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第1話 日常の価値観は人それぞれです


 「お布団が気持ちいい……。もう一生ここから出たくないやぁ」


 エルフの朝は早い。

 まず布団から起きたら、巫女様が住んでいるという神殿に向かってお祈りしなければならない。それが済んだら、噴水から水を汲んで顔を洗い、昨日の分の木のバケツの水にぶちまけておいた食器や洗濯物を洗う。その後は家の畑仕事をやったり、里のみんなと協力して森へ採集に出かけたり、まあ色々だ。


 エルフは空に浮かぶ島、通称空島に住んでいる。

 一応、地下にある僅かな水の魔石から水が手に入るものの、それだけでは里全員分の水を確保するには到底足りない。だからうちの里では、水属性の魔法が使える人たちで、交代で噴水に『水源』の球を作るのが役目になっている。


 さて、そんなわけでまずはお祈りをしなければならない訳だが……。実はこのお祈りは、起きたタイミングということ以外、時間は何も定められていない。各々の望む時間帯に、好きなようにやればそれで問題ないのだ。


 そこで、天才な私は閃いた。ずっとこのお布団でぬくぬくしていれば、そんな面倒くさいことなどしなくて済むのでは?


 よし、そうと決まったら作戦決行! しようとしたんだけど、


「ちょっとカー姉ちゃん! いつまで寝ているの? もうみんな水汲み終わっちゃったよ!」


 とても聞き覚えのある可愛らしい――そして今に限ってはとても忌々しい少年の声が響いてきた。


「うぅ、待ってよぉ……。お姉ちゃん今日はとっても眠いの。もう少し寝かせてよムニャムニャ――」

「まーたそんなこと言って。畑の野菜がダメにならないのは一体だーれのおかげなんだか。これでもくらえ!」


 いつの間にか私の部屋までズカズカ入り込んでいた少年は、あろうことか毛布に包まっている私の体に全体重をかけてダイブしてきた。小さな子供とはいえ、さすがにこの勢いで派手に飛び掛かってこられたらひとたまりもなかった。


「グフェ!? ちょ、ちょっとイマトゥラ! レディに向かってそんなことしてたら、あんた一生結婚なんてできないわよ!?」


 そう言って、私は勢いよく飛び起きながら、その少年の方を見る。


 あどけなさ全開の、80歳くらいの小さな子供。ツンツン頭の水色の髪はそこまで主張が強くなく、水色の瞳はどこまでも純粋さに満ちているようで、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうなほどだった。

 肌はとても綺麗で柔らかそうな程に白く、尖った耳はエルフの象徴としてちょこんと可愛らしく付いている。背中についている美しい模様が描かれている4枚羽はまだ小さく、今は母親と一緒に飛ぶ練習をしているんだとか。


 彼の名前はイマトゥラ。私のことをカー姉ちゃんと呼んでいるが、別に血のつながりはない。私の両親が行方不明になってからは一緒にこの家に住んでいるわけで。つまり彼は、私の義弟だ。

「レディにはしないよ。カー姉ちゃんだからするんだよ」

「いや、私はレディじゃないとでも言うつもりなの?」

「お祈りと仕事をサボろうとしてぐーすか眠りこけている人のどこがレディだって?」

「…………」


 このクソガキが。


「ほっぺた膨らませてもダ〜メ! まあとにかく、僕はママのお手伝いしてくるから、それが終わったらまた弓撃ちの練習しようね。それまでに、カー姉ちゃんもうちの用事終わらせておくんだよ?」


 そう言って、彼は自分の仕事に戻ってしまった。こんな小さな子にお世話をされているところなど、とても人前には晒せない。


「はぁ……、しょうがないからやるかー。あー、あー、神様巫女様今日もありがとーございます。はい」


 そうしてエルフの神聖なお祈りを5秒でちゃっちゃと終わらせた後、私は本来の仕事を始めていった。




 何度も言うが、エルフは空島に住んでいる。なので、羽を持たない地上の人間たちがここを訪れることは、まずないと言っていいだろう。

 それでも、もし仮に人間がこの里を訪れたのだとしたら、彼らは口をそろえてこういうかもしれない。


 私たちは、一生忘れられない景色を見た、と。


 ここはコルヌの里。地上にはないであろう世界が広がる空島の中でも、神都から遠く離れたところにある田舎の楽園。


 水を汲みに噴水へ向かう途中、ふと里全体を見渡してみれば、そこには美しい風景が広がっている。


 緑あふれる自然とともに生きる私たちは、空島特有の紫の美しい花を咲かせる大樹の中を掘って、そこを住みかとしている。中にろうそくが入っている紙製の灯篭がそこかしこに置いてあり、所々の泉には睡蓮花が浮かんでいる。

 そして、外を出歩くときに必ず出くわすのが、数えきれないほどに飛び交う色とりどりの光る蝶。パピリオという、これまた空島特有の精霊だ。にこにこ笑顔で「おはよう、みんな」と軽く挨拶してあげれば、彼らは私の周りをぐるぐる回って、それに応じてくれる。


 だが空を見上げれば、4枚の羽を羽ばたかせて自由に飛び回るエルフたちと、それについていく数百ものパピリオたちの姿を見ることができる。飛び交うエルフたちの行動はさまざまで、かごに入ったりんごをどこかへ運んでいく人もいれば、空中で鬼ごっこをしている子供たちの様子も伺える。


 人間たちがこの光景を見た時にどう感じるのか、私にはわからない。だが、少なくとも地上には存在しえない景色であることは間違いないだろう。


 今見ているこの里の様子だって、私は十分美しいと感じている。だが、小さいころに母が教えてくれたところによると、地上にはこれとは比べ物にならない程の絶景が広がっているらしい。

 そこには一体どのような世界が広がっているのだろうか。


「おーい、テネちゃん。何そこでぼけっとしているんだい? 早く水汲みにおいでー!」

「あ、はーい! 今行きます!」


 噴水管理の人にうっかり催促されてしまった私は、きれいな水が無限にあふれ出ている噴水のもとへ、駆け足で急いでいった。


 幼いころからの憧れを、まだ見ぬ人間の世界へ抱きながら。




 また小さい頃、畑仕事をする度に疑問に思うことがあった。

 空島の土は、一体何処から来ているのだろうか、と。


 そもそも空島が重力の流れに逆らって浮いていること自体摩訶不思議だが、その島にある土をすくって息を吹きかけると、ちゃんと空に舞い上がり、そして落ちていくのだ。

 この様子だと、島そのものは無くならないにしても土はどんどん削れていくわけで、そうなると住める場所はどんどん減っていってしまうのではと、子供らしからぬ事を考えていたものだ。


 けれどそれは、ある日この里にきた神官様へ聞いた時、特別に教えてもらった。


 空島というのは、元々は地上の一部で、先人がかけた特別な魔法によって浮かべているだけとのこと。その為、空島の一部が欠けたとしても、その魔法の強制力のお陰で、()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 ますます訳がわからなくなりそうだが、とにかくその魔法が消滅しない限りは、空島が無くなることはないらしい。


 そう言うわけで、現在私は畑作業の真っ最中である。

 うちの畑ではおもにりんごを栽培していて、これはイマトゥラの大好物でもあったりする。そんな中、時たま周囲を飛び回っては農作業を絶妙に邪魔してくるパピリオたち。どこまでも呑気に飛んでて、羨ましい限りだ。


「あら、おはようテネちゃん!」


 そんな時、不意にうちの家の中から美しい女の人が姿を現した。

 透き通るような水色のロングストレート髪が特徴の彼女は私の義母で、名前はマルツィアさん。身寄りのない私を引き取ってくれた恩人で、イマトゥラの実母でもある。


「あ、おはようございます。マルツィアさん!」

「ごめんねぇ~! さっきまで洗い物に忙しかったから、起きていたことに気づいてあげられなくて」

「いえいえ、全然気にしなくて大丈夫ですよ。私の方だって、イマトゥラが来なければそのまま寝過ごしてしまったかもしれないので」


 そう言って、マルツィアさんに軽く微笑みを返す。けれども私は、この人とは引き取られた時からどこかよそよそしく接してしまうところがある。もしかしたら、私の中では、未だにマルツィアさんのことを信用できずにいる所があるのかもしれない。


「それにしてもまぁ、テネちゃんも大きくなったわねぇ。えらいべっぴんさんになっちゃって。ルーミストに似て、だいぶ逞しいところも出てきたんじゃない?」

「……っ」

「親友のよしみでテネちゃんを引き取ったのはやっぱり正解だったわ~! だってこーんなかわいい子、誰にも渡したくないもの! 私が男だったら結婚しちゃいたいくらい!」

「は、はは……」

「なーんて冗談よ! 冗談! でも可愛いのは本当だから、テネちゃんならきっといつかいい男に巡り合えるわよ~!」

「あ、ありがとうございます……」


 両親の話が出るたび、私はつい言葉に詰まってしまうところがある。


 里のみんなには本当に感謝している。こんな私を、里の一員として置いてくれるのはすごくありがたい。

 でも、だからといって嬉しいかどうかと言われると、正直なところ微妙だ。


 私のお母さんも羽がなかった。小さい頃に聞いた話だと、私が生まれる前、ここにくる前に住んでいた里では、それはそれはひどい迫害を受けていたらしい。だから両親は、母の故郷であるこの里に移り住むことで、なんとか迫害から逃れたんだとか。


 おまけに、私の親はもういない。死んだのかどうかもよくわからない。ある日突然いなくなってしまった。


 もう私を置いておく理由なんてないはずだ。良くないこととはわかっているけど、いつか里の皆が本性を表すのではないかと、つい勘繰ってしまう。


 それは、義母であり恩人でもあるマルツィアさんに対しても、例外ではなかった。


「できれば私が本当の母親になってあげたいんだけど、それはテネちゃんが決めることだから……。でも、私は応援してるわよ。どんなに苦しいことでも。テネちゃんの恋なら、どんな形であったとしてもね!

 あ、それと今日も息子がテネちゃんと弓の練習をするってはりきっていてねぇ。イマトゥラのこと、今後もよろしくわね」

「は、はい。お任せください!」


 マルツィアさん、ごめんなさい。きっと、私はそんなにいい人ではありません。

 でも、それでも息子さんを私に預けたいと言うのなら……、私は全力で、それに応えていこうと思います。




「あ〜、また外しちゃったよぉ」


 午後、里のみんなとの採集活動も終わり、自由な時間が取れた私は、イマトゥラとの約束通り、里からやや離れた森の中で、弓を扱う練習をしていた。

 木の幹を的に見立てて、それに矢を当てるという至って単純な練習。けれども、的からの距離は歩幅10歩分もある為、初心者にはなかなか難しい所。


「あーっはっはっはっは! 弓でこの私にかなおうだなんて千年早いのよ千年!」


 一方、私は小さい頃から弓術をそれなりに嗜んでいたので、これくらいの事はお茶の子さいさいである。

 なので早速、イマトゥラの前で5本連続命中させてやった。今朝の報復もかねて。


「ちょっとカー姉ちゃん! 何かズルしてるでしょ! ねぇ!」

「ズルしてませーん! あんたの腕が鈍いのよ腕が! ほら、文句言っている暇があったらあと20本! 心を落ち着かせて慎重に、ね♪」

「わ、わかったよ……」


 少々調子に乗り過ぎてしまってる所がある気がしないでもないが、この練習は元々彼の方からしたいと言ってきたのだ。

 何でも、前に見た聖国軍の弓部隊の面々を見て、憧れるようになったんだとか。私と違って、良い心意義を持っているものだ。


 そんなわけで、弓を引くのに四苦八苦しているイマトゥラを暖かい目で見守っていたんだけれど。


 そんな日常は、この日、突然終わりを告げる。


「カーテネラちゃん! カーテネラちゃんはいないか!」


 突然、里の人が私の名前を叫びながら森の中へ入ってきた。それも凄い慌てようで。


「ど、どうかしましたか?」

「ああ、ここにいたのか! すぐに広場へ来てくれ! 神官様が、お前に用があるとお越しになったんだ!」

「え、えぇ!?」

 

 青天の霹靂とは、まさにこういうことを言うのだろう。

 思えばこの時から、私の人生は大きく変わり始めていたのかもしれない。

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