第10話:ユキナとエンフィールド大統領
豪華なシャンデリアが煌めく龍宮の大広間。
そこには日之国と欧州連邦の国旗が並び、格式ある晩餐会が始まっていた。
テーブルには高級料理が並び、各国の要人や外交官たちが談笑しながら食事を楽しんでいる。
その中でも、特に人々の視線を集めていたのは、総統と並ぶ五人の美しき女性たちだった。
ソニア、サクヤ、ラァーラ、チェルシー、ユキナ――彼女たちはそれぞれ、華やかなドレスを纏い、完璧な立ちふるまいでその場に立っていた。
ソニアは気品あふれる白のロングドレスを身にまとい、外交担当としての存在感を放つ。
サクヤは深紅のドレスを纏い、クールな眼差しで場の空気を読んでいた。
ラァーラはスリットの入った黒のドレスで大人の色気を漂わせ、チェルシーは明るい水色のドレスを着て、柔らかい笑顔をふりまいている。
そして、ユキナも純白のエレガントなドレスを身に纏い、まだ緊張しながらも、必死に気品を保とうとしていた。
「ユキナちゃん、肩の力を抜いて」
ソニアが優しく囁く。
「は、はい……!」
この場は本格的な政治と外交の場。前回とは規模がぜんぜんちがう。
四天秘書たちはすでに幾度もこうした晩餐会を経験しているが、ユキナにとっては初めての外交の大舞台だった。
それでも、彼女は懸命にふるまっていた。
やがて、静寂が訪れる。
司会が壇上に立ち、堂々と宣言する。
「これより、総統閣下、ならびに欧州連邦大統領のアレクサンダー・エンフィールド氏より、ご挨拶をいただきます」
会場が拍手に包まれる。
総統閣下と欧州連邦大統領が、それぞれ登壇した。
総統閣下は壇上で一度視線を巡らせると、静かに口を開いた。
「Tonight, it is my pleasure to welcome President Alexander Enfield, who has travelled all the way from Londinion, to our country(今夜、遠路はるばるロンディニオンからアレクサンダー・エンフィールド大統領をお迎えできたことを、大変光栄に思います)」
しっかりとした声が響き渡る。
流れるような英語――それは、洗練された英州英語だった。
(本物の英州英語! 閣下、やっぱりすごい!)
ユキナは圧倒されながら、改めて思い出す。
総統はかつて英州の中心都市「ロンディニオン」で幼少期を過ごしたのだ。
それにも関わらず、彼は完璧な「バイリンガル」に育った。
その裏に、子供時代、どれほどの苦労があったのだろうか?
ユキナには想像もつかなかった。
「――欧州連邦と我が国は、遠く離れていながらも、長年にわたる信頼と友情を築き上げてきました。我々は共に、自由と秩序と繁栄を守るために、歴史の荒波を乗り越えてきました。そして今、我々は未来のために新たな一歩を踏み出すときです」
総統閣下の声は、静かに、しかし力強く響く。
「現在の世界は、決して平穏ではありません。先の大戦以降、最も深刻な状況が続いております。我々が直面する課題は、経済、エネルギー、持続可能性、そして安全保障と、多岐にわたります。ですが、それらを共に乗り越えることで、我々はさらなる成長を遂げることができます」
総統閣下は、エンフィールド大統領の方へと向き直る。
「欧州連邦と我が国は、経済面でも防衛面でも、より強固な協力関係を築くべきだと私は考えています。まず第一に、経済連携協定(EPA)の深化により、両国間の貿易・投資のさらなる拡大を目指します。我が国は技術力と精密工業、欧州連邦はその広大な市場と資源を有しており、互いに補完関係にあるのです。それを最大限に活用し、経済的繁栄を両国にもたらすべきです。保護主義ではなく、自由貿易と協力こそが豊かな未来を切り拓きます」
ユキナは思わず息を飲む。
閣下の言葉には、明確なビジョンと説得力がある。
それは外務省の官僚が書いた台本ではなく、閣下自身の意志が籠った演説だった。
「第二に、防衛・安全保障の協力強化が重要です。我々はともに、力による一方的な現状変更を目論むユーラシア連邦をはじめとする複数のならず者国家の圧力に晒されています。我が国はインド太平洋地域、欧州連邦は北大西洋地域において、それぞれの安全保障を担う重要な立場にありますが、これを別個に考えるのではなく、一体として捉えるべきです」
会場は静まり返っていた。
「我が国と欧州連邦は、相互に軍事技術を共有し、防衛軍と欧州連邦軍による合同軍事演習を行い、有事の際には連携して迅速な対応を取れるような集団安全保障の枠組みを作るべきです。我々は、平和を守るために強固な軍事力を持たねばなりません。平和は、願うだけでは決して手に入らないのです」
ユキナは全身が震えるのを感じた。
堂々と世界戦略を語るその姿は、まさに国家の最高指導者に相応しかった。
閣下の登場以前に、この国にそのような指導者が何人いただろうか?
「最後に、文化交流の深化も重要です。我が国と欧州連邦は、それぞれの文化に誇りを持つ国々です。だからこそ、文化の架け橋を築くことが、相互理解をより深める鍵となります。これからの未来を担う若者たちのために、留学プログラムや文化交流を拡大し、お互いの国を知り、尊敬し合える関係を築くことを提案します。経済、安全保障、文化。これら三つの柱が揃って初めて、我々はより強固な関係を築けると、私は信じております」
総統閣下の演説が終わり、拍手が会場を包む。
続いて、エンフィールド大統領の演説が始まる。
だが、彼の演説は、ユキナの中に入ってこなかった。
ユキナはその間、ずっと総統閣下の英語演説の余韻に浸っていた。
(すごい……)
ユキナは感動していた。
彼の言葉には、熱意と確信が込められていた。
(わたしの英語なんて、まだまだだ……)
それに英州英語なんて、永遠に喋れないだろう。
ユキナは自分の無力さを痛感する。
だが、彼女の目には、決意が宿っていた。
(わたしも、もっと頑張らなきゃ……!)
彼の隣に立ちたい。
彼にふさわしい女性になりたい。
自分も、成長しなければならない。
いつか、四天秘書みたいになるために。
エンフィールド大統領の演説が終わり、二人の首脳はワイングラスを手に取った。
「日之国と欧州連邦の友情が、これからも永遠に続くことを願い、乾杯を」
人々はワイングラスを掲げ、総統閣下と大統領に敬意を表した。
ユキナは慌てて、ワインの代わりに渡されたぶどうジュースの入ったグラスをそっと掲げた。
「乾杯……!」
晩餐会の会場は、煌びやかなシャンデリアの光に包まれていた。
総統閣下とアレクサンダー・エンフィールド大統領はワイングラスを片手に談笑している。
閣下は穏やかに微笑みながら、それでいて威厳を失わない口調で話していた。
彼の流れるような英州英語は洗練されており、場の雰囲気をさらに格調高いものにしている。
外国首脳とここまで対等に英語で話せる日之国の指導者がかつていただろうか?
ユキナは少し離れた場所から、彼らのやり取りを見つめていた。
(すごい……!)
彼女は思わず息をのんだ。
まるで本物の英州紳士が降臨したかのような、そんな完璧な発音と流暢さ。
総統閣下が帰国子女であることを差し引いても、あまりにも洗練されていた。
自分とは、次元がちがう。
閣下の英語と比べれば、自分の英語はまだまだ未熟なのではないかと、不安がよぎる。
(でも……それでも!)
ユキナは軽く拳を握りしめた。
「ユキナちゃん、参りましょう」
ふと、隣からソニアが優雅な声で囁いた。
彼女は白いロングドレスを身に纏い、まるでこの晩餐会の主役であるかのような気品を漂わせている。
「は……はい!」
ユキナは緊張しながらも、四天秘書たちと共に大統領のもとへと歩いていく。
やがて、閣下が彼女たちに気づき、エンフィールド大統領に向かって紹介した。
「彼女たちは、私の秘書です」
エンフィールド大統領はにこやかに微笑んだ。
「お会いできて光栄です、お美しいレディたち」
「光栄です、エンフィールド大統領」
まずはソニアが流れるように挨拶をした。
発音は日之国の知識人の圧倒的大多数同様、完全に合州英語寄りだが、洗練されており、ほぼ完璧に近い。
「本日は貴国と我が国の未来に関する大統領の演説を直に聞くことができ、感銘を受けております。これからも、どうかわが国と友好的な関係を築いていただけますと幸いです」
ソニアの言葉に、エンフィールド大統領は満足げに微笑む。
続いて、サクヤが一歩前に出た。
「初めまして、エンフィールド大統領。貴国の外交方針には、わたくしどもも非常に興味を持っております。これからの協力関係がより良いものになるよう、微力ながら、わたくしどもも尽力していきたいと考えております」
理路整然とした言葉遣いと、落ち着いたトーン。
その堂々たるふるまいと洗練された合州英語の発音に、エンフィールド大統領は目を細め、感心したように頷いた。
「素晴らしい。さすがは総統閣下の側近たちだ。お二人とも、とても優雅で知的なレディたちだ」
「恐縮です」
サクヤとソニアは優雅に微笑んだ。
そして、次にチェルシーが前に出る。
少し緊張した面持ちだが、元気いっぱいの笑顔を浮かべる。
「えーっと……ハロー……ミスター・プレジデント! ナ、ナイス・トゥー・ミート・ユー!」
彼女のぎこちない英語に、大統領は微笑ましそうに笑った。
「ナイス・トゥー・ミート・ユー・トゥー、ヤング・レイディー」
ラァーラも続く。
「えっと……ナイス・トゥー・ミート・ユー……! アンド……エンジョイ、ジパング!」
「はは、ありがとう。楽しませてもらっているよ」
大統領はチェルシーとラァーラの努力を労うように、温かい笑みを向けた。
そして、最後にユキナの番がきた。
彼女は深呼吸し、一歩前に出た。
「Good evening, President Enfield. It is a great honor to be able to meet you in person. I sincerely hope that the friendship between our two nations will continue to flourish in the years to come. Thank you for visiting our country and for graciously taking the time to be with us tonight(エンフィールド大統領、こんばんは。お会いできて光栄です。我が国と貴国の友好関係が、これからもさらに発展していくことを心より願っております。我が国にお越しいただき、そして今夜わたくしどものために貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます)」
一瞬にして、空気が変わった。
ユキナの英語の発音は、サクヤとソニアの英語と同等以上に洗練されていた。
発音こそ合州英語寄りではあるが、その流暢さと堂々とした態度に、周囲の者たちは驚愕した。
総統閣下が、ほんの少しだけ目を見開いたのを、ユキナは見逃さなかった。
サクヤも驚きの表情を隠しきれていない。ソニアも思わず微笑む。
エンフィールド大統領はユキナを優しく見つめ、上機嫌で言った。
「素晴らしい。こんなに若いのに、堂々としていて優雅だ。とても賢いレディだな」
彼はユキナの肩に優しく手を置き、総統閣下に視線を向けた。
「この子はどなたかな? これほど優秀なヤング・レディがあなたの傍にいるとは驚きだ」
総統閣下は、いつもと変わらない落ち着いた口調で答えた。
「彼女は私の親戚の娘です。職場見学の一環として、数日間、私の側で学ばせています」
「なるほど、それは素晴らしい機会だ。若いのに、よく勉強しているようだ。ぜひ、これからも知見を深め、努力を続けてほしい」
「ありがとうございます、エンフィールド大統領」
ユキナは深々と礼をした。
エンフィールド大統領は満足げに微笑み、ユキナの頭を軽く撫でた。
「君のような若者が日之国の未来を担っていくのだ。これからの成長を楽しみにしているよ」
「……はい! 頑張ります!」
ユキナは、心から嬉しそうに微笑んだ。
「おもしろかった!」
「続きが気になる!」
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