そして二人は取り残された。
レディオークのボルテアとゴブリナのナナリが邂逅を遂げた数日前…夜明け前にボルテアがダミルの村を出奔した後に朝を迎えた村長の家では孫のカールが怒鳴り声を上げて祖父である村長に対し、横柄にまくし立てていた。
「おじ…、村長、何でボルテアを黙って行かせたんだ!?
何で俺を呼んでくれなかったんだ!?
俺がボルテアを“好き”な事知ってんだろ、どうして止めてくれなかったんだよ!?」
カールは表情を歪めながら村長を責めるが、村長は呆れがちに軽い溜息を吐くと、彼に視線を向けた。
「儂もとどまる様は言ったがな、“アルテル”がいなければあの娘を縛るものはこの村にはない。
アルテルは元冒険者、そして“ボアファング”はオーク、ボルテアは遅かれ早かれ村の外を見る為にダミルの村を出ていたよ。
それにな、お前にボルテアを止める事は出来なかっただろうよ。
そしてその権利もお前にはない。」
「何だと!!」
祖父の胸ぐらに手を伸ばすが彼の父親…ガルズが息子の腕を掴み取り、捻り上げた。
「いてえっいててて!?」
「カール、村長に…自分の祖父に何をしようとしている!
お前は朝飯抜きだ、農具の手入れをしてこい!
終わったら今日の農作業の支度だ!」
ガルズはそう言ってカールの腕を放して床へ突き飛ばしカールは受け身を取れず倒れ込んだ。
彼は朝の食卓を追い出され、トボトボと農具のある納屋へと足を運んだ。
昼前くらいまでクワなどの農具をしかめっ面で磨くカール。そんな彼を訪ねてきたセミショートの髪型をした少女がいた。メニである。
彼女とカール、ボルテアは幼馴染で4歳…ボアファングが姿を消した頃から良く遊ぶ様になっていた。
お互い成長しメニはカールが気になり始め…カールはボルテアに思いを寄せる様になる。
水洗いした小椅子に座りながらクワの刃を磨くカールに歩み寄り、ちょこんと膝を抱えてかがむ。
「家に行ったら貴方のお母様が納屋に居るって教えてくれたから。」
「今親父に農具の手入れやれって言われてんだよ。
終わったらいつものダミルの大木の方に行こうぜ。」
「うん…。あのね…お母様から聞いたわ、ボルテアが村を出たって…。
あの娘の姿が見当たらないなって思ったけど…、どうして村を出たのかしら?」
メニは少し淋しげに顔を抱えた両膝に埋める。するとカールはしかめっ面を更に歪めて声を荒げた。
「知らねえよ、アイツの考えはいつも分からねえよ!」
「この村はボルテアには狭過ぎたのかもね…。
それこそアルテルさんがいたからあの娘、ずっと母親を支えていたから。でもそのアルテルさんも亡くなったから…。」
「まるで足枷が無くなった様にな。」
「そんな言い方…。」
「実際足枷だったんだよ、オークには…。だから親父のボアファングも居なくなった。オークはオークって事なんだろ。」
カールの冷たい言い草にメニは少し腹を立てる。
「そんな酷い事言わないでよ、そのオークのボルテアを好きになったのはカールじゃないの?
村の皆も知ってるからね。」
途端にカールは磨いていたクワを放り、メニを押し倒して押さえつけた。
「痛いカール、放して!」
「メニだって俺の事好きなんだろ、だから俺に体許したんだろ。」
彼の顔はしかめっ面から欲情した男の顔に変わっていた。メニはそんなカールから頭を横にして視線を反らす。カールはその仕草をOKと取って唇を重ねようとした時、カールの股ぐらに膝蹴りを食らわせた。
「あうっ!?」
メニは覆い被さる彼を力任せにどかし立ち上がった。
「納屋じゃあ駄目よ、ダミルの大木で待ってる。」
そうニコリと微笑んでメニは納屋を出て行った。股間の痛みに蹲りながらカールはヒラヒラと手を振る。しかし地べたに付けた顔は笑っておらず、ふと小声が洩れた。
「ボルテア…やっばり俺の事…。」
そう呟いて彼は地面に拳を叩きつけるのだった。