ボルテアは村を出奔し、ナナリは山を降りた。
「本当に村を出るのか、ボルテア?」
夜明け前、ダミル村の出入り口で村長が目の前の女性に尋ねた。ボサボサの黒髪をポニーテールに結び、かなり筋肉質に2m近い背丈、そして茶褐色の肌を持つがし整った顔立ちをした美女でニッと笑い下顎の発達させた牙を覗かせた。
「わりいな、村長。お袋が生きてる間はこの村を離れるつもりはなかったが…、そのお袋も三日前に死んじまったからな。アチコチ村の“外”を見てみようと思うんだ。」
「そうか、血は争えんか。お前の父親…ボアファングがお前の母アルテルを連れて来て勝手に住み着いた時は肝を冷やしたがな。しかしやはり“オーク”か、住み着いた時と同じで出て行くのも勝手だった。
お前ら母子を置いて行きおって…。」
トゲのある言い草だが、村長は本当に残念だと…表情が曇っており、溜息を洩らす。
「あぁ、あたいも半分オークだしな。“レディオーク“は突然変異らしいけど…。お袋との幸せから逃げて魔物として冒険者に討伐れちまった馬鹿野郎とやる事も同じなんだろうな。」
レディオークとは極稀にオークと人より産まれる亜種の亜種…希少種である。基本オークには女性…雌はおらずオークは人の女性を攫い孕ませて種を存続している。
言ってしまうなら女性は望んでオークの子を孕むなどは有り得ないのである。
しかし彼女…ボルテアの母親アルテルは…少なくとも村人からはオーク…ボアファングとは良好な仲に見えていた。因みにボアファングも下顎から猪の様に大きな牙を生やした亜種である。
そして産まれたのがレディオーク…ボルテア。そして彼女が四歳程の時にボアファングは誰にも…アルテルにも告げずに村から姿を消した。アルテルはまるで分かっていたのか何もなかったの様に娘を育てて来た。
その彼女も病を患い、三日前に娘のボルテアを残しこの世を去ったのである。
「ボルテア、こいつは数日程の路金だ。街に行ってコレで必要な物を買え。
それと冒険者ギルドに登録をしておけ。この手形がお前の身元保証だから失くすなよ?」
そう言って村長は小袋に入れた路金と一枚の紙…手形をくれた。
「ありがとよ、村長。…んじゃ、行くわ。」
「あぁ、ダミル村はお前の故郷だ、疲れたらいつでも戻って来い。」
村長の言葉にボルテアは頷き、彼に背を向けると街の方へと歩き出すのであった。
○
名も無い山の奥深く、ぽつんとある煙突屋根の山小屋の片隅で独りの少女が盛り上がった土に突き立てた木の棒の前に佇んでいた。
少女は金髪ショートボブ、長く尖った耳に緑色の素肌、背が小さく、姿は十歳程の…人の子供の様な幼さをしており、首に黒いマフラーを巻いていた。
「おじい…、わたしもう行くね。…おじいの”ボーガン“と“コンバットナイフ”、貰っていく。コレからのわたしに必要だから。
後おじいのマフラーも貰ってく。」
そう言って少女は煙突屋根の山小屋に入り、用意していた旅荷物のリュックを背負い、折畳式のボーガンをみぎ腰に吊るした。
彼女は生前によく養父が言い伝えていた話を思い浮かべた。
『“ナナリ”、儂が死んだらこの小屋を捨てなさい。お前に教え込んだ儂の狩猟技術はお前が一人でも生きて行く為の手段だ。
この小屋にいてもお前は生きていけるだろうが…、ナナリ…。お前には世界を見て欲しい。』
彼女の名前はナナリ。この山小屋で一緒に暮らしていた老人…ヴァルの猟師として暮らしていたが先日、ヴァルが病で急死し、彼女独り残された。
彼からボーガン…ナイフ等の武具の使い方や狩猟技術を教わり身についている。
「おじいが言ってた。先ずは街の冒険者ギルドで冒険者登録をしろって、何かしら役に立つっていってたな。
うん、先ずは街に降りよう。」
ナナリは小屋のドアを開けて今一度山小屋の部屋の中を見渡した。育ての親であるおじいちゃん…ヴァルとの思い出のある山小屋に後ろ髪を引かれながらナナリは口元をマフラーで隠し、その小さな背中を向けて山小屋のドアを閉めた。