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02.燻る火種

被検体Σ-0952の身体操作から数日。全方位が白で統一された無機質な部屋。おそらくは無菌室であろうその空間に2人の人物が対峙しようとしていた。



1人は無論、被検体Σ-0952こと九重司である。彼にとって幸いだったのは、今回の目覚めでは前回と違い体の自由が利くということだ。それどころか体が今にも走り出しそうなほど力が湧いていた。意識を取り戻して周囲を見渡したとき、部屋の純白とは対照的な漆黒のビジネススーツを身に纏った男の姿が目にとまった。


「目が覚めたか、小僧。その様子だと、もう体の変化に気づいているようだな。」


男は司の側にある椅子に腰掛けると、そのまま話を続けた。


「何がなんだかさっぱりだろうがひとまず俺の話を聞くんだ。疑問や質問には余裕があれば答えてやる。だが時間がないから話を遮るなよ。」


目覚めたばかりでまだ頭が回っていない司を前に、その男は駆け足で話をし始める。


「は、はい……」


男の圧と勢いに負かされた司は言いたいことをぐっと堪えて男の話を聞いた。


「まず、お前の体についてだ。今お前の体には活力がみなぎっていることだろう。それは、こちらで行った身体改造によるものだ。」


「身体改造…?!ちょっとそれって…」


「話を遮るな……時間がないと言っただろう小僧…」


「あっ……すんません……」


「…続けるぞ。身体改造ってのはまあお前の世界じゃ馴染み無いだろうが、簡単に言えば身体に高出力の放射線スキャニングを掛けて、その結果割り出される適性に合わせて肉体を強化する…といったところだ。これを見てみろ。」


男は手に持っていたタブレットを司に渡して説明を続けた。


「これが今のお前の体だ。ほとんどの項目が平凡そのもの、鍛え方次第で成長は出来そうだが、現状だと使い物にならんな。」


「あんた…結構手厳しいな……。」


預かり知らぬ改造に加え、謂れのない酷評に顔が顔文字のような不満顔になる司。


「まあそうしょげるな、本題はここからだ。お前は平凡を絵に描いたような野郎だが、1つだけ特筆すべき適性がある。」


そう言うと、男は画面に赤色で表示された文字を指さした。


「AVALON……?」


「そう、お前さんにはAVALONの適性があるのさ。」


AVALON。聞き馴染みのない言葉に司は頭の上にハテナマークが出ている。


「ボサッとしてないでよく聞けよ小僧。今俺がここにいる理由のほとんどはこのAVALONについて話すためだ。」


そう話すと、また男は手元のタブレットを操作し、今度は研究資料の一部を表示させた。


「AVALONとは"Advance Variable Active Limitless Organize Navigate"日本語で言えば進歩し変容し続け能動的かつ無制限に道を示すシステムと言ったところか…。」


「な、なんか日本語にするとよく分からないような…」


「それは今に始まったことじゃないさ。AVALONはうちの組織が開発した次世代のマンマシンインターフェイスだ。その情報には秘匿義務が課せられるほどの価値がある代物だ。それが今お前の体の中に入っている。」


立て続けに意味のわからない単語を並べ立てられ既に頭が破裂しそうなほど思考が混乱する司。それを見かねた男はすぐに別の行動を起こした。


「まあ、百聞は一見にしかずだ。その力、実際に試してみようじゃないか。」


そう口にすると、男は椅子から立ち上がると司のほうを向いた。


「な、なんだ、いきなり」


疑問の声をあげる司に男は一言だけ呟いた。


「歯を食いしばれ小僧。」


次の瞬間、男は身を大きくひねり振りかぶると、強く握った拳を司に向け放った。当然ながら司には避ける手段も体力も無く、その攻撃は彼の顔面に直撃するはずだった。しかし、その一瞬に司の身体は無意識にその攻撃を避けた。


「…っ!!……なん……だ……うおぁ…!」


しかしその勢いがあまりにも強すぎたからか、司の体はベットから吹き飛んでしまった。


「あがっ………!っ……てぇ…………」


「やはり初期起動はこんなものか…。まあ、想定値を超える能力値を弾き出したことは感心だが……。」


男はまるでこの結果を予期していたかのような発言をすると、飛ばされた司を担いでベットに戻した。司は背中や後頭部に打撲を負っていたが痛みの引きはかなり早かった。


「はぁ…………畜生……ちょっとあんた…今、何が起こったんだよ……。」


「俺がお前に拳を向け、お前がそれを避けただけだ。かなり乱暴ではあるがな。」


「だ、か、ら!あんな動きができたのはどういうわけなんだよ!」


「お前の動体視力と反射神経が一時的に超人の域に達した事による現象だ。ただお前の肉体は感覚を制御しきれず自身の身体も巻き込んでしまったようだがな。」


「ち、超人…?」


男は再び椅子に腰掛けると、淡々とその力の詳細を話し始めた。


「時間がないから詳細は説明しきれんが、今お前には、あらゆる状況に順応できる力が備わっている。それがAVALONってことだ。」


「順応……?力って……」


司はその力について聞き返そうとした。しかし、

男の携帯端末から短くアラームが鳴り、男は話の結論を急いだ。


「とにかく、俺からお前に話すことは2つ。1つ、その力は今のお前では扱いきれん。だからこれから話す2つ目の事には極力使うな。下手に使われて計画が頓挫するのは避けたい…ここぞという時のために取っておけ」


一息入れて、男は迫力を増して司に口を開く。


「2つ目だが…お前には3日後に起こる暴動に乗じてこの施設から脱走してもらう。」


「ぼ、暴動って……なんでそんな事あんたが知ってるんだよ…。ってかあんたここの人間じゃないのか?」


「そうであるとも言えるしそうでないとも言える。もともと複雑な立ち位置だったが、想定より早くAVALONがロールアウトしたことで余計に拗れているんだ。ひとまず、俺のことはこの組織に反発する半グレくらいに思っておいてくれ。」


そう言うと、男は立ち上がり足早に部屋を出ようとした。


「ま、待ってくれ!脱走しろって言ったって、俺はここのことを何も知らないんだ!」


「明日俺の仲間が情報を開示する、それを見て行動してくれ。これ以上質問してくれるなよ。その平凡な頭でしっかり考えろ。」


そう吐き捨てると、男は退室していった。

その後入れ違うように白衣を来た職員が数名入室し、司は他の被験体が集められる収容区に移されることになった。しかし、他の被験体室とは異なり、司の部屋のセキュリティは厳重すぎるほどの監視カメラとセンサーが取り付けられており、あの男が口にしたAVALONの重要度が伺える程の監視網であった。


部屋のベットに横になりながら、司はここまでの話を整理した。


(俺は元の世界からこっちに飛ばされて、体をいじられ得体のしれない力を植え付けられた……。けどさっきの男の話といい、あの時の感覚といい、今の俺ではその力とやらを満足に扱うのは不可能に近いということなんだろう。そんな状態で脱走なんて出来るのか…?)


そもそも司は自身の運動能力の無さは嫌と言うほど理解している。身体改造されて基本的な力は上がっているとしても、今の司はそれがどの程度のものなのかも図れる訳は無く、到底成功のビジョンが見えなかった。




翌日、昼時の検査から収容区に戻ると、一通の封筒が投げ入れられていた。開封して中を確認すると、そこには例の暴動に関する計画書のようなメモ書きのコピーが入っていた。計画自体は至ってシンプルで、息のかかった職員数名がシステムを停止させて隙を作り、それを利用して脱出するというものだ。さらに被検体を全員解放し施設内をパニック状態に陥れて敵の初動を遅らせることで脱出の時間をより長く確保する裏工作も行われるとのことだった。


ここで重要になる司の脱出ルートだが、なるべく危険を排除した経路になって入るものの、重要な区画をいくつか通過するため、力を使わないことを前提に考え、何人かの協力者を作れという指示が書かれていた。


「どさくさに紛れて何人か引っ張れってことか…?そんなの無理ゲーすぎるって。」


そう思いながらも他に選択肢が無い司は、ひとまずこの指示書き通りに行動することにした。


計画書を隠してベッドに寝そべると、司は改めてここ数日の急展開を思い返し、1人愚痴を呟いていた。


「……頭パンクするってば……」

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