3.リンメネズミになる
リンメはそこにあったほうきを上から下に振ってみた。軌道はへろへろしたものだった。
「これだってやり続けれはなんとかなるかな」
無言でぶんぶんほうきを振っていたら、カゲツがやって来た。
「なにをやってるんだ」
「とりあえず、剣を持つには腕力が無いので、ほうきで戦う練習」
えい!とカゲツに打ち掛かったら、ほうきをワシとつかまれてポイされた。
「だめじゃーん」
「なにをやってるんだ。悪魔の血統なら変異くらいはできるだろう?」
「変異?」
「うん。たとえばな」
と言って、カゲツはボワっと大量のハチになった。ひゅーんと元のカゲツに戻った。
「おお、すごいな」
「こんなのとか」
カゲツは、ボワボワいって死んだユウになった。
ドキッとしたリンメは途端に、ぶわっと涙があふれて止まらなくなった。カゲツとわかっていて手を握った。
「節操のないエロばばあで好きじゃなかったけど、好きだったよ。ありがとうございました」
「なんだそれは」
と言ってカゲツはユウの姿のまま呆れた顔をした。
「あはは」
「ばかものが」
しばらく泣き止むまでカゲツはそのままでいてくれた。
「もういいよ」
リンメが言うと、カゲツは元に戻った。
「ちょっとさ、今日はやめとくけど、明日夜にまた来てくれないかな。その変異をやってみたいから」
「ふん」
横目にうなづきながらカゲツは消えた。
適当にご飯を食べて寝るときには、カゲツが来てくれただけでなんだか寂しくなかったなと、お節介をすこしは感謝した。
***
翌日も店を開けずに「臨時休業」の張り紙を出して、一日書類の整理とリストの作成と突合を行った。
もともと、管理はリンメがやっていたが、ユウがやっていたものもあって、再確認しながら全把握をした。
夕方には何とか終わって、買い置きのパンと朝のスープののこりを食べていたら、カゲツが来た。
「めしか」
「うん。すぐおわる」
リンメは急いで食べて片づけた。
「お待たせして悪いね。ではよろしくお願いします」
リンメはめずらしく頭を下げた。
「おお、なんか寒気が」
「なにお」
「いやいや。ではな、これからおまえさんをネズミに変異させる。その魔祖の動きと変化を感じてみろ」
カゲツは手をこちらにかざして、魔祖の流れを感じた。すうっと体が小さくなってテーブルの上に乗った。菓子盆に乗っている豆がとてもうまそうで、早く持って逃げようとしたところ、元に戻った。
口いっぱいに豆を放り込んで、逃げようとしている自分に気が付いて、急いで豆を吐き出した。
「ネズミに変異して、そのまま戻ることなくネズミとして一生を終えたやつもいたからな。気を付けろよ」
「いや。わかるわーいまそれ。いま」
リンメは変な汗をかいていた。
「いやでもなんとなくわかった気がする。ちょっとやってみる」
「ほう?」
リンメはじっと目を閉じて、顔だけユウの顔に変えた。顔だけ30歳で、あとは15歳というアンバランスが出来上がった。
ギラリとカゲツが見たがフンと鼻でわらった。
リンメは鏡を見ながら、鏡に映るカゲツをちらりと見て
「そうだね。さすがにユウの魅了まではコピーできていないね。元にもどるにはどうするの?」
カゲツが手をかざした。ふっと圧を受けると、もとのリンメの顔に戻った。
「あ。なるほど」
リンメはもう一度、顔をユウにして、もとのリンメに戻してみた。
「意外と簡単だな。これは、完全にユウに変異すると魅了までコピー出来ちゃいそうだから、辞めておこう」
「やってもいいぞ。試してみようぞ」
「近親相姦したくないぞ。いちおうあんたが種だからな」
リンメが言うと、カゲツがカカカと笑った。
「そもそもさ、悪魔って人の股から生まれることってないんでしょ。木の股から生まれるとか、毒の沼から生まれるとか言わない?」
「そうだな。それがユウの能力だったんだろうな。他種族交尾可能とかな」
「このあいだも言っていたよね。そんなのあるんだ」
「よくわからんがな。ユウならドラゴンでも交尾できただろうな」
「・・・」
いや、ハーフドラゴンよりハーフ悪魔のほうがましだな。
「ユウはお前が生まれてから何か隠してやっていたからな。本来なら、おまえの兄弟なんて150人くらい生まれてもいいくらいだったぞ」
「具体的な数値出すのやめてくれる」
不愉快そうにするリンメにカゲツはカラカラと笑った。
リンメはいろいろと変異をやってみたが、最終的に40歳くらいの自分をイメージしたすこしたるんだおばさんを作り上げて満足した。
店に出るときはこれで行こう。鴉の面もうっとうしかったからな。
「次は霧散をやってみろ。変異としては簡単な方だ」
「やってみて」
カゲツはボワと霧になり広がって、また集まって元に戻った。
「・・・なるほど。意識を飛ばすんだね」
リンメはボワと霧になって、元に戻ろうとしてもたもたしたがなんとか戻れた。
「これ、戻るの大変だね。でもまあ練習してみる。この変異って、一部分とかできるの?」
「できるさ」
「じゃあ、もしユウが変異出来たら、刺されたところを霧散させて元に戻すとかできたの?」
「できたさ。でもユウは人間だからな」
「あと、変異は人にもかけられるの?カゲツが私をネズミにしたように」
「俺は悪魔だからな。当然できるが、お前は半分悪魔だからどこまでできるかやってみるがいい」
「やってみていい?」
「俺か」
「へへへ」
リンメはカゲツをネズミにした。カゲツネズミはリンメネズミと違って、中身はちゃんとカゲツのままらしく、えらそうにふんぞり返って見せた。リンメは笑いながら元にもどした。
「うん。ありがとう。できるんだね。見失う前に捕まえないと戻せなくなりそうだね。カゲツはネズミになり切らないの?」
「おれは悪魔だからなぁ。と言いたいところだが、これは何度も術を繰り返して習得したものだ。経験が浅ければ、さっきのお前のようにネズミになり切ってしまったかもしれないな」
「悪魔でも」
「そうさ。悪魔でも。でも今現存する悪魔で、この術に耐性が無いのはお前くらいだろう」
「研鑽か。悪魔って実は努力家だったんだね」
「実はな。まあせいぜい頑張るんだな」
「うん。わかった」
「繰り返すのがいいんだね」
「そうだ。数だな」
「やってみる。でもこれで攻撃は出来なくても逃げることができるのが分かったから、逃げられればいいか」
「攻撃は強い奴に変異するといいさ」
「ほう」
カゲツは一つ目の巨人に化けた。でかい。たしかに、ぺんって人をたたけばハエ叩きみたいに潰せそうだ。そして元に戻った。
「意識を自分として持ち続けることができなければ使ってはいけないね」
「ネズミも巨人もな」
リンメは40歳に化けて、まずは中身が15歳を保てるようにやってみることにした。