10.悪いことをはじめよう
いよいよ魂を担保とした新規契約が出来なくなった。
「湖の対岸は隣国ガイダントでしょう?そっちから孤島の塔へ転移してジョヤが契約すればどうかな」
リンメが提案すると、めずらしくアイリスは悩んでいた。
隣国ガイダントでは、「魂」を担保にすると言う概念が無い。悪魔と金貸屋がつながること自体が無いのだ。それゆえ、それを取り締まる法も無い。
ハンキン国から来たジョヤが「金貸屋ジョヤ」を隣国ガイダントに作って、悪魔と契約しているジョヤが「魂」を担保にして貸付したら、どんな形をとっても波風しかたたないだろうし、下手をすると外交問題になるだろう。
「しばらくハンキン国で「金貸屋ユウ」をやりながら、「金貸屋サガ」を手伝いながら、呼び出したらジョヤをやっておくれよ」
「まあ、忙しい仕事でもないからな」
アイリスは拝むようにリンメに頼んだ。やっぱりかという顔をしてリンメがお茶を入れに席を立った。
***
湖の孤島での塔でリンメはジョヤに変異して、アイリスから譲ってもらったレースたっぷりの黒のドレスに黒の靴、大き目な黒マントはどこなく悪魔っぽい。白と黒の羽がたっぷりとある黒い帽子にレースを下ろして顔のただれの跡を隠している風にした。
「約束の時間まですこしあるな」
リンメはお湯を沸かしてお茶を入れる準備をした。テーブルを整えていたら、イシゲがやって来た。
「すこし早いが都合はどうだ?」
「まぁ。ありがとうございます。いつでも大丈夫ですよ」
ずいぶんと紳士的な悪魔だなとと驚いていると、イシゲがにやっと笑った。
「おまえさんがカゲツの娘なのか。そんなこともあるんだな。不思議なことだ」
「ええ。よろしくお願いします。リンメです。たぶんハーフ悪魔ってわたしだけなんでしょうね」
イシゲは微笑んだままで、数枚の手紙を手渡して来た。リンメはお茶を入れようとしたが、イシゲに手で制された。
「そうだな。まぁ、そもそも悪魔は繁殖しないからな。では客を連れてくる」
「はい。お願いします」
しばらくして丸顔の壮年の人の好さそうな男性がやって来た。
「はじめまして。ジョヤです。どうぞおかけください。元は「金貸屋タムロ」でお取引されていたんですね」
「ゴウです。よろしくお願いします」
イシゲが持ってきた手紙を見ながらリンメが着座を促した。
「はい。タムロでは土地建物を担保として借入しています。事業拡張資金は魂を担保に借入したのですが、それが返し終わって、次の事業にと借入しようと思ったら王都からの命令で困っていました」
ゴウは手がごつごつしていて働き者らしいが、決して人がいいだけではない雰囲気があった。
「そうですか。今回はどのような?」
「工場を増設したいと思い、金貨50000枚借入したいです。返済は6年で72回払いが希望です」
「となると保証人が必要になりますね。あなたひとりならば金貨20000枚が限度額ですね」
「妻のヒロの保証を今までも付けていましたので、今回もお願いできますか?」
たしかにアイリスの手紙にもそう書いてあった。契約書にヒロの名前を書いたら、ユウの指輪が赤く光った。
「ヒロさんはどちらに?保証人になれる状態ではなさそうですけど」
「・・・わかるんですか?」
赤く光った指輪をしている左手をテーブルの下に隠した。
「まあ。真偽判定は基本ですから」
「亡くなってしまいました。支払いは滞りなく行うつもりなので、問題無いかと思っていましたが、やはり無理なんですね。ひとり娘のシリアは結婚して会社の跡継ぎです。保証は了解しています」
(こいつ、気が付かなければ死人を保証人にしようとしていたんだな)
ふんとため息をついて、よくあることなので黙って契約書を訂正した。
「では、あとはこの本契約書にサインと、貸金ギルドに出すダミーの契約書にもサインをお願いします。本契約書のここに、ダミーの契約書が無効の記載をしてあります」
「ここで、契約書と約束手形を書き込んだ方がいいですか?」
「契約書はここでお願いします。約束手形は72枚もありますので、お持ち帰りいただき記入くださっても結構です。明後日、「金貸屋アイリス」でお会いしましょう。その際に約束手形をお持ちいただいて、保証人に契約書にサインいただいて、契約成立です。そのまま貸金ギルドに出向いて、あなたの口座に金貨50000枚を振り替えますので、約束手形の代金をその場でお支払いください」
「わかりました」
「では、約束手形72枚をどうぞ。振出日は明後日の日付にしてあります。宛名は「金貸屋ジョヤ」と72回分の支払期日と金額も記入してあります。
足りないのは契約書と同じ、あなたの住所と氏名のご自身によるサインです」
「明後日ですね。了解しました。保証人を連れて「金貸屋アイリス」でお待ちします」
「ではまたお会いしましょう。カゲツたのむ」
リンメがお辞儀をするとふぁんと風があがり、ゴウさんは消えていた。
「ありがとうカゲツ」
「今のやつは払いそうだな」
どろんとカゲツが現れた。相変わらず変異がうまい。見習いたいけど、こいつ天才すぎる。凡才にはなかなかむずかしいよな。
「そうだね。これからは、魂を担保にする絶対数が少なくなるからおもしろくないかもね」
「いや、そのうち確率は上がってくるだろう」
「へえ。そうかね」
悪い笑みを浮かべて、カゲツは「またな」と言って消えた。
リンメは後片付けをして、ジョヤからリンメに戻って服を着替えながら、魂を担保に取られる契約がこれから増えるんだろうかと考えた。
「それもなぁ・・・」
つぶやきながらリンメは塔の戸締りをして、屋上からアイリスのもとに向かおうとした。
「・・・」
気持ちが高ぶっているのか、うまく霧散できなかった。
部屋に戻り、ソファーに腰かけ棚に置いてある蒸留酒を小さなカップにすこし注ぎ、くっと一息で飲んで目を閉じた。
30分くらいそうしていただろうか。目を開けるとすこし落ち着いていたので、もう一度屋上に向かいアイリスのもとに向かった。