13 初デート
今日は、セレスティアと王宮の庭で会う約束をしている。
カイエルは朝からそわそわしていた。いつもなら無言で通す支度の最中も、今日は珍しく鏡の前で服の皺を気にしていたり、髪の乱れを直していたりする。
(カイエル様、楽しみなんだな)
護衛騎士が、口元を緩めながら見つめる。
数分おきに、カイエルは壁かけ時計に視線を送っている。
時計の針はちっとも進んでいない。セレスティアのやってくる時間にはまだまだだ。
小さく息をついた。
その目には、待ちきれない気持ちが浮かんでいた。
ようやく時間になり、庭園に足を運ぶと、庭の入口にセレスティアの姿が現れた。明るい陽射しの中、薄桃色のドレスが風に揺れる。
「ごきげんよう、カイエル。いい天気ね」
セレスティアは小走りで近づいてくると、太陽のように笑った。
その笑顔がまぶしくて、カイエルは一瞬、言葉を失った。だがすぐに表情を引き締めて、そっけなく答える。
「遅かったな」
「ほんの2~3分の遅刻でしょ? そのくらい許して」
そう言いながらセレスティアはカイエルの前でくるりと回ってみせる。
「ほら、カイエルの好きな桃色のドレスよ! 子供の頃、王妃様の桃色のドレスが好きだったでしょ?」
「そ、そんな昔のことは覚えてない」
カイエルはそう言いながら、少し頬を赤らめた。対するセレスティアも少し頬を赤らめた。
「ごめんなさい。本当のことを言うと、庭園の中で迷っていたの。ここに来るのって、久しぶりだから」
セレスティアはすまなさそうに言った。カイエルはその声に少しだけ表情を和らげる。
「確かに、ここは迷路のようだからな。よし、案内してやる。次は迷わないように」
「それってつまり、次も誘ってくださるのね?」
「……!」
「ふふ、わかったわ。次のお誘い、楽しみにしてるわね」
庭園の片隅、薄紅色の花が咲くアーチの下。
カイエルとセレスティアは、並んで歩いていた。
さっきから会話は続いているものの、どちらもどこかぎこちない。
「……その花、セレスティアの髪に合いそうだ」
ふいにカイエルがそう言って、隣の枝から小さな花を摘んだ。
言ってしまってから、本人が一番驚いていたのか、目をそらしてしまう。
「え……そうかな? ありがとう」
セレスティアは花を受け取り、はにかんだ。
けれど、そのあと何も言葉が出なくて、ふたりは少しの間沈黙になる。
先日は話が弾んだのに、日を改めるとなぜか意識してしまって、話せない。
明るい太陽の下というのが、緊張を増幅させるのかもしれない。
その様子を、少し離れた場所から見守る者たちがいた。
「何をされているのです! その花をセレスティア様の髪に挿してあげるのです!」
我慢できず声を漏らしたのは、王妃付きの侍女。なぜか、彼女はここにいる。
「これが初恋ってやつだな。カイエル様、もう一押しだ!」
護衛騎士は、真剣な面持ちで見守っている。
「……ああ、じれったい。そこで手を繋げばよろしいのに!」
女官の一人が額を押さえる。
誰も声をかけられず、ただ影から見守るばかり。
「……見た?」
「ええ。殿下、完全に恋してますね」
「令嬢の方も恋してますね」
「ああ、もうっ。初恋かあ。それも両想い。うらやましい」
庭園のあちこちで、そんなため息まじりの応援がひっそりと続いていた。
こちらは、王宮内。
カイエル王子が、庭園を歩いている。
しかも、笑っている。
それだけで、王宮の空気は一瞬止まった。
「あの……今、笑ってらっしゃいましたよね? カイエル殿下が?」
遠くの廊下から庭を見下ろしていた文官の一人が、目をこすりながらつぶやく。
「ええ、たしかに。あんな柔らかい表情、久しぶりに見たわ。隣にいるのは、グランディール公爵家のセレスティア様?」
廊下を歩いていた若いメイドたちが立ち止まり、声を殺して盛り上がる。
あの事件以来、カイエルは誰に対しても冷たく、必要以上の会話を交わすこともなかった。
それなのに今はどうだ。
春の陽気の中、カイエルは楽しそうに、セレスティアの隣を歩いている。
そんなふたりの姿に、通りすがりの侍女や文官たちも、振り返っては目を丸くしていた。
中には、驚きすぎて手に持っていた書類を落とす者までいる始末だった。
◇
「カイエルが、令嬢と歩きながら笑っているそうです!」
リオネル王太子が、そう叫びながら飛び込んできた。
王妃の離宮を訪ねて来ていた国王は、王太子からの報告に顔を上げた。
「今、なんといったか? カイエルが笑ったと?」
そのひとことに、王妃が目を見張った。
「それは、一体、どういう状況だったのかしら?」
「グランディール公爵家のセレスティア嬢と、現在、庭園を散歩中のようです。
先日の舞踏会で、二人は再会し意気投合したようですね。
あの時は、舞踏会の最中だというのに、庭園のベンチに二人で仲良く座っていましたよ」
「それが本当なら、朗報だ。確認したい」
国王が言うと、王太子も静かにうなずく。
「様子を見に行きましょうか。遠くからならいいでしょう」
国王が立ち上がった。
「私はこの離宮で待ちます」
遠慮したように言う王妃の手を、国王がそっととる。
「王妃としての権利を無くしたからといって、親としての権利がなくなったわけではないのだよ」
王太子も同意するように頷いた。
「あの子の親としての権利は、自分の愚かさで失ったように思います。ですが、遠くから見つめるくらいなる、許してもらいましょう」
王妃は目を伏せ、立ちあがった。
決して、気づかれないように、ということで、三人は人目の少ない回廊を選び、庭を見下ろせる位置まで足を運んだ。
そこには、柔らかな午後の陽射しの下で並んで歩く、カイエルとセレスティアの姿があった。
ふたりは特別なことを話しているわけではなさそうだった。ただ、時おり視線を合わせ、セレスティアが何かを言えば、カイエルがわずかに口元をほころばせる。
それだけで、国王は胸がじんと熱くなった。
あの子が、恋をしている。
それは誰の目にもわかった。
「初々しいな」
国王が小さく言う。
「初恋ですね。うまくいくといいのですが」
王太子が答える。
「あの子が、昔の明るさを取り戻してくれますように」
王妃は視線を二人に向けたまま呟いた。
三人は、気づかれないように静かにその場を離れた。
庭には、まだ甘やかな時間が流れていた。




