第16話:ソニアの外交1
聖歴2033年1月31日。合州連邦首都「デモクラティア特別区」の冬は、澄んだ空気の中に冷たい風が流れていた。
白亜の宮殿のような合州連邦大統領官邸の正門前には数十人のジャーナリストとカメラマンが集い、黒塗りの日之国総統専用車が到着するのを待ち構えている。この日、日之国の最高指導者である彼が合州連邦大統領との首脳会談のために合州連邦大統領官邸を訪れるのだ。
「日之国総統の専用車が到着します!」
合州連邦大統領官邸の大統領警護隊が緊張した面持ちで報告すると、カメラのフラッシュが一斉に弾けた。
重厚な装甲を施された漆黒の総統専用車が静かに停まる。車の後部座席のドアが開き、一人の男がゆっくりと姿を現した。
威圧感のある端正な顔立ちに、鋭い眼光を宿した東洋人の男。黒のコートを羽織り、軍服のような意匠を施したスーツが整然と身体に馴染んでいる。
極東に君臨する準大国「日之国」総統――天流河由有起。
場が一瞬、静寂に包まれる。
だが、次の瞬間――
「……なんだ、あの美女たちは⁉︎」
総統専用車の後部座席から四人の若い女性が降り立つと、周囲が騒然とした。
ネイビーブルーのコートドレスにターコイズブルーのリボンを結んだ洗練された制服。肩章には金の装飾が施され、ウエストを絞るデザインが美しいシルエットを際立たせている。動きやすいショートドレスは品のある優雅さを演出し、見る者の目を惹きつける。彼女たちが纏うその制服はまるで王の護衛のような気品と威厳を漂わせていた。
だが、それ以上に人々の目を釘付けにしたのは、四人全員が、息を呑むほどの絶世の美女だったことだ。
清楚な長い黒髪を優雅に揺らす知的な女性が、端正な立ち居振る舞いで車から降りる。その姿に、報道陣の一人が息を呑んだ。
「いったい、彼女は誰なんだ⁉︎ 本当に東洋人なのか⁉︎」
「なんだ、おまえ知らないのか? 彼女たちは日之国の『四天秘書』だ」
「四天秘書……?」
「ああ。総統の側近であり、彼の最も信頼する秘書たちだ。全員がモデル顔負けの絶世の美女でありながら、知性と能力を兼ね備えているエリート中のエリート……」
「見ろ、あれが総統の外交担当秘書のミス・ソニアだ!」
報道陣が次々とカメラを向ける。
ソニアは堂々とした姿勢で純白の合州連邦大統領官邸を見据えていた。白く透き通る肌、知的な瞳、上品な微笑み――どれを取っても、一流の外交官を思わせる風格が漂っている。
(やはり視線が集まりますわね……)
続いて、短い茶髪の少女が降り立った。親しみやすい笑顔を振りまき、カメラに向かって明るく手を振る。
「やっほ〜! みんな〜! ナイス・トゥー・ミート・ユー!」
「チェルシーだ! 四天秘書の中でも、国民人気ナンバーワンの元気系秘書! まるでアイドルだ!」
次に、ゆるやかなセミロングの黒髪をなびかせ、四人の中でも抜群のプロポーションを持つ女性が車から姿を現した。
「あらあらぁ〜。今日はマスコミの視線が一段と熱いわねぇ〜」
彼女は艷やかな微笑みを浮かべ、マスコミに向かってウインクする。
「おい、あれはミス・ラァーラだろ……! 妖艶すぎる……! まるでスパイ映画のヒロインだ!」
最後に、黒髪のハイポニーテールを翻し、静かに降り立つスマートな女性。彼女は他の三人とは違い、一切の表情を崩さなかった。
「……騒々しいわ。マスコミがこんな至近距離で……。警備体制が明らかに甘すぎる……」
彼女の落ち着いた佇まい、鋭い瞳――その存在感は別格だった。
「ミス・サクヤか……。彼女は総統の戦略担当であり、天才級の頭脳だ。その知能には日之国の敵国も一目を置いている」
「この四人……本当にただの秘書なのか?」
合州連邦の報道陣がざわめく。
だが、総統はそんな騒ぎには目もくれず、ゆっくりと合州連邦大統領官邸の階段を上っていく。そこには合州連邦大統領「イアン・マッケンジー」が待ち構えていた。
「ようこそ総統、合州連邦大統領官邸へ」
力強く差し出された手を、総統は迷いなく握り返す。
「光栄です、大統領」
世界を動かす二人の男が、がっちりと握手を交わした瞬間、周囲のフラッシュが一斉に弾けた。
(ついに始まりますわ……)
ソニアは静かに息を吸った。
(この交渉が、日之国と合州連邦の未来を決めますの)
そして、彼女自身が総統の外交補佐として、どこまで役に立てるのかが試される。
ソニアはゆっくりと歩を進め、総統のすぐ背後へと立った。
――総統閣下の秘書として、この場で最高の役割を果たすために。
合州連邦大統領官邸のイースト・ルーム――その広大な空間には、金色の装飾が施された天井と、シャンデリアの輝きが広がっていた。かつて歴代大統領が国賓を迎え、ときには戦争や和平を宣言したこの場所は今、日之国総統を迎え、新たな歴史の瞬間を刻もうとしていた。
合州連邦大統領と日之国総統は、それぞれ演台に立ち、記者たちの前で首脳会談の意義を説明していた。
「この合州連邦と日之国の首脳会談は、両国の未来にとって重要なものだ。我々は長きにわたる同盟関係を維持し、今後新たな経済協力の形を模索する必要がある」
イアン・マッケンジー大統領がそう述べると、会場にはフラッシュの閃光が何度も走る。彼は金髪に青い瞳を持つ、見るからに典型的な西洋人だ。演説中も堂々とした立ち振る舞いを崩さず、「強い指導者」としての風格を漂わせていた。
それに対し、日之国の総統は静かに頷いた後、口を開いた。
だが、彼の口から流れ出たのは、母国語ではなかった。
「First of all, I would like to thank the President and the people of the Federal States for their kindness and hospitality(まず、私は合州連邦大統領と合州連邦国民のもてなしに感謝したいと思います)」
「――っ!」
会場が一気にどよめく。
記者たちが信じられないものを見たような表情をする。
(まぁ……)
ソニアは誇らしげに微笑んだ。
総統は、完璧な合州英語で演説を続けた。その発音には、外務省のエリート官僚や大使にすらある微妙な訛りも一切ない。
「……本日、マッケンジー大統領とこの場に立てることを大変光栄に思います。合州連邦と日之国は、過去に幾度となく困難を乗り越えてきました。その歴史は、必ずしも平和的なことばかりではありませんでした。しかし我々の関係は、国家間の違いや過去の悲劇を乗り越え、単なる貿易協力や軍事同盟を超えた、歴史的なものです。本会談では、両国が共に繁栄するための新たな協力の枠組みを話し合います」
総統の合州英語に記者たちは驚愕し、もはやメモをとることを忘れていた。
四天秘書は全員、誇らしそうに微笑む。
(ふふっ。さすが、閣下は合州英語も完璧ですわね……)
ソニアは、総統の完璧な英語の裏にある「事実」を知っていた。彼の流暢な英語は幼少期、外国での苦しい経験によって培われたのだ。彼は差別に耐え、既に完璧だった英語を一度ゼロから学び直し、汗と涙の上に英語を身につけた。
しかし、それが今では、日之国を世界の中心で輝かせている。彼の英語力は、日之国の宝だ。そして、世界を動かしていた。日之国の国民として、総統閣下の側近の一人として、ソニアは誇らしかった。
ホール内のジャーナリストたちが一斉にメモを取る音が響く。総統の声には迷いがなく、強い意志を感じさせる響きがあった。
(さすがですわね。閣下は、この場の空気を完全に掌握していますわ……)
ソニアは内心でそう感嘆しながら、壇上の彼を見つめていた。総統は英語での演説を続けている。ネイティブそのものの発音、抑揚、リズム。合州連邦の聴衆でさえ、一瞬、彼がアジア系合州連邦国民なのではないかと錯覚するほどだった。
会見は滞りなく進み、両首脳は写真撮影のために並んで握手を交わした。そして、記者たちの質問を受け流しながら、その場を後にする。
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