手に握るボーガンを躊躇わず弓引く。
山小屋を出てから数日、ナナリは麓近くの辺境の町…ボンメルの町に着いた。ボロマントにヴァルの形見のマフラーで口元を被い、身体にフィットした黒の長シャツにやはり黒いタイツ…左胸当てとショートブーツを履いていた。
マントのフードを深く被って金髪…長耳に緑の肌が目立たぬ様にとマフラーで鼻まで隠し、両手にも手袋をはめる。
ボンメルの町は東門西門二つの出入口があり、門番は二名体制、昼夜の交代制である。ナナリは西門に着き西門左右に立つ門番の間を通ろうとすると「待てっ、お前。」…と左の門番に呼び止められた。
ナナリは足を止めて門番を見上げる。
「なに?」
「顔を隠した奴を町に入れる訳には行かない。フードとマフラーを取れ!」
左の門番がナナリに詰め寄り、被っているフードに手を伸ばす。ナナリは彼に危険を感知し、マントの中で背にある短剣…コンバットナイフに手を伸ばす。ガードナックルの柄を握り、左門番がフードを掴もうとした時に右の門番が口を開いた。
「坊主、身元の分かる物はあったりするか?」
「ぼっ、ぼうず…!?」
その言葉に左門番が手を止め、ナナリは坊主と言われた事でマフラーに隠した口元をへの字にして歪めるが、彼に頷いてヴァルが残してくれた通行許可書を出した。
すると右門番は少し眉を潜めてナナリに言った。
「坊主、これは使えないな。この通行許可書はヴァル老師の物だ。
本人でなければ使えない。」
「…おじいの娘。」
ナナリが伝えると二人の門番が首を傾げた。
「「はっ?」」
ナナリは自身を指すと左門番が嗤い出した。
「あっははは!馬鹿言ってんじゃねえぞ、ヴァル老師に家族はいねえ。天涯孤独…」
「いや、確か養子が一人いたと聞いた事がある。」
「マジか?」
「あぁ、何度か老師と話した時に教えてくれた。性別は知らないが…。」
二人がナナリをそっちのけにして話し、その間に割り込んだ。
「ヴァルは私の養父。ヴァル…おじいは山の奥地で猟師やってた。数日前におじい、突然死んだ。」
「ヴァル老師が亡くなった!?」
右門番が声を上げてナナリの両肩を強く掴んでしまうがナナリは特に気にしない。
「心臓発作、おじい心臓は少し弱かったから。」
「そうか、残念だ。」
「なら町入れて。」
「駄目だ、入りたいなら1グラン払うんだ。お前お金持ってるか?」
ナナリは小さい溜息を吐き荷物からサイフを出して紙幣1グランを渡して右門番を見上げてフード越しに睨む。
「お金の方が話早かった。」
「…そうだな、すまない。」
意外とお金を持っていたナナリに右門番は少し凹む。
(1グランてそれなりに大金だぞ。)
多分ヴァルの遺産なのだろうと察し、彼はナナリに門の道を開ける。…と、その時遠くよりドドドド…ッともの凄い土煙を上げながら走る騎馬の集団とその前を大柄の人物の走る姿が見て取れた。騎馬集団は走る相手に全く追いつけず、馬に乗る者達は走り相手に罵詈雑言を吐き散らしていた。
「野郎ぶっ殺してやる、“千牙”に楯突いた事後悔させてやる!!」
「輪姦して丸太杭突っ込んで町外に晒してやんぞコラア!!」
「テメェの身内も見つけ出して同じ目に合わしてやるぜドブス!!」
もう好き放題に喚き散らし前方の人物…女であろう彼女は罵詈雑言を意に介さずにひたすら真っ直ぐ町の門に向けて土埃を上げ走っていた。
ナナリが小型の奇妙な形をした望遠鏡でその集団を確認する。かなり背が高く体格は筋肉質、ざんばらな髪に胸が大きい女であった。
「…ムカつく…。」
「「なに?」」
門番二人が聞き返すがナナリは答えずにマントからボウガンを取り出し、短く細い鉄の矢を装填。そして何と土煙上げ迫り来る集団に向けて走り出した。
「坊主!?」
「あのガキ死ぬぞ!」
焦る門番達を背にナナリは先頭を走る大女を目視して更にスピードを上げる。その速さは疾風の如く俊足でフードが向かい風に煽られて捲れる。
瞬く間に距離が詰まり大女を目前にして跳び上がると彼女の右肩にトンと降りると後ろ騎馬の先頭に狙いを瞬時に定め、ボウガンの引鉄を迷わず引いた。