第九話 苦労人
白い道着を着た女かもしれない大男は、少し笑いかけながらルトーリアとヴィルヘルムの元に歩いて来た。
「久しぶりね。ルトーくん」
「そうでござるな。半年ぶりでござる」
「ええ。それでこの子がフレイヤが拾ったて言う」
「初めまして。ヴィルヘルムです」
「ええ。初めまして。あたしはここの旅団の副団長を務めさせてもらっているメロウ・バンドットよ」
まるで、戦うために生まれてきたかのように見える肉体。そして、二重に別れたケツアゴ。その顔には濃い化粧が施されていた。ヴィルヘルムが男か女か判断できなかったのはこのためである。世界には、男でありながら乙女である人間もいるという、そうスラム街の頃に聞いたことがある。その当時は嘘と思っていたが、実物を見ると空いた口が塞がらない。
唇は厚く、いわゆるたらこ唇と呼ばれるものであり、真っ赤な口紅が塗られていた。
一見ヤバい奴である。だが、見れる人間が見れば、その無駄な筋肉が削ぎ落とされて純粋な武道家に必要な筋肉のみを鍛えられているのがわかる。一発でわかるのだ。強い人間だと。
「お、男?女??」
気がつけばヴィルヘルムはそう聞いてきた。
「あらやだ。あたしはおん」
「男でござる」
「違うわ、あたしはお」
「男でござる」
「あ」
「男でござる」
ヴィルヘルムの質問に答えようとするメロウ、それを阻止して本当の答えを有無も言わさず教えてくるルトーリア。終いにはメロウが発音したら即否定する始末だった。
幼いながら、ヴィルヘルムは少し空気が冷たくなったことを感じた。
そう感じたのは束の間だった。
「全く、ルトーくんったら。もういいわ。それであなたがヴィルヘルムくんね。んもぉ〜可愛いわね!!!食べちゃいたいわ」
その言葉を聞いたヴィルヘルムは、生まれて初めて恐怖を感じた。
死の恐怖とか都市伝説とかの恐怖とは別ベクトルの。
「それで、ローランは?」
「ロー君ならすぐに帰ってくるわ。陛下の元に報告へ行っただけだからね」
「そうでござったな」
「で、その子にあなたなの奇抜な剣術を教えているの?」
「そうでござる。何か一つだけ一流でもそれはまだ二流。複数を一流でこそ、本物の一流でござる」
「ほんとあなたって厳しいわよねぇ」
「それが自分の命を救うからでござるな。引き出しはいくらあってもいい」
「それもそうね」
そう言ってメロウは笑う。
その雰囲気を見て、ヴィルヘルムは質問した。
「メロウさんは武闘家?」
「ええ。あたしはこの美しい体一つで戦う、戦乙女よ」
「わ、わるきゅうれ???」
「ヴィルヘルム。間に受けたら負けでござる。こいつはワルキューレなんて可愛いものではなく、ただの筋肉ゴリラ」
ルトーリアがそう言い切った瞬間に、ヴィルヘルムは爆風を感じた。
メロウが空気を切り裂く蹴りをルトーリアに向けて入れていたのだ。洗練された無駄のない動き。それだけでも見る価値のある一撃でもあった。
「んもぉ〜。ルトー君ったら、お仕置きが必要かしら?」
声色は普通。顔の表情も満面の笑みだった。ただ、全身から冷や汗が噴き出るほどの殺気がメロウから出ていた。それに笑っているが目が笑っていない。いわゆるマジギレってやつ。そうヴィルヘルムは考えていた。
「危ない、危ない。当たっていたら骨折じゃ済まなかったでござるな」
後ろに飛び跳ねて避けたルトーリアは少し楽しげだった。
それを見ていたメロウは、流れるようにファイティングポーズをとる。
「それじゃあ。お仕置き開始ね」
「何のお仕置きなのか、拙者には皆目見当がつかぬな」
殺気は、一気に暴発する。先手を打ったのはメロウである。
「ふっ!!」
「召喚『スライム』」
ヴィルヘルムでは目に追えないくらいのスピードでメロウはルトーリアに蹴りを入れる。
それを物理攻撃無効できるスライムを盾にすることによって防ぐ。
次に、メロウは足払いをしてルトーリアのバランスを崩すがルトーリアは、それを避けて蹴りを入れる。
それを腕を畳んでガードし、その足を掴んでメロウはルトーリアを投げ飛ばす。
「あらあら、やってるねぇ」
「ん?イフェリア?」
「そうそうイフェリアおねえさんだよっ!!」
自分のレベルから遥か離れたその攻防を芝生の上に座って見ていたら、背後からイフェリアが声をかけてきた。彼女はそのまま、ヴィルヘルムの足の間にすっぽりと収まるように座った。
「びっくりした。いたんだ」
「うん。様子を見にきたら」
「お仕事は??」
「終わったよ。あとはリンさんに丸投げ」
「それはかわいそう。リンフィールさん」
そんな会話をしている最中にも側から見たら殺し合いである、それは今も続いている。
何なら先頭の余波がこちらまできそうになっているのだ。
地面は抉れ、2人が動く度に突風が吹く。
そのうちこの屋敷がぶっ壊れるんじゃとヴィルヘルムは思う。
「あれ、大丈夫なの?」
「ん?あー、あれね。割といつもやってるから気にしなくていいよ」
「大丈夫そうには見えないけど」
「大丈夫大丈夫。あれはただのじゃれあい。いつもルトーさんとかフレイヤさんとヴィルが模擬戦したりするでしょ?あれと一緒」
「ならいいや」
ヴィルヘルムは、少しため息を吐くとその戦いを見守ろうとしていた。
だが、その時。
「よくありませんっっっっ!!!!!」
背後から大声で叫ぶ男性の声が聞こえた。
振り向くと、そこにはスーツに似た服装でメガネをかけた高身長の男性がいた。青い短髪は綺麗に整えられており、清潔感漂うその姿は以前から聞いていたあの名前の人の特徴と一致していた。
「陰険メガネ」
「誰が陰険メガネですかっ!!!!」
メガネを掛け直しながら、陰険メガネーローラン・グランデはそう叫んだ。
「うるさ〜。今、ヴィルとイチャイチャしてるんだから邪魔しないで」
「黙ってください、問題児4号。それで、その陰険メガネってのは確実にフレイヤ、もしくはノアから教わりましたね!」
「う、うん」
「あんの、問題児2号と4号!!あの2人の言葉を間に受けないでください!!あの人たちが周りを気にしなさすぎるだけなのです!!」
顔を顰め、心の底から疲れているのがわかるような声色でそう言うローラン。それを見ていたヴィルヘルムはこの人が少しかわいそうだと思った。
「私が細かいことを言う陰険メガネ?ふざけるな!!私はあの当たり前のことを当たり前にできないクズどもの尻拭いをしているだけなのに!!」
「苦労、してるんだね」
「苦労……そうですね、苦労しています」
「そうなんだ」
「うちは9人の旅団と聞いていますよね?団長とリンフィールさん以外は問題児、いやクズです!!」
「えぇ!!私のことをそんな風に思ってたの!?」
「当たり前です!!この前、あなた何しでかしたか覚えてるんですか!!?あなた辺境伯の馬車を盗賊の馬車と勘違いして壊して、辺境伯に怪我を負わせてるんですよ!!!それ以外にもたくさん!!あなた以外もそうです!!あなた方の問題行動の度、忙しい団長に変わり、私がどれだけ頭を下げて回ったことか……、もはや戦うことより私は謝る方がおおいですよっ!!そんなあなたたちをクズと呼ばずになんと呼ぶ!!」
イフェリアは、ここまで言われるのかと驚いていた。
怒りが爆発したのか、ローランは早口でそう叫ぶ。もはや愚痴である。そんなことよりヴィルヘルムは問題児が多いこの旅団は大丈夫なのか?と少し訝しんでいた。
「あなたたち!!聞きなさい!クズ2人!!あなたたちです!!な、き、聞いてない……」
戦闘を続ける2人にローランは呼びかけるが、その声は2人には届かず膝をガックリ折って地面に手をついてしまった。
ヴィルヘルムは、その姿を見て気の毒で仕方がなった。
思えばこの旅団のメンバーは自由人が多いな、と。
フレイヤは、勝手にどこそこいっては仕事すらもすっぽかすこともあるし、ノアは自分の興味のあること以外何もしないし、ルトーリアも気分次第でしか動かない。まだ子供であるがイフェリアに至っては全てがだらしない。
数ヶ月しか過ごしていないヴィルヘルムでも、なぜか彼の苦労はよくわかった。
ヴィルヘルムは立ち上がり、屈しているローランの元へ歩いていく。
そして、その頭を撫でた。
これしか労う方法を知らなかったからである。
「ローランさん。苦労したんだね。頑張った」
「っっ……ヴィルヘルムさんっ。ありがとうございます。わかったくれるのはリンフィールさんとあなただけです」
ローランは、週に3回は謝り倒していた。
問題児たちが何をしでかすか分からないので、毎日のように胃が痛かった。
リンフィールやクラウドも労ってくれはするが、ここまで自分に同情して優しくしてくれたのはヴィルヘルムだけであった
ローランは当初、ヴィルヘルムの入団に否定的であった。
もちろん子供を助けたい気持ちもあるが、旅団は危険が多い。恨みを買いやすいし、戦争なんかにも参加したりする。そんな旅団に身を守る術を身につけていない子供を入れることはその子供自身も危険になるし、戦う能力がない以上自分たちが守らないといけない。そのせいで自分の身すら危険になる可能性がある、それがローランの考えだった。
「うう。幼いあなたの前で汚い言葉遣いをしてしまったのはいけませんが、あなたがいないと、これ以上私はやっていけないかもしれませんね」
少し、涙目になりながらそう言うローラン。
彼を親身になって心配したことで、ヴィルヘルムは一瞬で彼の評価を稼いでいた。
他が悪すぎるので、相対的にヴィルヘルムの評価が上がっただけだが。
「少し、あなたを気に入りました。ヴィルヘルムと言う名前でしたね。以前はあなたの入団に否定的でしたが、今なら歓迎しましょう」
「あ、ありがとう」
「くれぐれも、特にイフェリアやフレイヤのような問題児にならないでください。リンフィールさんが一番理想的な人です。彼女を目指してください」
「が、頑張る」
ヴィルヘルムは、決めた。この人には迷惑をかけないようにしようと。めちゃくちゃかわいそうだから、と。
そんな2人の間で、明確なつながりができた一方、イフェリアはなぜか呆然としていた。
「私、ヴィルからまだ頭撫でられたことないのに」
そんな嫉妬の声だった。
鳴き声と、嫉妬の呟きと、戦いの音が聞こえる。
そんな奇妙な霹靂旅団の庭だった。
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ようやく序章が終わりそう( ´∀`)