9.必要な特訓
日も暮れて、ひとりで帰宅してさっそくカゲツに相談したら、霧散の練習も、湖の孤島にある塔の利用も気持ちよく了解してくれた。
「おもしろそうではないか。それに、魂の為なら何でも協力するぞ」
「そもそもさ、王都から合成魔獣の材料だから魂の担保が禁止されたんだけど、やっぱりそうなの?」
「透明な魂はけっこう合成魔獣に使われていたな。魂の90%は透明だ。悪魔に"合成魔獣狂い"がひとりいるから、合成魔獣に使うのはそいつくらいで、あとは使わないんだよな。まあほかの使い道もあるからな」
「ほかの使い道?」
「聞かない方がいいと思うぞ。まあ"他の人間"に危害を加えるものではない」
「ふん。そうか。それならいいか」
カゲツが本当にいいのか?という顔をしていた。
「で、何をしたいのだ」
「湖の孤島にある塔を、「金貸屋ジョヤ」の拠点にしたいんた。ジョヤは私の偽名ね」
「そこへ移動できるようにしたいのか」
「そう。霧散すれば飛べそうなんだけど、うー、どうかな」
リンメは地図を指さしながらうなった。
「まだ、霧散もまともにできていないからなぁ。飛ぶのか。何回もやってみることだな」
「わかった。やってみるから手伝って」
リンメは何度も霧散して、戻れずカゲツに元に戻してもらい練習を続けた。30回も過ぎたころ、やっと霧散と元に戻るのが出来るようになってきた。
「はぁ~。これで湖まで飛ぶんだよね。くう~」
「まあ、今日はこれくらいにしろ。明日もこのくらいの時間に来てやる」
くたびれたリンメはソファーに突っ伏していた。
「ありがと。助かるよ。魂のためとはいえ面倒をかけるね」
「ふん。魂のためだ」
カゲツはにやっと笑った。
「これがジョヤだ」
ソファーからだるそうに起き上がり、リンメは変異して30歳くらいの顔に毒焼けの跡を残す目つきの悪い女性になった。黒い髪に黒い目だ。
「ほう。服や靴も黒にした方がいいな。帽子もあったらおもしろいな。塔において着替えたらいい」
「なるほど。そうする。あ、アイリス持っていそうだな」
リンメは霧散して元に戻ってソファーにどかっと座った。
「ふう。体は疲れはしないんだけど、気力がいる作業だな」
「まあ今日はもう休め」
宙から見下ろすカゲツに、ソファーにだるそうに寄りかかりながらリンメは笑って大きく息をついた。
「わかった」
「ふん」
カゲツはどろんと消えた。
「あいつ何気にすごいよなぁ。って悪魔だもんな」
リンメは寝間着に着替えてベッドに入った。
そんな練習を何日も繰り返して、やっと思うようにコントロールして湖の塔まで移動できるようになった。
「ずいぶんかかったが、これで大丈夫だろう。ほれ「印」だ」
カゲツはジョヤ用の印を用意してくれた。
これで、契約書に魂を担保にカゲツの管理下にできる。
「この塔なんだけど、いまさらだけど、何も使ってないの?」
「たまにユウと逢引きしていたくらいかな。ユウと会う前はぜんぜん使っていなかったな」
「小さいころユウと連れてきてもらったことがあったんだ。いいところだよね」
「隔離するにはな」
カゲツとリンメは悪い顔つきで笑った。
***
「金貸屋アイリス」の住所に「金貸屋ジョヤ」を間借りする形で作って、貸金ギルドに登録して口座を作った。
アイリスが事務手数料を徴収して「金貸屋ジョヤ」の貸金ギルド口座の管理をしてくれる。リンメは契約だけやっていればいいのだ。
カゲツの作ってくれた「印」は、契約の秘密を口外しようとすると、自動的に呪いがかかって話せなくなるなかなか便利なものだった。
契約書には、呪いが解かれて秘密を話してしまった場合、「印」が発動し、魂の抵当権の執行がなされる設定とした。
***
アイリスとリンメは委任契約書を作って、アイリスとジョヤの取引を決めることにした。
「事務代行手数料は約束手形1枚につき銀貨6枚で、一括返済による期日の訂正や、ジャンプによる約束手形の差し替えを貸金屋アイリスが代行する」
アイリスはやっと方向性が決まって話が進むのを喜んでワインで乾杯していた。
「この委任契約書は、貸金ギルドに出しておくよ。あと事務代行手数料は、請求を上げてもらえれば翌月末日に振替にギルドに行くよ」
リンメが言うと、アイリスがいやそうにのけぞった。
「それは、ジョヤの姿で貸金ギルドに現れるということだろう?危険だな」
アイリスの意見にもっともだと納得したリンメは少し考えて提案した。
「じゃあ毎月、請求金額の振替委任状を書くからそれを持って貸金ギルドに行って振り替えてくれる?」
「そうだな。それを委任契約書に明記すればいいか」
「そうしよう。まずはこんなところで届出よう。追加の問題が出たら、差し替えてもいいし、追加で契約してもいいね」
「そうだな。契約のタイミングは、予定の日時を決めて、ジョヤに待機してもらって、こちらから客をイシゲに頼んで転送してもらう。客の返送はカゲツにたのめるか?」
「うん。たのんでおく。あー、イシゲは魂要求してこないの?」
「それな。こっそり「金貸屋アイリス」も裏契約やるつもりだ」
「気をつけてな」
「ふっ。抜かりないさ」
やっとまとまった委任契約にほっとして、アイリスとリンメはしっかりと握手した。
「で、さっそくなんだけど、もう客が3人待っている」
「そう。まずはひとりだね。詳細を教えて。契約書と約束手形を用意しないと」
一人目は借り換えのお客さんだった。土地建物の担保はもういっぱいいっぱいで、事業資金を「魂」担保で借りていたが、ある程度返し終わったので、残りの分をまとめて借り替えようとした矢先に王都からの命令でとん挫していた。
それから数日は、湖の孤島の塔に通って、大急ぎで作った約束手形の型版で、植物紙を定型に切って約束手形をたくさん作った。羊皮紙も大き目な定型に切り何枚か契約書を書いて準備を整えていった。