17.会計のおしごと
「今日から2日間、会計をおねがいします」
会計のマリーさんが鼻息荒く、リンメをつかんで金庫に引っ張っていった。約束手形がたんまり入っている金庫だ。
今月末に期日が来る手形がここに束ねてあって、リストもにある。不備のチェックはもう済んでいる。
期日が来ると自動引き落としが発動するように管理している特大の魔道具が貸金ギルドにあるのだ。
約束手形の期日に支払手形の口座から、契約元の口座へ引き落としして入金の処理を登録手続きしていくのがリンメの仕事だった。
魔道具に約束手形をセットして入金先をせっせと登録をしていく。月末引き落とし予約登録。残高が足りなければそこで「不渡手形」として、理由「残高不足」の張り紙を張られる。
そうなると抵当権の発動まで7日の猶予しかないので、貸金ギルドでは法廷に不渡りになった約束手形と契約書の写しを持参して抵当権執行の届け出を大急ぎで行うのだ。
まあ、今は期限前なので、今のうちに抵当権執行の届出書を植物紙にたくさん作っておいて、あとは名前とか貸付内容を書けばいいようにしておく。
「けっこう残高が不足してますけど、これ月末までに入金されるんですか?」
「これが月末にぎりぎり入金されて、ほとんど期日落ちするのよ」
「へえ」
リンメとマリーさんはせっせと半数くらいまで登録していった。時間いっぱいになって、くたくたになった二人は最後の力をふりしぼって片づけをした。ぐったりしたマリーさんが帰ろうとしたリンメを呼び止めた。
「あ、明日もお願いできるかしら」
「はい。午後からうかがいます」
「朝からお願いしたいところだけど、午後からでもこれなら終わるわね」
「はい。終わらせましょう」
リンメはぐっと手を握ってみせると、マリーさんは弱弱しく笑った。
「うん。よろしくね」
「はい。またあした」
リンメは手荷物を片付けて、貸金ギルドを出ようと扉に手をかけた。
「リンメさん。ちょっとよろしいかしら」
総務のウルガさんだ。新婚さんの色っぽい新妻さんで、新入社員の指導係だ。
昨日会計の残業手当の集計をさっき提出したばかりだ。
「課長のキドさんの計算が間違っているのよ。なにかうらみでもあるの?大丈夫ですか?」
なに?
よく見たら本当に間違えていた。
「すいません。間違えました。他意はないのですが」
「あらそう?うふん。ほんとに何もないの?」
「はい。すいませんが訂正してお持ちします」
書類を返してもらって急いで訂正して総務に届け直した。
今度こそ帰ろうとしたら、ウルガさんに捕まってしまった。
「リンメさん。うふん。来週ね、新入事務員の教育会を開くので、あなたも是非参加してほしいのよ。午後からでいいから。お願いね」
「・・・はい」
色っぽいウルガさんだけど、目力は強い。くそう。断れないだろう。これは。
***
翌日も会計のマリーさんの手伝いに入った。
「もう少しで終わりますね。終わったら支払い完済に伴う土地建物の抵当権解除の書類をまとめますね。リスト順に並べますから、完済したらそのまま抜き出して法廷に手続きに行けるようにしておきますね」
「ああ。助かるわ。リンメちゃん。ほんと、助かるわ。絶対にやめないでね」
「え?へへへ」
事務仕事は結構いっぱいある。完済すれば抵当権解除の書類を持って法廷に走る。手続して「土地と建物の権利証明書」を取得して、ギルドに戻り客に通知を出す。
地味だけど、何気に大量にあるので大変だ。
悪魔との契約がいかに簡単だったか、改めて感心するなぁ。
***
翌週になって、新入事務員10人と一緒に教育されることになった。
「ウ・ル・ガと申します。今日はお客様との対応の勉強をいたします。どうぞよろしくおねがいします」
色っぽいウルガさんは心のこもっていない挨拶をした。
「お願いします」
新人10人とわたしで11人は席についてあいさつした。
色っぽいウルガさんのワンマンショーのような指導が始まった。
「「ギルトマスターさんはいらっしゃいますか?」とお客様がいらっしゃったとき、
「失礼ですが、どちらさまでいらっしゃいますか?」と確認をします。」
ウルガさん。身振り手振りがそうとう色っぽい。大きな植物紙に書き出してある、質問と返答例を差し手しながら読んでいく。
「まるまる商会のまる様ですね。おかけになってお待ちください。確認してまいります」
「ただいま外出しております。ご用件を承ってよろしいですか?」
「他の者がお話を伺ってもよろしいですか?」
「後日こちらから連絡させていただきます。ご連絡先をお伺いしてもよろしいですか?」
立て続けにまくしたてるウルガさん。メモを取っている新人にちろっと見てふんと鼻で笑っている。
「などと、いろいろありますが、よく「ギルドマスター様はおられますか?」と言われる方がいますが、「ギルドマスターのばつばつ様はいらっしゃいますか?」が正しい表現です。
みなさん。ありをりはべりいまそかりですよ。おるは謙譲語。目上の人に使ってはいけません」
ウルガさんは息もつかずに説明した。なんども教育係をやっているのだろう。なんとも色っぽく、言い飽きたふうの説明の仕方だ。
その勉強会から3か月後、色っぽいウルガさんは、しばらく仕事を続けたいと避妊用魔道リングを付けていたのに、避妊率95%を突破して妊娠して引退した。うーん。もったいないねぇ。