怪盗の救世主
2019年 12月25日 アメリカ共和国 インディペンデントシティ
クリスマスの日は楽し気な雰囲気が漂うのがアメリカ共和国の毎年の風景である。
アメリカ共和国の「経済首都」ともいわれるインディペンデントシティでもそれは例外ではない。
町のあちこちにはクリスマスツリーが飾られ、ショッピングモールではセールが行われ、公園はイルミネーションで照らされて大勢のカップルが行きかう。教会では信徒が神の恵みに感謝して聖歌を謳い、宝石店やケーキ屋は稼ぎ時だと張り切っている。
だが下町の様子は異なる。
ヒッピーの疑似国家に面したこの貧困地域では、神の恵みに感謝するどころか神に見捨てられたと考える人々が大勢暮らしていた。繁華街でシャンパンが開けられるとき、この場所では違法薬物が多く取引されている。クリスマスになると無駄に凝ったクリスマス仕様の包装がなされた薬物を売人達は配り歩くのだ。
アルバートの家もそんな貧困家庭の一つであった。
「けっ、何がクリスマスだよ!下らねえ!神なんていねえのによお!」と怒りに任せて父親は机をひっくり返した。
(また始まった・・・)少年はそろりそろりと黴だらけの浴室に入る。少年は固く耳を塞いだ。母親の悲鳴と父親の怒鳴り声。そしてベルトで肌を殴りつける激しい音。
父親はブラック企業として名高いダットン製薬に務める警備員だ。彼はダットン製薬の汚い空気に心が汚染されてしまったらしい。立派なアルコール依存症だ。そして彼はアルコールが入ると暴力的になる。
母親は父親の奴隷だ。父親の命令でたちんぼをして稼ぎ、その金を全て渡している。父親はドラッグを注入することによって母親をコントロールしていた。
そしてアルバート。彼は両親にとって「物」であった。なぜならば彼もまた稼ぐための道具だったからだ。
この恐ろしい父親は下町のホームレス同士の間に「生まれてしまった」子どもを「買い取った」。彼が立派に育てようと思ったからではない。というか育てようとは思った。だが健全な教育ではない。彼はアルバートを犯罪者として育てようと思ったのだ。
「アルバート、いいお友達を紹介してやろう」と言って父親は少年ギャングのリーダーを紹介した。彼とその手下たちは強盗団を結成している。アルバートは半ば強制的にそこに入れられたのだ。
母親は飯を作らない。アルバートは戦時共産主義なみの厳しい配給制の少年ギャングでわずかな食事をとっていた。
風呂場の扉が激しく開けられた。少年はびくっと震える。「おいガキ、何座ってやがる!さっさと仕事してこいや!」(くそ・・)ベルトが振り下ろされた。頬が痛む。「ったく・・・役にたたねえ野郎だな!」そう言うと父親はアルバートの胸倉をつかんだ。そのまま引きずられ、アルバートは穴だらけの服のまま外に放り出された。
寒さには慣れていた。幼い頃は路上生活をしていたからだ。だがあのときはホームレスではあるが優しい両親の愛、そしてホームレス支援団体の提供するおいしい食事と毛布があった。
支援者が離れたことによりその団体が解散したとき、両親は苦渋の決断をした。子どもを売り飛ばす決断だ。
そこからアルバートの最悪の人生が始まった。
目の前にいきなり車が停まる。ここら一帯では車持ちは珍しい。金持ちだ。アルバートはポケットから錆びた果物ナイフを取り出して身構えた。持ち主を脅せばあのむかつく少年ギャング共と組まずとも俺一人でノルマ達成だ。気分屋の父の機嫌を取ることが出来る。
だがアルバートはその脅しを実行できなかった。車から降りてきたのは大きなピストルとサバイバルナイフを腰に挟んだ筋肉質の男だ。しかもその頬には大きな傷がある。危険な香りがする。アルバートのような少年ギャングに太刀打ちできる相手ではない。
男はポケットから煙草と携帯を取り出した。携帯の番号を押して耳に挟むと男は煙草に火をつけた。
「ああ・・・今から尋問しますよ。言っておきますが俺はこの仕事、専門外なんで。失敗しても金は払ってもらいますよダットンさん。」野太い声でそう言うと男は電話を切り・・・アルバートを見た。
「うっ・・・」慌ててナイフをポケットに戻すアルバート。「おいガキ・・・」「は、はい・・・」「寒いのに薄着すぎやしねえか。」「家が貧乏で・・・」「家?ホームレスじゃねえのか。家に帰れ。こんな時間にあぶねえぞ。」「い、いや父さんに言われて・・・」「はあ?お前の父親はお前を家に戻すべきだな。分かった。家の場所言え。俺がお前の親父にがつんと言ってやろう。」意外にもこの男は優しそうだ。
「家は・・・そこです・・・」と言ってアルバートは自分達が住む薄汚れた平屋を指さした。「ははあ・・・ここか!なら話は早い。残念ながら俺はガキに見せたくねえことをする。お前はこの車に乗っとけ。ヒーターつけといてやるから少し待ってろ。」
そう言うと男は運転席に戻ってエンジンをかけると家に歩いて行った。どんどんと扉を叩く。
「あん?おいアマ、サンタクロースとやらがお前のクスリを届けに来たぜ。」目の周りを腫らして蹲る妻に声を掛けて男は玄関の扉を開けた。
即座に銃口が突きつけられる。「お、おい・・・見てわかる通りここには盗るもんはねえよ・・・」「馬鹿め。お前が会社の設計図を強盗団に売ったことまではつかめてるんだよ。」
戻って来た筋肉質の男は「安心しろ。お前の親父は今倒れてる。虐待は通報しておいたよ。警察がどうにかしてくれるだろう。お前さんも警察に引き渡すが・・・その前によお、俺とチキン食べねえか。ちょうど買ってきたんだ。愛する人とは決別しちまったがな、クリスマスくらい豪華な食事したいだろ?警察が来るまでクリスマスパーティーしようじゃねえか。」
2030年 インディペンデントシティ
「その通り!俺はクリスマスの日に決意したんだ。サンタクロースみたいな泥棒になってやるってな。後で知ることなるが、あのとき俺を救ってくれたのは傭兵ラースキンって人さ。」
そう言って裏社会で「ミスターサンタクロース」と呼ばれている怪盗は仲間の故買屋に戦利品を渡しながら豪快に笑った。