第八話 旅団の副団長
「ヴィル〜。あ〜んして」
「わかった」
寝ぼけた、とろんとした目をしつつ大きく口を開けながらイフェリアは、口の中に食べ物が入ってくるのを雛鳥のように待っていた。
ヴィルヘルムは、膝の上に乗っているイフェリアに食器に乗っているベーコンをフォークで突き刺して彼女の口の中に入れる。
そうするとイフェリアは、もぐもぐと咀嚼し飲み込む。
そして、ヴィルヘルムはフォークを置くとイフェリアの餌付けの合間に彼女の髪の毛を梳かしていた。
リンフィールと共に魔物討伐に行ってからの数日間の朝の風景がこれだった。
向かい合うテーブルに座っているのはルトーリアで、コーヒーを飲みながらヴィルヘルムたちのことは気にせず今朝の朝刊を読んでいた。
イフェリアの世話をヴィルヘルムが焼いている時、屋敷の食堂にリンフィールが入ってきた。
イフェリアの様子を見ると少しため息をつく。
「ヴィルヘルム。この子を甘やかしすぎよ」
「そうなの??」
「ええ。この子、今あなたに要求すればなんでもやってくれると思っているわよ」
「え〜リンさん。そんなことないよ。私もきちんとすればなんでもできるよ。身の回りのことも。でもやってくれる人がいたらお願いするのがめんどくさくなくていいってだけだよ」
「ほんとズボラね。あなた」
はぁ、と手を額に当てながらリンフィールは席に座る。
すると、ルトーリアの眷属である通称家政婦精霊が紅茶と朝食を運んできた。
それに向かってリンフィールは軽くお礼を言うと、カップに入っている紅茶に口をつける。
「そういえば今日でござるな」
数分ほど食器のしか聞こえない時間があったが、ルトーリアが突然口を開いた。
「何が?」
「メロウ、副団長が帰ってくるのでござるよ。リンフィールたちは先に帰ってきていたが、馬車に乗って帰ってきているローランと副団長は今日中には屋敷に着くと昨日通信魔法で聞いたでござる」
「そうなんだ」
「そうでござったな。ヴィルヘルムはまだ副団長たちに会ってないでござったな」
未だ会ったことのない団員がいたことを忘れていた。
副団長は、団長が言うには特殊な人間だと言う。少し興味があった。
「そうね。ローランは国王陛下に謁見してからこっちに戻ってくるそうよ」
「ああ。調査の直接報告でござるか」
新大陸に調査に行った霹靂旅団のメンバーは、ワルシュレイ王国の正式な依頼を受けて新大陸に王国の調査団と共に向かっていた。その調査が一旦終わったので、ローランがその報告に向かうことになっていた。
「師匠やノアが言う陰険メガネ。恐ろしい」
「ふふっ。陰険メガネ。言えてる」
「何言ってるの。あの人は人より神経質なだけよ」
陰険メガネという単語にイフェリアは少し笑い、リンフィールは少し呆れ気味にため息を吐く。
「では、ヴィルヘルム。そろそろ鍛錬の時間でござる」
新聞を机に置きつつ食堂にある高級時計の短針が7の文字を指しているのを見て、ルトーリアはそう言った。
「わかった。イフェリア、どいて」
「うぅ〜。離れたくない」
「わがまま言わない。後で構ってあげるから」
少し身体強化を使いつつイフェリアを引き剥がす。
リンフィールは、最近毎朝の光景であるそれを見ながら『扱い方がペットのそれじゃん』と内心思っていた。
□
「では、来るでござる」
「うん」
身体強化魔法を自分にかけて、庭の地面を強く蹴り加速する。
それだけで常人には目に追えないくらいのスピードは有に超えていた。
ルトーリアは、そのスピードに驚くことなく容易く受け流す。受け流されることはわかっていたヴィルヘルムは、その流され力が逸されたところを強引に片足で体を反転させて再び刀で切り付ける。
それを予見しているが如く、ルトーリアは体おそらして回避する。そのままバックステップで間合いの外に。
そして、さらなる連撃に出ようとするヴィルヘルムに反撃に出る。
「よっと」
そんな、気の抜けたような声とは裏腹に音もなく空気を切っていると錯覚させるような剣撃を繰り出す。
凄まじい速さで迫るそれを迎え撃つようにヴィルヘルムは、合わせるように刀をぶつける。
甲高い金属音が庭に鳴り響く。下がった、と言うよりはね飛ばされたのはヴィルヘルムの方である。
「段々と良くなっているでござるよ。昨日まではあの攻撃を受けられなかった」
笑顔でルトーリアはそう告げる。
側から見れば凄まじい戦いに見えるそれは2人からしたらただの稽古であった。
「では、今度はこちらから仕掛けさせてもらうでござる」
そう言うと、ヴィルヘルムの視界からルトーリアが掻き消える。
ヴィルヘルムは、周囲に張り巡らせた魔力の揺れでルトーリアの動きを捕捉する。
胴を断ち切るような太刀筋をバックステップで避ける、がそれを見越しているルトーリアは水の流れるような自然な連撃を繰り出す。
それを受け流したり、回避したりしつつヴィルヘルムはなんとかいなす。
ルトーリアの攻撃を凌ぎ切ると、次はヴィルヘルムのターンだった。
スラム街の生活で無意識に会得していた気配の消すこと、距離感が測りにくい歩幅の走法で一瞬でルトーリアの懐に入り込む。そして、そこに向けて刺突。
ルトーリアは、横に避けて回避する。
「くっ」
成功した、と思ったが簡単に避けられてことで少し悔しさを感じる。
そして、ヴィルヘルムは反撃を恐れて後ろに下がる。
「今、後ろに下がったのは賢明でござる。刀という武器は剣速と刃筋を整えないと十分な威力が発揮できない。今の場面は無理やり攻撃するのを我慢して後ろに下がったのは良かったでござるよ」
「うん。わざと攻撃するのを誘っているようにも見えたから下がった」
「そこまで見えていたのなら合格でござるよ。では、格闘術もありで再開するでござる」
「うん」
先に動くのはやはりヴィルヘルムだった。
間合いを掴ませない独特の走法で接近し、先ほどよりも数段早く、練り上げた攻撃を繰り出す。
そして、最後に横薙ぎの剣筋。だが、それを後ろで体捻って、いわゆるバク転で避ける。
避けたところが好機と見たヴィルヘルムはそのまま接近して、上から刀を振り下ろす。
それをルトーリアは、弾いて逸らす。
体勢を崩されたヴィルヘルムは、迫り来る蹴りを横腹に受ける。
数mほど飛ばされるが、体を捻りながらなんとか立て直す。
迫り来る剣撃をなんとか打ち合せて、耐える。
ルトーリアは、弾かれた勢いを用いて軸足を中心に回転させた横なぎ。
ここだ、そう思ったヴィルヘルムはしゃがみ込みながら避ける。回避に合わせてルトーリアの腹めがけて思い切りパンチを打ち込む。
ルトーリアは慌てず、刀の持っていない方の手でこの拳を受け止める。
「おっと。今のは少し危なかったでござるな」
「でも、当たってない」
「ははっ。まだまだヴィルヘルムには攻撃を当てられるわけにはいかないでござる」
教える立場のプライド、それをルトーリアは持っていた。
弟子にはカッコつけたい、これである。
「では、再開しよう」
そう言ってヴィルヘルムの手を離した時。
「あらぁ。楽しそうなことをやっているじゃない」
背後から声がした。
振り向くと、そこには女?かもしれない白い道義を着た筋骨隆々の大男?がいた。
「メロウでござるか!よく戻ってきたでござる」
メロウーーー霹靂旅団のNo.2、副団長と呼ばれている男がそこにはいた。
そして、その男はヴィルヘルムが未だ見たことなかった人種の男でもあった。
ブックマークと評価⭐︎↓の方をよろしくお願いします!
(>人<;)