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第2話 巫女に選ばれたので、人生勝ち確ルートに入りました?

 コロヌの里には、そこそこ大きな広場が設けてある。


 先程水を汲みに行った噴水の周りにはある程度のスペースがあって、そこに里のみんなが集まっていた。何だかざわついている感じで、みんな心配そうな顔で各々話し合っている様子だった。


 その噴水の前には、神官様特有の帽子を被り、白衣を見に纏った年輩の男性が立っていた。長く伸びた白髭をさすっている割には何故か幾らか若く見え、威風堂々とした佇まいを披露していた。


 ……神官というのは、神のお使いとして巫女と共に君臨する、巫女の側近のようなものだ。ことあるごとにさまざまな空島を練り歩いては、エルフをお守りする神と、それに使える巫女様のことを話し、信仰を促している。


 神官様たちは基本的に、私たちのような庶民に対しても、聞けば色々なことを教えてくれる。地上にいる人間という種族についても教えてくれる。

 自分たちとは比べ物にならないほどに貧弱で、か弱き存在として。


「神官様! た、ただいまカーテネラを連れて参りました!」


 私を連れてきた里の人がそう叫び、神官様の前に私を促す。


 恐る恐る神官様の前に赴けば、相変わらず白髭をさすりながら、私のことを値踏みするように睨み回している。

 巫女様に限りなく近い存在である立場の神官様が、ただの一般庶民でしかない私を名指しで呼び出すなど異常だ。私が何かとんでもないことをしでかしたのだろうか?


 まさか、私に羽がないことが原因で――


「あなたがカーテネラ様で、間違いありませんか?」

「は、はい……」


 緊張でおかしくなりそうな頭を必死に働かせて応じるが、そこでふと、私は何か違和感を覚えた。


 ……カーテネラ、()


「おめでとうございます、カーテネラ様。あなた様が次期巫女に選ばれましたこと、ここにご報告申し上げます」


 そう言って神官様はにこやかな笑顔を浮かべ、私の前できれいに跪いてみせた。


 …………。


 ……はい?


「あ、あの……。お、おっしゃっている意味がよくわからないのですが……」

「そのままの意味です。あなた様は次期巫女に選ばれ、エルフが支配する数々の空島を守護する任に付かれたのです」

「…………」


 緊張と混乱でますますおかしくなりそうな頭をどうにか働かせようとするが、もはや何も整理がつかない。


 変な夢でも見ているのだろうか。


 白昼夢という現象を、いつ頃か別の神官様から聞いたことがある。

 人やエルフは、『何か』を心の底から渇望する時、寝ているときのみならず、起きているときでさえもそういった『何か』の幻想を見ることがあるんだとか。

 だから今起きているこの出来事も、私だけが見ているそういった幻なのだとしたら、まだいくらか納得できるものなのかもしれない。


 だが、それはあまりにも考えづらい。もしこれが白昼夢なのだとしたら、どちらかというと悪夢に近いものだ。

 なぜなら私は、巫女になりたいなんて思ったこともないし、むしろできればなりたくなかった節さえあるからだ。


 だから私は覚悟を決めて、自分のほっぺたを思いっきりつねってみた。


 ……普通に痛い。


 頬にひりひりと走る痛みは、本来は私自身を現実の世界に引きずり出すために生じさせたもの。しかし、目の前の光景には何ら変化が無い。


 つまり、これは――


「み、巫女様!?」

「あのテネちゃんが、次の巫女様に選ばれるなんて……」

「す、すごいじゃない!! これは里をあげて宴の準備をしないと!」

「おいお前ら! 今夜はごちそうだ。いそいで準備しろ!」


 神官様の報告を聞くなり里のみんなはとても喜び、私を褒めたたえてくれたり、今夜の宴の準備に奔走したりしていた。


「ほら、どうしたのテネちゃん、表情が硬いわよ? もっと喜んでいいのよ?」


 さっきからずっと、私の顔に一切の変化がないのは自覚している。


 表情が固まっている。いや、表情を変えることができない。


 受け入れられない。


 嘘だ。


 なんで?


 私は神様なんて信じていない。本来、私に巫女なんて務まるはずがないのに。


「あの、なにかの間違いじゃないんですか? だって、私にはほら、見ての通り羽がありませんし……」


 そう神官様に訴えかけるけど、


「……しかし、現巫女様が予言なさったことですので」


 一蹴されてしまった。


 けれども神官様は、私から若干目をそらしながら、苦い顔をしていた。

 その様子は、どこか気まずそうにしている風にも見えた。


「ねえカー姉ちゃん、どうしたの? あの巫女様に選ばれたんだよ? どうしてそんな浮かない顔をしているの?」


 後から付いてきたイマトゥラにまで心配されてしまう始末。


 このままぼーっとしているのは、さすがにまずい。

 ひとまずここは受け入れないと。


「わ、わかりました。では、私はこれからどうすれば……?」


 どうにか無理やり笑顔を取り繕って、最低限聞いておかなければならないことを伺う。


「三日後に、現巫女様があなた様をお迎えにいらっしゃいますので、その時我々と共に神都へ参りましょう。詳しいことは、またその後に」


 そう言って神官様は立ち上がると、そのまま踵を返して里を後にしようとする。


 三日後。


 猶予はたったの三日。それまでにどうするべきか考えておかなければ。


「……ああ、それとカーテネラ様」


 しかしそこで神官様は一旦足を止め、私の方へ頭を向けながら、


「あまり、自身の出自にとらわれてはなりませんぞ」


 そう一言だけ言い残して、今度こそ神官様はこの里を後にした。


 その言葉は、あるいは私を励ますつもりで言ってくれたのかもしれないが、もはや今の私にその言葉を気にする余裕はなかった。


 巫女様の予言は絶対。

 次期巫女に選ばれた場合、基本断ることはできない。


「ねえ、カー姉ちゃん……?」

「……ごめん、イマトゥラ。突然のことでお姉ちゃん疲れちゃって。ちょっと一人にしてくれない?」

「あっ……」


 わき目も降らずに私は、深く広い森の中へ走り出した。


 誰の声も届かない場所で


 ほんの少しの間だけ、一人になるために。

 

 

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