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第11話:総統と少女

晩餐会が終わり、一同は龍宮のリビングに戻っていた。


豪奢なドレスを纏ったまま、しかしどこか肩の力が抜けた様子で、皆くつろいでいる。


ユキナはソファの端にちょこんと座りながら、まだ心臓がドキドキしていた。


大統領とのやり取りは緊張したが、結果的には上手くいった。


ふと、隣のソニアが微笑んで告げた。


「ユキナちゃん、本当に立派でしたわ。堂々としていて、とても素敵でしたわね」


チェルシーもすぐに続く。


「そうそう! ほんとすごかったって! あのエンフィールド大統領に褒められるとか、ヤバくない⁉︎ しかも英語、めっちゃスムーズだったし!」


ラァーラもグラスを片手に、くすっと笑う。


「最初はどうなるかと思ってたけどぉ〜、やるじゃなぁ〜い。ユキナって、なかなかの才能を持ってるんじゃないのぉ〜?」


ユキナは頬を赤らめながら、小さく頷いた。


「ありがとうございます……でも……まだまだです……」


彼女は真実、自身と総統閣下の英語を比べ、謙遜していた。


そのとき、サクヤが腕を組みながら、静かに口を開いた。


「そうね。悪くなかったわ」


ユキナは思わず顔を上げた。


サクヤに「悪くなかった」と言われることは、彼女にとって大きな意味を持つ。


しかし、サクヤは続けた。


「前回よりも上達している。だけど、改善すべき点もあるわ。たとえば、あなたの話し方。もう少し抑揚をつけた方が、相手により印象を残せるわね。それから、発音は全体的に綺麗だったけれど、スピードを少し調整するべきよ。焦らず、ゆっくり話したほうが、大統領のような格上の人物には伝わりやすいわ。大統領が聞き慣れている英語とあなたの話す英語はちがうのだから」


ユキナは真剣に聞き入り、すぐに頷いた。


「はい! ありがとうございます! とても勉強になります!」


そんなユキナを見て、サクヤは少しだけ柔らかい表情を見せた。


「……でもまあ、思ったよりは、よくやったわね」


それを聞いて、ソニアとラァーラが微笑み、チェルシーは「おおー! サクヤに褒められた!」と楽しそうに言った。


ユキナは小さく笑いながら、「ありがとうございます!」と再び頭を下げる。


そのとき、ふと、総統閣下が静かに言った。


「――ユキナ」


彼女は、ビクッとしながら総統を見た。


閣下はソファに深く座り、グラスの中の琥珀色の液体を揺らしながら、穏やかにユキナを見つめていた。


「今日のおまえは、誇るべき働きをした。よくやった」


その言葉は、静かでありながら、確かな温かみがあった。


ユキナの胸が、じんわりと温かくなる。


「ありがとうございます、閣下!」


思わず声が震えた。


今日一日の、エンフィールド大統領との会話、四天秘書たちからの言葉、そしてなにより、総統閣下からの言葉。それらがすべて、自分の中に染み込んでいく。


(もっと、頑張らなきゃ!)


ユキナはそっと、胸の前で拳を握った。




夜の龍宮は静寂に包まれていた。


ベッドの中でじっとしていられず、ユキナはそっと布団を抜け出した。


――今日の豪華な晩餐会。


――閣下の堂々たる姿。


――四天秘書に褒められた誇らしさ。


胸の高鳴りが収まらず、息が浅くなる。


心がざわついて、どうしても眠れなかった。


階段を降り、薄暗いリビングへ向かう。


そこに、一人、静かに立つ男の姿があった。


「……閣下?」


ユキナの小さな声に、閣下はわずかに肩を揺らした。


「……ユキナか」


ふりむいた彼の顔は、少し疲れた色をしている。


「もう遅い。寝ろ」


「それが……眠れなくて……」


閣下はため息をつき、窓の外へ視線を戻した。


龍宮の向こうに広がる夜景。


その先には、彼が背負う国家が静かに眠りについている。


ユキナは、ふと、この人はいつもこうやって一人で考えごとをしているのだろうか、と思った。


「おまえの両親は立派だな」


唐突に放たれた言葉に、ユキナは一瞬驚いた。


「えっ……?」


「民主主義体制のときから官僚として、なんの見返りも求めず、ずっとこの国を支えてきた。俺は、あの二人を高く評価している」


父と母が、尊敬する閣下に認められている。


その事実が、ユキナの胸に温かいものを灯した。


「お父さまは、若い頃からずっと閣下を尊敬しております。だからきっと、今の閣下のお言葉を聞けば、大変嬉しく思います」


「そうか」


短い返事だったが、その声音はどこか穏やかだった。


しばしの沈黙。


ふと、閣下がじっとこちらを見つめた。


「……ユキナ」


「はい?」


「おまえは……本当に俺の愛人になりたいのか?」


ユキナは息を呑んだ。


胸に手を当て、自分の気持ちを確かめる。


「はい!」


即答だった。


もはや、迷いはない。


「……なぜだ?」


静かな声だったが、どこか試すような響きを含んでいた。


ユキナは深く息を吸い、まっすぐ閣下を見た。


「わたしは、ずっと閣下に仕えたかったんです。小さい頃から、父と母はいつも閣下のお話をしていました。閣下がどれほどこの国を変え、どれほど多くの人の未来を背負っているか……。わたしも、そんな閣下のお役に立ちたくて、必死で英語を学びました。政治や経済や軍事のことも、少しでも理解しようと勉強しました」


閣下は黙って聞いていた。


「……でも、それだけじゃありません」


ユキナは一度、言葉を飲み込んでから続けた。


「わたしは……閣下が、誰よりも孤独だと知っています。いつも一人で、国のために決断し、誰よりも重い責任を背負って……。……わたしには、まだまだ力が足りないかもしれません。でも、わたしは閣下のおそばにいたいんです! お支えしたいんです!」


拳を握りしめる。


「閣下のそばにいられるのなら、わたしはどんなことでも頑張れます! この人生を捧げたいって……本当に、心からそう思っています!」


彼女の心には、嘘偽りが一切なかった。


それは、彼女の魂の告白に近かった。


彼への想いを言い終えたあと、ユキナは胸の鼓動が早まるのを感じた。


閣下は、じっと彼女を見つめていた。


その目には、どんな感情も浮かんでいないように見えた。


そして――


「――ユキナ」


「……はい?」


「――ここから出ていけ」


一瞬、時間が止まった。


「えっ……?」


閣下は微動だにせず、冷静に言葉を紡ぐ。


「おまえは俺の愛人にふさわしくない。明日、ここを出ていけ。…‥いいな?」


なにを言われたのか、わからなかった。


ユキナの頭が真っ白になる。


なにかの聞きまちがいではないかと、必死に考える。


「……わ……? ぁ――」


だが、閣下の表情は変わらない。


ユキナの心が、ぐちゃぐちゃになっていく。


(……なんで? ……どうして? ……わたし……なにかまちがえた?)


なにも言えなくなった。


視界が滲む。


涙が、ぽろぽろと頬を伝う。


次の瞬間――


「っ……!」


なにも言わず、ユキナは駆け出していた。


二階へ続く階段を駆け上がる。


自室のドアを乱暴に閉める。


ベッドに崩れ落ち、嗚咽を漏らした。


(……わたしは……まちがっていた……! ……なにも知らないまま……閣下のおそばにいたいなんて思って……! ……こんなわたしが……あの人の隣に立とうとしたこと自体が……まちがいだったんだ……!)


枕を抱きしめながら、ユキナは泣き続けた。


心が、張り裂けそうだった。

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