第四話 王都と異国の召喚士
「た、高い」
巨大な壁が遠目からでも見えている。王都ワルシュレイが城塞都市と呼ばれる所以をヴィルヘルムに見せつけていた。
「見える?あれが王都」
横に座っているノアからの解説が入る。
半径十キロほどを高さ100mほどの壁で囲む王都に、ヴィルヘルムは言葉を失っていた。
馬車に乗って一週間ほど、北方地方の最大都市ユレイドルから150キロほど南に離れた場所に王都は位置している。
ワルシュレイ王国、大陸の中央〜北方に位置する。周辺国ではかなりの大国に位置する国でもある。東に連合連邦、西に帝国と長年二大国に挟まれながらも、堅実な政策をもとに発展してきた。
そんなワルシュレイ王国の王都ワルシュレイは今日もしっかりと賑わっていた。
馬車は王都の大門へと進み、他の馬車と違って大した検査もなく通過した。
王都に入るとそこは華やかで煌びやかな街並みが延々と続いていた。ユレイドルのようにスラム街などなく、街ゆく人々も雪を踏みしめながら顔色良く歩いていた。出店も数多にあり、出歩く人々はその出店に寄って物を購入していた。
大通りの先に見えるのは王城である。純白の城壁に囲まれた天にも届くかと思われる城の頂上は、ヴィルヘルムには天使が住んでいるのか、とさえ思わせた。その城の直下、そこには豪奢な屋敷が数多く建てられていた。貴族街である。
ヴィルヘルム達を乗せた馬車は、そこへ向かっていた。
貴族街に近くなってくると、使用人をつれた豪華な衣服を身につけた人も多くなってきており、学のないヴィルヘルムでも民の上に立つ人間達であると思われた。
貴族街を進んでいると伯爵家や子爵家の家々が並ぶ場所に、一際大きな屋敷が見えてきた。
しかし壁に囲まれた屋敷の周りには、他の家と違って使用人は愚か、警備兵の1人もいなかった。
屋敷の庭の含めた大きさと言ったら、公爵家に準ずるレベルだ。庭には訓練場なども見えており、おそらく目的地はここなのだろうとヴィルヘルムは考えていた。
その予想は正しかったようである。
馬車が門の前まで来ると、馬車の魔道具と反応し、勝手に門が開きそのまま屋敷まで無駄に長い庭を突っ切っていく。壮大なる玄関の前にようやく馬車は停車した。
「おー、やっと着いたか。疲れたなぁ〜」
馬車から降りたフレイヤは、伸びをしながらそう行った。
それを聞いたレオリアは、少し不満げな表情を見せる。
「そんなこと言って、フレイヤが何もしてなかったじゃん!!何に疲れるのさ!!」
「う〜む?私は普通にしてるだけで疲れる。主に肩こりが……おっと、レオリアには縁のない話だったな」
「うるさい!!エルフは成長が遅いだけ!!」
「……レオリアさんの胸は200年間そのまま。絶壁」
「ノアちゃん!!」
レオリアは剣を思わず抜こうとしていた。そんな光景を見ていたヴィルヘルムはレオリアに胸の話題はNGなのだと思っていた。
そんな時だった。
「おや??もう帰ってきていたでござるか?それと…なるほど。この子がフレイヤが言っていた子でござるか」
背後からそんな少年の声がした。
振り向くとそこには純白の髪を短く揃えて、異国の衣服を身に纏った少年がいた。
腰には見たことのない、少し湾曲した剣を大きいものと小さいものを二つ帯刀していた。
身長は一般の男性より少し低く、その白い髪と薄い赤の目が印象に残る美少年だった。
「あなたは?」
「自己紹介がまだであったな。拙者はルトーリア。ルトーリア・カグラザカ。異国出身の放浪者でござる」
その人は馬車で移動している時、度々話題に出ていた召喚士だった。
「あの馬の主人の」
「知っていたでござるか!あの馬はAランクのスレイプニルという馬でござる。魔物のランクは知っているでござるか?」
その問いにヴィルヘルムは黙って頷く。
帰りの馬車の中でノアに教わっていたのだ。
魔物の脅威度を表す指針をランクといい、魔物の強さからH〜SSの10段階に分けられるものである。
「あの子らは働き者でとても助かっているのでござる」
うんうんと頷きながらそう言うルトーリアにヴィルヘルムは気になったことを聞いてみた。
「ルトーリアさんはどこの国から来た?」
「拙者でござるか?拙者は東方、連邦連合のさらに東にある結構、大きな島国を収めるヤマトと言う国から来たでござるよ。拙者は父がヤマト人で母がワルシュレイ人だったでござる。その縁で今はこうしてワルシュレイ王国にいるのでござる。この服と武器はヤマトで使われるものでござるよ」
「ヤマト?聞いたことない」
「ユレイドルでは確かにあまり聞かないでござろうな」
「おー。ルトーリアか。帰ったぞ」
いつの間にかじゃれあいを終えた3人が、こちらへ向かって歩いてきていた。それを見たルトーリアは微笑みながら言う。
「拙者もつい先ほど帰ってきたでござる。土産もきちんとあるでござるよ」
「そうか、そうか。私の土産はこのヴィルヘルムだ!!」
「拙者には鑑定がないが故、わからないでござるが特殊魔法を二つ持っている天才だと」
「そうそう。しかも激核と召喚の二つ、それに加えて私らを越す魔力量!!」
「拙者達2人を足したような存在でござるな。鍛えがいもあるであろう」
「わかってんな?さすがは魔法中毒者」
「それはフレイヤもでござろう?魔力量自体は拙者も感じ取ってはいたが、凄まじいでござる。これならあの陰険メガネ殿も認めてくれよう」
どこかあくどい笑みを浮かべながら話す2人。
2人の会話にヴィルヘルムは付いていけなかった。
「そろそろ団長に報告に行かないと!」
いつのまにかスレイプニルを馬小屋に連れて行っていたレオリアがそう話す。
その言葉で、屋敷に入ることに。
「おー、そうだった。団長のとこに行かないと」
「そうでござるな。行ってくるでござる」
ルトーリアは既に報告を済ませているようで、王都の市場を見てくるそうだった。
先に入って行ったレオリアとフレイヤに続いて、ヴィルヘルムも屋敷に入って行った。
屋敷の中は圧巻だった。
派手な調度品や絵画が並べられている一方、嫌な派手さは感じなく、うつくしさが真っ先にくる。
隅々まで掃除が行き届いているようで、埃ひとつもなかった。
それはルトーリアが召喚した下級精霊がメイドがわりに家事全般を全てやっているのだそう。
「一応、通信魔法で団長にはお前を連れてくることを報告済みだが、顔合わせにいくぞ」
「師匠わかった」
「私は部屋に行っとくね。あとノアはルトーリアの買い物について行ったから」
「はいはい。じゃあいくぞ。ヴィルヘルム」
レオリアは階段を登って行って消えていく。
ヴィルヘルムはそのまま一番厳かなドアに向かってフレイヤと歩いていく。
大きな扉で、団長室とドアに掘られていた。
「おーす団長。仕事終わってきた。こいつが拾ったやつ」
ヴィルヘルムの手を引きながらドアの中にフレイヤは入っていく。
団長室は、どこか落ち着いた雰囲気をしており書斎にはたくさんの本が入っており、落ち着いた部屋の雰囲気を醸し出すインテリアにはセンスが感じられた。壁には槍が飾られており、柄は使われて色褪せており、団長の武器は槍であろうか?とヴィルヘルムは思っていた。
そんな部屋の中央に、机と高級そうな椅子に座りながら茶を飲む高身長の身長の男性がいた。
少し黒みが強い茶髪を後ろで束ね、落ち着いてはいるものどこか凄まじい覇気を感じさせる。
男がこちらを見やると微笑む。
「よく帰ってきた。ご苦労だったな」
茶器を机の上に置いて、そう言った。
□
「その少年がお前が拾ってきた少年か」
身長はかなり高く、顔も絶世の美男子といえる団長は俺の頭を撫でながらそう言う。
「そうだな。私が拾った」
どこか自慢げなフレイヤ。
「団長初めまして」
「ああ。初めまして」
ノアに教えてもらった敬語でヴィルヘルムは挨拶した。
「俺はクラウド・ランドレンドだ」
「僕はヴィルヘルム」
「そうか。いい名だな」
「団長。こいつをここにおいていいだろ?私の弟子にする」
「ああ。構わない。俺もイフェリアを拾ってきているのだからな」
イフェリアとはヴィルヘルムの2歳上の少女である。8年ほど前、王国が他国に侵略されていた際に敵を一掃したクラウドが敵に村を壊滅させられ、戦災孤児となっていたイフェリアを拾っていたのだ。
「凄まじい魔力だな。お前の目に止まるのも無理はない。それに加えて二種の特殊魔法を持っているときた。将来、修行を積めば俺たちに肩を並べるどころか越していくかもしれないな」
「そうさ。何せ私の弟子だからな」
「空いてる部屋ならたくさんある。適当に与えてやってくれ」
クラウドは、再び机に戻り書類に目を通し始めた。
それを見たフレイヤはドアのほうへと歩き始める。
「じゃあ団長。また後で。ヴィルヘルム。ついてこい」
「わかった師匠」
ヴィルヘルムはフレイヤと共に団長室を出た。
「明日からすぐ稽古をつけてやる。私はここしばらくは仕事がない」
「わかった」
「まずは魔力制御の練習だが……まぁ、明日でいいだろ」
これからの計画についてフレイヤが話していると、不意に立ち止まった。
「ここでいいか。この部屋にはベッドも服もある。自由に使え」
「?わかった」
何のことはよくわかっていなかったが、そう答えた。
ドアを開けると、とても広い部屋だた。
大きな窓とカーテンが数個あり、右奥に巨大なベッド。超高級なふかふかなソファにその手間にあるこれまた高級そうなテーブルの上には桃やメロン、ブドウなどルトーリアの精霊が置いたものであると推測されるフルーツバスケットが置いてあった。
ここには外敵もなければ飢えも危険も、寒さや暑さもない、そんなこの部屋は孤児だったヴィルヘルムには楽園に見えた。
「夕食時には精霊がお前を呼びにくる。それまで休んでろ」
「わかった」
ヴィルヘルムがそう言うと、フレイヤは手を振りながら部屋から出ていった。
部屋に1人、ヴィルヘルムは残った。
この数日間、馬車の旅で誰かと過ごしていたヴィルヘルムは大きな部屋に1人だけいると言う状況に少し寂しさを感じていた。
それを紛らわすためにもヴィルヘルムは何かをすることにした。
「1人……魔力制御??やってみるか」
魔力制御、この感覚に心当たりがあった。
以前、ユレイドルで領主相手に盗みをした際感じたことだ。衛兵に追われる中、急に体軽くなり熱を持った体は通常の十倍以上の速度で動けたことがある。もしかしたらこの現象は魔法によるものかもしれない、そう思った。
魔力という感覚にも見当がついていた。自分の中のどこかで垂れ流しになっている何かを確かに感じていた。
気にする余裕など微塵もなかったが、余裕ができた今、考えてみると魔力について意外と感じたことがあることにヴィルヘルムは気づいた。
部屋を見渡した際、『魔法教法I』と言う本を見つけていた。その本を取り出して先ほどフルーツバスケットのあったテーブルの上で開いてみることに。
「ま、魔力を……えっと体の隅々に流す??」
馬車の旅路の途中でノア達から習った識字能力では本はほとんど読めなかった。
だが、隣にある人体の図のおかげで本の書いてあることがなんとなくわかっている状態だ。
「心臓…確かに心臓から何かが溢れている気がする。やっぱりこれが魔力か?」
人体の図では心臓を中心として血液の中に魔力を循環させることを簡単に表した図だった。
その結果発動される魔法は『身体強化魔法』だった。
「こ、こう?」
自分の中から流れている感覚のもとを突き止め、その流れをコントロールしようとしたらできた。
そして、川の流れのように絶え間なく流れている血の流れに魔力を送り込む。
そうすると、心臓を中心に体が熱を持っていく感覚を覚えた。
「で、できた?」
これが成功かどうかがわからないヴィルヘルムは試しにジャンプしてみることにした。
「ほっと、ええぇっ!?」
軽く飛んだら、とんでもない速度がでてしまい轟音を出しながら天井に穴を開けて首から上、顔が上の階の床から出てしまいブラブラと天井に刺さっている状態になってしまった。
ぶつかった時、痛いかと思ったがそうでもなく虫が頭に止まった程度の感覚しか覚えなかった。
実験自体は成功である、が初日から家を壊してしまったことにヴィルヘルムは気が気でなかった。
上の階の部屋の様子などお構いなしに。
「ど、どどどどどうしよう??」
そう焦って周りを見渡した時、ようやく目があった。その部屋の主人と。
そこに立っていたのはポニーテールをおろした、ブラジャーとショーツしか身につけていないほぼ裸体を晒すドジエルフが。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「!?…!?」
ヴィルヘルムの旅団生活は波乱の始まりだった。
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