)が完全に切れた。


「うわああぁぁぁ……!」


泣いた。


閣下の胸の中で、なにもかも吐き出すように泣いた。


彼の手が、チェルシーの頭をゆっくりと撫でる。


その温もりが、ただただ愛しかった。


(ああ……。やっと……戻ってこれた)


そんな彼女を、四天秘書たちは温かい目で見つめていた。


サクヤが、一歩前に出る。


「閣下。すでに内務省と総統親衛隊が動画の全面削除に動いています。従わない外国の相手には防衛軍サイバー部隊がサーバーテイクダウンを行います」


チェルシーは、目をこすりながらサクヤを見る。


「しかし、彼らの総力をもってしてもデジタルタトゥーを完全に消すことは難しいでしょう。ですが、ネット上の意見は、当初とは変わり、チェルシーに非常に同情的です」


ソニアが前に出て告げる。


「それだけではありませんわ。チェルシーを閣下の秘書として雇い続けるよう、国内外のファンクラブの人たちが署名運動を行なっておりますの」


「っ……!」


チェルシーの胸が熱くなる。


(そんな……わたしなんかのために……!)


「署名など必要ない」


彼の声は、どこまでも揺るぎない。


「おまえは、俺の女だ。俺のもとにいろ」


「……!」


チェルシーは、涙を溜めたまま彼を見上げる。


「うん……!」


最愛の男の胸に顔をうずめ、さらにぎゅっと抱きしめる。


彼の温もりが、心に深く染み込んでいく。


その様子を見ながら、ソニアが微笑んだ。


ラァーラは、ため息をつきながらも口角を上げた。


サクヤも、安心したように小さく微笑む。


温かい空気が、リビングを包み込む。


そこへドアを開け、総統親衛隊員が入ってくる。


「総統閣下。調査が終わり、事件の黒幕が判明しました」


「言ってみろ」


 親衛隊員は躊躇う表情を見せた。だが、総統の命令に従わないわけにはいかなかった。


「黒幕は――晴旭(はるあきら)様です」


「――っ!」


ソニアが息を呑んだ。


 サクヤの表情が険しくなる。


「誰、それ?」


チェルシーは困惑した表情で聞いた。


「俺の、息子だ」

「おもしろかった!」

「続きが気になる!」

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