01.予想外の転生(?)
真夏の暑さが体にこたえる時期になったころ。この物語の中心を成す男、九重司は暑さなど気にならんと言わんばかりの気迫でとある場所に来ていた。
「よし……あとちょっと……あとちょっとで………あっ、来た!」
場所は家電量販店。丁度開店時間を迎えたそこには多くの人々が行列を成していた。彼は、今日が発売日の新作のプラモデルを買う為に、その列に並んでいた。
「よし…ギリギリ品数は足りそうだ!」
司は絶対の自信を持って店内に入り、商品棚に向かった。しかし、彼の期待は儚く散ってしまう。
商品棚に貼り付けられた完売の文字を見るなり、司は肩を落として店を後にした。
「はぁ……まったく……なんでこうなるんだ…トホホ……」
司は幼少の頃からロボットや特撮と言った物に魅了され、そのジャンルに特化したオタ活をこれでもかと言うほどに続けてきた。そんな司にとって新発売のプラモデルを買い逃すことは、大げさに言えば、自身の半分を失ったも同然であった。
「今月残りをどうやって過ごしていけば………」
さてここで、この主人公的な雰囲気が今のところあまりなさそうな純粋無垢なオタクこと九重司について、軽く解説を挟もう。
九重司は先ほどの通り、生粋のオタクである。ボサボサ頭に少し時代を逆行した服装と、かなり特徴のある風変わりな男だった。学生生活もそれなりに充実しており、世間一般で言う普通の高校生としてこれまでの人生を生きてきた。運動がからっきしなのが彼自身目下の課題となっている。
そんな彼は、家路を辿り炎天下の中人だかりの中を歩いていた。
「ふぅ……あっついな今日は……なんか冷たいものでも……うわっ!」
考え事をしていたその時、とてつもない轟音と共にガソリンを積んだトラックが横転し爆発が起こり、燃え上がった炎が司の周囲を取り囲んだ。司は爆発に巻き込まれ、体は焼けただれ、トラックの破片が体のあちこちを貫き最早手遅れと言わざるを得ないほどの大怪我を負った。
「ゲホッ……オェ゙!はぁ……はぁ……ちょっと……こんなあっさり終わるのかよ……現実感無さすぎる……。まだ全然オタ活したりないし……家に積んである大量のプラモもつくりたいし……機械騎士ゲイザーの続編まだ見てないし……」
物語開始早々にこんな悲惨な事故に巻き込まれた司だが、死ぬ間際まで、彼は立派なオタクであった。こうして、主人公の生活やお友達をお披露目する機会すら与えられないまま主人公はここでいきなりこの世を去ってしまった。
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薄暗い部屋。とても人が生活できるとは思えないほどの不衛生さ。首輪や手枷が壁に備え付けられ、返り血が床に飛び散っていて、まさにホラーゲームの最初のステージのような牢屋。そこで、その男は目を覚ます。
「うっ……俺……どうして……あれ………こ……ここは……?」
そう、先程死に絶えたはずの九重司である。
目覚めた彼を最初に襲ったのは、体が動かないということ。頭だけはどうにか動くため、まず自身の体を隅まで確認する。最後の記憶は曖昧ではあったが、彼にも確実に分かる事実がある。自分は、炎に呑まれ焼け死んだことを。それを踏まえて体を確認すると、あれだけの炎にさらされたとは思えないほど火傷の跡が少なかった。むしろ、体の至る所に着けられた手枷や足枷から滲み出る血のほうが痛々しいほどだった。
あまりにも不可解かつ現実味のない現状を前に、司は特段パニックを起こしたりしなかった。だが、同時に自分は世界の理では到底説明のつかない事態に巻き込まれているという苦い認識を抱かざるを得なかった。
意識を取り戻して数分後、けたたましいアラートが鳴り響くと、牢屋の鉄格子のロックが外れ、同時に防護服を着込んだ数名が入ってきた。おそらく職員だろう。
「Σ−0952の覚醒を確認。エリア5の初期調整室に移せ。」
腕に赤いラインが入った防護服の男が指示を出した。発せられた声は変声機を通しているからか、ノイズが酷かった。指示を聞いた他の職員は、手早く司の拘束を外していく。この時司は、ダメ元での抵抗を試みた。しかし…。
「ガハッ………!くっ……げふっ……!」
拘束を外された司は立ち上がるどころか指一本動かすことも、声を発することもできなかった。司はここで、自分の体は動かせないという次元ではなく、そもそもの感覚が失われているということに気がついた。しかしなぜそうなったのか、理由を考えると、様子を察した職員の1人が司に声を掛ける。
「一応忠告するが、逃げられるなんて思い上がるのはやめろ。お前の体は外身はともかく中身は転送前の大炎上のせいでズタズタだからな。それに、我々を振り切ってもすぐに殺されるのが関の山さ。分かったら、抵抗するな。」
(そんなクソゲーじみた展開ありかよ……ってか……転送ってなに…?)
"転送"の一言が彼の中でひっかかったが、その言葉の意味を理解するのに、今の司は知らないことが多すぎた。
司はすぐさま牢獄のエリアを離れ、エリア5の初期調整室と呼ばれる部屋に移された。できる限りの情報を得ようと辺りを見回す司だったが、入室直後に麻酔を入れられ直ぐに意識を失ってしまった。
司が運ばれると、奥から研究員の男女が現れた。男のほうが主任研究員で女のほうが助手だった。男の方から、司に対する質問が投げられた。
「今度のはどこの死人だ?」
「レベルΣの人間です。日本人男性、年齢17歳、身体機能Cランク。事前検査では、フェムトプラント適性B+、感覚増強適性B、空間識別能力適性A……」
「ふむ……特段傑出した潜在能力があるわけではないな……通常の検証実験に回す他ないだろうな。」
司の扱いを決める主任だが、助手の女はそれをすぐに止めた。
「お待ち下さい、確かにこの男は素体としては平凡ですが、1つだけ、無視することができない適性を持っていました。」
「なんだ、それは。」
「"Advance Variable Active Limitless Organize Navigate"………AVALON適性が…Sランクです。」
その言葉を聞いた途端、主任研究員の様子が明らかに変わった。
「それは……何かの冗談か?」
言葉の真偽を問い直すが、その返答に変わりはなかった。
「冗談などではありません。この男はAVALONに耐えうるだけの適性を持っています。これだけの素材をみすみす無駄にするなど、承服しかねます。」
「しかし、AVALONは我々が生み出した中でも貴重すぎるほどの研究成果だ。それを見込みのないモルモットに与えたところで……」
「そのご意見はご尤もですが、AVALONの有用性を我々はまだ充分に示せていません。研究継続のためにも、検証としてこの男にAVALONを与えるのは決して悪いことではないと考えます。」
「確かにお前の言い分は分かるが、こいつの適性値ではAVALONを活用することすらままならん。AVALONは、無条件に強力なチート能力などではなく、本人の身体能力、判断能力、適応能力がそろって初めて真価を発揮するものだ。このモルモットにそこまでの力があるはずがない。」
「ですが…!」
さらに食い下がろうとする研究員の女だったが、主任はそれを払い除けて続けた。
「研究熱心な心意気は買うが、それだけでこの件を手放しで任せるわけにはいかんのだよ。このモルモットは通常の実験に回せ、いいな?」
「……承知しました…。」
そう言い残すと、主任は調整室をあとにした。
去っていく主任を見送ると、司をまじまじと見てつぶやいた。
「こんなチャンスを逃すなんて、研究者のとしてありえないわ……私1人だけでも…!」
女は司を直ぐに移動させた。これが司の今後を左右する大きな起点となる。