11.外は煙い
外が煙い。別に火事なわけでもなく、街中が煙に包まれているわけではない。リンメの家だけだ。お隣のおじいさんがごみを燃やすことが好きで、こちらはいつも煙に巻かれる。
「急げ。洗濯物を家の中に取り込もう。おじいさん耳が遠くて、言ってもわかってくれないのよ」
「うん。急ごう」
ロンタも手伝ってくれて、家の二階の階段の踊り場に洗濯を移動した。
「はぁ~ごくろうさん。お隣さんはいつ火をつけるかわかんないからなぁ。でもまぁ、歳だし、そのうち、いずれは、まあできなくなるだろうから。
ここはこんなだし、ロンタとレイジはもしかしたらアイリスのところに行きたい?」
「こんなの気にならないよ。それにどんな人だって生きていてくれればいいよ」
ロンタはにこにこ笑いながら洗濯ものをたたんでいた。
「・・・そうだね。ほんとにそうだね。文句を言えるだけ楽しいか」
ロンタはすごい子だ。ほんと、すごい子だ。
***
「金貸屋サガ」のお客様が来店した。
リンメは急いで40歳くらいに変異して、しぶいショールを羽織った。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。サガさんで借り入れをしているショウジと言います。これが借入している契約書です」
「拝見します」
リンメは急いで名前と、借入日と借入金額を控えて、指輪で真偽を確認して契約書をお返しした。
「ただいま契約の控えを持ってまいります。こちらでおかけになっておまちください」
一階の応接用ソファーに案内して、ロンタを呼んでメモを渡した。
ロンタが探している間、リンメはお茶を入れてショウジさんに音を立てないようにお出しした。
テーブルをはさんで向かい合わせに座ると、ショウジさんが話し出した。
「こんな恥ずかしい話、1回しかしたくありません。あなたが担当者なんですか?」
「おそらく私でよいと思います。「金貸屋サガ」の経営者が殺されて、正当な相続人が未成年であるため、成年するまでのあいだ管理を任されているリンメです。よろしくお願いします」
「ただいまもどりました」
ロンタが契約書の控えの束を抱えて帰って来た。
「ここで手伝ってください」
「わかりました」
リンメが控えを受け取りながら言うと、ロンタは口をきゅっと結んでリンメの隣にすわった。
「まず、お持ちになった契約は魔道具の購入資金の借り入れですね。担保にその魔道具が入っています。所有権が「金貸屋サガ」になっています」
「そうです。いまサガさんには自宅の土地建物の借り入れと、工場の建設資金の借り入れ、そしてこの魔道具の借り入れの三つがあります」
ショウジさんがロンタの持ってきた契約書の控えを指さしながら説明した。
「この度、仕事でトラブルがあって、この魔道具を売却して補填したいと思っています。「金貸屋サガ」さんの所有権が付いているので、サガさんに売却代金が入り、そこから借入金を引いていただき、残金を返却いただきたくお願いにまいりました」
「売却代金は金貨10000枚になりますので、借り入れの中頃まで来ているので幾分かは戻るかと思っています」
「ご存じかとは思いますが、貸金の返済は支払いの早いほうほど金利の方が多いです。単純に割る2のような計算ではありません」
「はいわかっています。以前もやったことがあるので、初めての時はびっくりしました」
「わかりました。では、売却日のご希望はありますか?入金が確認できましたら、残りの約束手形を組戻しします。「金貸屋サガ」の口座に入金された売却代金から、約束手形の組戻し分とその時点での返却する金利の計算を差し引いてショウジ様の口座にお返しいたします」
「では明日」
「お急ぎなんですね」
「はい。実はとても」
明日の期限の一括返済の申込書を急いで書いて、ショウジさんにサインをいただいた。こちらも指輪で真偽判定したが問題なかった。
「わかりました。では明日午前10時に貸金ギルドでお会いしましょう。その場ですべて精算できるように計算しておきます」
「よろしくおねがいします」
隣で緊張していたロンタが立ち上がり、契約書の写しを集めて席を立とうとした。
「そのまま待っていて。78(しちはち)分法を説明するわ」
「!」
「ではまたあした。気を付けてお帰りください」
リンメはショウジ様を扉までお送りして扉が閉まるまで頭を下げた。
扉が閉まったことを確認して、応接セットに戻りロンタに78分法の説明にとりかかった。
約束手形を作り上げたかつての賢者は、78分法も残していった。
借り入れの一括返済により、金利を返さなければいけなくなるのでその計算方法だ。
「理屈が分かっても、とってもめんどくさいのでこんな感じで計算していきましょう」
リンメは、大きな木片と、紙の端切れを使って説明していき、最終的にお互いに計算して、結果を合わせましょうとやってみたら、お互いに間違えて、3回目に一致して明日はこれを持って貸金ギルドに行くことにした。
***
翌日、リンメはロンタとレイジを連れて早めに家を出た。途中でレイジをアイリスに預かってもらって、時間より少し早く貸金ギルドに入ることができた。
ロンタにすべて作業させて、滞りなく入金を確認して、約束手形を組戻し、差し引きして残金をショウジ様の口座に返金した。
ロンタが書いた明細書をリンメがチェックして2枚作り、1枚をショウジ様にお渡しし、1枚をロンタに渡した。ロンタは丁寧にカバンにしまった。ショウジ様はすべて終わってほっとした様子で帰っていった。
「よくやったね。くたびれたでしょう」
リンメがねぎらうと、興奮してほっぺを真っ赤にしたロンタは、キラキラした目で計算した書類の入ったカバンを抱きしめていた。
「だいじょうぶです。はやくレイジを迎えに行こう」
「そうだね。アイリスも突然預けたからびっくりしてたもんね」
リンメとロンタは、途中の屋台で串焼きやらパンやら大急ぎでいろいろ買い込んで、足早にアイリスのもとに向かった。
しばらく中断します