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第6話 理由

「…………」

そいつは沈黙したまま動かない。


既にだいぶ揺れ動いている。

状況的にはこんな馬鹿げた提案でさえ、縋らなければこいつに未来は無いだろう。


こいつもそれを分かっているからこそ乗る気になっているが、あと一歩のところでその選択を躊躇させている。それはおそらく──────


「このまま踏み出すのは怖いか?」


「…………」

そいつは沈黙を貫く。聞くならここしかないだろう。


「なら、さっき後で聞くと言った事を今聞かせてくれないか?」


「………何のこと?」


そいつは視線を横に逸らす。


「覚えているだろう?お前がここに来た理由だ」


「………それをここで聞いて何になるの?そもそも私が貴方にそれを話すとでも?」


「ここで話さなければそれまでだ」


俺は間を空けずに、


「それでまたいつも通りの”日常”に戻れば良い。選ぶのはお前だ」


「…………」


互いに見つめあう。


「…………」


沈黙が辺りに広がる。それからどれだけが経っただろうか、そいつは重く閉ざされた唇を開く。


「……私は、特待生としてこの学校に入学した」


ぽつりと、言葉を紡ぐ。


「最初は何にも考えていなかった、ただ高校生活を楽しみに待ってた」


俺は何も言わず耳を傾ける。


「だけど、待っていたのは想像とは程遠い地獄のような環境だった」


そいつは続ける。


「最初は何にも無く、ただ普通に過ごしてただけだった。いや、過ごしていたつもりだった。私は昔からスポーツも勉強も何でもできた、外見だって他人に劣らない自負はある、だから……」


そいつは少し言い淀むが、やがて口を開き、


「だから、気に食わなかったんでしょうね」


ぽつりと、そう呟く。


「一人の子に目をつけられたの、確か、その子が好きな男の子が私のことが好きだったから。たったそれだけの、在り来たりな理由。……それからだった。最初は陰口を言って、次に教科書を隠し、靴を隠して、画鋲を入れて、見つかった頃には全部使い物にならなくなってて……」


言葉がどんどん弱々しくなっていく。


「それでも我慢しなくちゃと思って耐えてたけど、どんどん”あれ”はエスカレートしていってっ………」


そいつは耐えきれなくなったのか、抑えていたものが溢れだす。


「直接殴ってきたり……蹴ってっ……服を脱がされて………撮られてっ………それから……最後には………………無理やりっ……!」


思い出すのでさえ、かなり辛いのだろう。そいつは絞り出すように言葉を吐き出した。


「………」


ここで優しい言葉をかけてこいつに寄り添うのは簡単だ。実際それが俺のここで取るべき対応だろう。


「よく今まで我慢してきたな、今まで辛かっただろ」


俺は優しく語りかける。


「…………っ」


そいつは目を見開いた後、どこか安心した顔で口を開こうとして、


「ありが「それで何もしなかったのか?」


「…………え?」


そいつは虚をつかれたように口を開けたまま動かない。


「何もしなかったのかと聞いているんだ」


そいつははっとなり、拳を強く握りしめて言う。


「っ!そんなことできるわけないじゃない!簡単に言わないでよ」


「確かにお前はこの1年、文字通り地獄を味わってきたんだろう」


「だったらっ!」

「けどな」


俺はそいつの言葉を再度遮って続ける。


「苦しかった、辛かったとただ黙って現状を受けいれたのはお前の責任だ」


「っ仕方ないじゃない! どうしようもなかったのよ!」


そいつは叫ぶ。


「方法が見つからないならなぜ探そうとしない」


「なぜって……」


「なぜ現状を変えようとしない」


「……っ! それができたら苦労しないわよ!」


「それができなかったから、今お前はここにいることしかできないんだ」


「………っ」


そいつは押し黙る。


「お前はただ、自分が可哀想な被害者だ、自分だけ不幸なのはおかしいと思って自分以外の何かに縋っているだけの甘えた人間だ」


「………っ………私……は」


そいつは力が抜けたようにへたりと座り込む。


俺はただそいつをじっと見つめ、次の言葉を待つ。


「ちが………う……私は………ただ…………」


そいつは力なくそう呟く。そして、


「………貴方、……思っていたよりずっと冷たいのね……」


そう言葉をこぼした。


「このまま絶望して死ぬのも、また学校に戻って変わらない日々を過ごすのもお前の勝手だ」


そうして俺は続ける。


「けどお前にまだ生きる意思があるなら、お前は足掻き続けるしかない。例え可能性がどんなに小さいとしても」


「………それは……とても厳しい事ね……」


「そうかもな」


そのとおりだ、お前は間違ってなどいない。苦しい状況で頑張るなんて実際にやるのははるかに難しく、できる人間は少ない。その努力が実るとは限らない。


それでも、


「それでも、行動しなきゃ変わらない、欲しいものは手に入らない、リスクを払うこともできない奴に成功する資格なんて存在しない」


俺はそいつの目を真っ直ぐに見つめて言い放つ。


「お前だって1年間耐えてきた理由が、失いたくないものがある筈だ」


「……っ!」


「お前が例えどんなに苦しい思いをしても、苦痛を味わっても、その先にはお前の本当に欲しかったものがあるはずだ」


「…………本当に、欲しいもの……」


そいつはぽつりとつぶやき、そして少しの沈黙の後、


「………こんな私でも手に入れられるかな………」


「それはお前次第だ」


「………」


「選べ、お前はどうするんだ?」


俺はもう一度問いかける。


「……………私は」


目を瞑る。沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、沈黙、──────そして、


「私のために闘いたい」


そいつは小さく、だがはっきりと覚悟を持ってそう言葉にした。


俺はその瞳を見つめ、


「そうか、お前がその選択をするなら俺はお前に協力しよう」


俺はそいつに手を差し伸べる。


そいつは一瞬だけ戸惑うが、覚悟を決めた様子でその手を取った。


その頬には流れるものがあった。

それは迷いか、後悔か、苦悩か、それとも覚悟か。


俺はただそいつに告げる、


「これからよろしくな」


「ええ、よろしく」


そうして俺たちはありきたりな挨拶を交わす。


この日、俺たちは理不尽を変えるために手を結んだのだった。



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