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1 プロローグ


【あらすじ、会い→遭い】王宮の大広間は、春の陽気を運ぶ風がそっと流れ込み、令嬢たちのドレスの裾をふわりと揺らしていた。

今日は、第2王子カイエルの14歳の誕生日。



真紅の絨毯に金糸のタペストリー、天井からは星のようにきらめくシャンデリアが輝き、大人たちは華やかな笑顔でグラスを掲げている。



今日の主役である第2王子カイエルは、王妃の用意したシルクの白い衣をまとい、少し照れたように微笑みながら、貴族たちの祝いの言葉に耳を傾けていた。


鏡で何度も練習した笑顔を浮かべながら、王族としての礼を述べる。


王子として、皆に尊敬される存在であろうと、幼いころから努力を重ねてきた。剣の稽古も、勉強も天才だと褒めたたえられた。きっと、両親も兄上も、少しは僕のことを誇りに思ってくれているはずだ。



「カイエル兄様、こっち! こっちに来て! このケーキ、私が選んだのよ!」



可愛らしい鈴のような声が、カイエルの緊張を和らげた。



「マリアンヌ」



まだ8歳の妹、マリアンヌが明るく笑いながら手を振っていた。彼女の無邪気な笑顔に温かい気持ちになった。

カイエルは、貴族たちの挨拶が終わったのを確認して、マリアンヌの元へいった。


後ろから現れた給仕が、カイエルに金の盆を差し出した。



「どうぞ。今日の主賓、カイエル殿下用に特別に用意されたバース―デードリンクです」



盆の上では、ピンク色の飲み物が輝いていた。



「綺麗な色の飲み物だな。こんなジュースは初めて見た」



カイエルはそのグラスを手に取ろうとした。



「私が飲む!」



マリアンヌはいたずらな笑みを浮かべ、カイエルが飲もうとしていたピンク色のジュースを奪い取った。



「お兄様のジュース、マリアンヌがもらっちゃうの!」


「こら、それは誕生日の僕のために、特別に用意されたジュースだぞ!」



止める間もなかった。


マリアンヌはきゃっきゃと笑いながら、ジュースを飲み干した。次の瞬間。



「……っ、あ……っ!」



乾いた音を立てて、グラスがマリアンヌの小さな手から滑り落ちた。

絨毯の上に転がるグラスと、床に広がる果実水の香り。その香りに、妙な違和感が混ざっていた。



「マリアンヌ!?」



カイエルの目の前で、妹の体がぐらりと傾き、ピンクのドレスが床に広がった。



「マリアンヌ!? マリアンヌ!! どうした?」



心臓が飛び跳ねた。




「キャーーーーーーーー!」




背後で女性たちの悲鳴が聞こえた。



「マリアンヌ!」



手を伸ばそうとしたその瞬間、誰かが彼の腕を掴んだ。



「王女様に何をなさったのです、カイエル様!」


「何もしていない! 離せ! マリアンヌが!」



周囲がざわめき、叫び声が上がる。王妃が駆け寄り、マリアンヌの頬を叩く。意識がない。王が怒鳴る。



「マリアンヌに何があったのだ?」



駆け寄って来たマリアンヌの侍女がカイエルを指さした。



「カイエル様がマリアンヌ王女様にジュースをお渡ししているのを見ました!」


「なに? カイエルが?」



国王が眉を顰める。



「私も見ました! カイエル様が王女様にお渡ししたジュースを飲んだとたん王女様はお倒れになったのです!」



カイエルは後ずさりした。



「え? 僕は……」


「カイエルが渡したジュース……だと?」



国王ガルドの怒声が、祝宴の余韻を吹き飛ばした。あれほど騒がしかった大広間が、まるで息を呑むように静まり返る。



「急ぎ、侍医を呼べ! マリアンヌを助けろ!!」


「はいっ!」



慌ただしく人が走る。マリアンヌの小さな体は侍医によって抱え上げられ、控えの部屋へと運ばれていく。


その場に立ち尽くすカイエルに、医師が戻って来た。



「陛下、マリアンヌ王女様は毒を盛られたようです」



静寂の中、その言葉だけが不気味に響いた。


王の顔色が、見る見るうちに険しくなる。



「どういうことだ、カイエル。お前が毒を飲ませたのか?」



王の声が怒りで震える。その目は、もはや父のものではなかった。



「そんなことはしていません。信じてください、父上……!」


「黙れ!」



そして。



「カイエルは……妹を毒殺しようとしたの……?」



ふいに、冷たい声が響いた。王妃だ。


リリアナ王妃は、凍るような目でカイエルを見つめていた。



「ごまかしが通るとでも思っているの? 私の可愛い娘を……! あなたが毒を飲ませたのね!」


「違います、母上……っ! どうして、僕を……」



その瞬間だった。


王妃は音を立てて立ち上がり、震える手でカイエルを指差した。



「連れて行って! この子を……この化け物を、私の視界に入れないで!」


「母上……!」



すがる言葉が、空中で千切れて落ちた。母の目には、もう自分が映っていない。


まるで悪夢だった。



「カイエルを貴族牢に連れていけ」



国王が近衛兵たちに告げた。



「父上、それは!」



リオネル王太子が、カイエルを引きずっていく近衛兵を止めようとしたが、国王が手を上げて制した。



「止めるな、リオネル。カイエルを貴族牢に幽閉する」


「父上、落ち着いてください! まだ何もわかっていません……!」


「証言があるわ! あなたは黙ってて!」



リオネルは、その場で拳を握りしめた。


国王も王妃も、王女かわいさに目が曇り、聞く耳を持たないと悟ったからだ。


カイエルの誕生日の祝福が、こんな悪夢になるなんて。


愛する妹が、愛する弟が渡したジュースを飲んで倒れた。その事実だけが、鋭く心に突き刺さる。


その日から、カイエルの誕生日は、二度と祝われることのない“忌まわしい日”となった。






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