第9話 崩壊
空は朱く染まり、島中に悲鳴がこだましている。
あれほど美しかった石の建物の数々は大半が崩れ、あちこちで火の手が上がっている。草木は焼き払われ、魑魅魍魎が跳梁跋扈している。
この空島にいるのは、私たちを除いて、身体が半壊しているエルフたちの死骸と、血まみれになりながら逃げまどう生き残りのエルフたち。そして、黒い翼を持った異形の化け物たちだった。
どのような姿かたちをしているかと問われれば、それこそ異形だと言わざるを得ない。先ほどのドラゴンとはわけが違う。
頭が二つに割れた巨大な鳥に、触手が大量に生えた色違いのパピリオたち。神話に出てくる人型の悪魔そのものなんかもいて、それらは次々にエルフたちを嬲り殺している。
まさに地獄絵図だ。
「なに、これ……?」
神官の女性が一人、その場で崩れ落ちた。嗚咽を漏らして泣いている。
他の人たちも皆、信じられないといった様子でこの惨劇をただただ茫然と見つめていた。
私だっていまだに信じられない。私たちが世界樹の内部に入っている間に、神都がこんなことになっていただなんて。いったいこれはどうしたことだというのだろうか。
エルフが扱う魔法は、人間と比べてはるかに強力で、全ての生命の頂点に君臨するとも言われているのだ。それは一般市民だって例外ではない。
私のような魔法が碌に扱えない稀有な存在を除いて、エルフの中には基本『弱者』とよばれる者など存在しないはずなのだ。
それがこうも、いとも簡単に蹂躙されるだなんて。そもそもあの異形の化け物たちは一体どういう存在なのか。
わからない。わからないが、今はこの状況をどうにかして打開しなければ。
この空島は既に、黒い翼を持った化け物たちに包囲されていた。強さだけでも未知数なのに、これだけの数を相手にするなんて無謀だ。となると、残る道は――
「ああ、巫女様!」
なんて考え事をしていると、遠くで逃げ惑う一人の男性と目が合った。その男性は歓喜の表情を浮かべて、私にすがってくる。
「巫女様、お願いです! どうか、我々をお救い――」
だが、そこまでだった。後ろからいつの間にか迫っていた黒いフードの化け物に剣で首をはねられたからだ。ドバっと、赤い鮮血が、残った胴体部分から大量にあふれだす。
「…………っ!? うっ……」
思わず、吐きそうになった。私を頼ったエルフが、私が手を差し伸べる前に、目の前で殺されたのだ。救えなかった罪悪感と、多大なる絶望感が襲ってくる。
「な、何を突っ立っているのだ。神都の危機にただ指をくわえてみているだけのつもりか! 我々も参戦するぞ!」
「「「は、はい!!」」」
「わたくしも行ってまいりますぞ、巫女様!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私の制止の声も聞かずに、護衛のリーダー格の男性は他の護衛達をまとめて化け物退治に行ってしまった。ジルベルドさんも別方向に行ってしまった。
「さあ、食らいな! 『サンダーアロー』!」
先ほどドラゴンに初撃を与えた護衛が、血で紅く染まった剣を携えた黒いフードの化け物に雷の矢を食らわせる。
それは確実に命中するはず……だったのだが、なんと黒フードはその矢を剣ではじき返したのだ。
「なに!? がっあぁああああああああああああ!?」
それがどういう軌道で護衛達に帰って来たのかはわからないが、とにかくその矢は護衛達に命中してしまい、矢を放った本人も大けがを負ってしまった。
そして、それを見逃す黒フードではなかった。巧みな剣裁きと同時に、一気に三人のエルフの首を落とした。
「…………」
そのあまりにも一方的な戦いに、残った私たちはただ見つめている事しかできなかった。
そう、あれらとは戦うこと自体が間違いなのだ。私たちは、ただどうにかして逃げる道を模索するほかないのだ。
「カーテネラさん、みなさん! 無事ですかー?」
そんな時、聞きなじみのある声が聞こえてきた。上を見上げると、全身傷だらけになりながらもしっかりと羽を羽ばたかせて飛んでいるエリヴェーラ様の姿があった。
「エリヴェーラ様!? どうしてここに……」
「みなさん、ここは危険です! 他の空島も同じように急襲を受けています。急いで昇降機で地上に避難してください!」
「で、でも、エリヴェーラ様は?」
「ここは私たちがなんとか食い止めます。ですから早く!」
「ま、待ってください! エリヴェーラ様が戦うなら、私だって――」
「なりません、カーテネラ! あなたには使命があるでしょう? 今こそ、その使命を果たしに行くのです!」
「そ、そんな……」
「私たちの事は心配いりません。そのうち追いつきます。ですから早く!」
そう言って、エリヴェーラ様は敵陣のど真ん中へと突っ込んでいった。
直後、激しい七色の閃光が次々に放たれた。エリヴェーラ様が戦っているのだろう。
……こうなった以上、私がしっかりしなければ。
「みなさん! 聞いてください!」
私は、残った神官たちに向かって、精一杯声を張り上げた。
「今から出来るだけ多くの生き残っているエルフたちを探してください! みんなで一緒に地上に降りましょう!」
「「「はい!」」」
神官たちは威勢のいい声を上げて、生き残っているエルフの救出に乗り出した。
私も化け物に気を付けながら頑張って探さないと!
十数分後、合計10名の生き残りたちを救出することができた。私も一人見つけ出すことに成功した。
よかった、頑張って探したかいがあったな……。
「いいですか、みなさん! 昇降機へ向かいましょう!」
「「「おう!」」」
私たちは10名のけが人を運んだ状態で、昇降機を目指すこととなった。
護衛達は皆戦いに向かってしまって人数が減ってしまったが、彼らの勇気を無駄にしないためにも、私たちだけでもどうにか生き残らなければ。
昇降機は世界樹をはさんで神殿の反対側にある。そこまで急がないと。
そうして走ること数分後。
けが人の傷の状態も見つつ、全員のペース配分にも気を使っていた。もうみんなへとへとだ。でも、あと少し。もう昇降機は遠くに見えている!
そして、ついに昇降機にたどり着きそうになったところで、
『まだこんなところにいたか、貧弱なエルフ共が』
この世の物とは思えないほどに低くどう猛な声と同時に、一体の黒い翼の化け物が私たちの目の前に現れた。
……いや、今回現れたそれは化け物というより、エルフに近い見た目をしていた。耳がとんがっていたり、羽の形がエルフのそれと似ていたりするのだが、肌は全身真っ黒で、目は瞳の部分がなく白目だけだった。
これは正直、まずいかもしれない。
昇降機はもう、目の前にあるというのに!
『貴様ら全員、我らの糧としてやろう』
そういって、黒いエルフは私たちの前で右手を開いて見せた。ぼうっと、青白い炎が掌の上に浮かんだ。
あの炎を投げつけてくる……のかと思いきや、黒いエルフはその炎をそのまま握りつぶしてしまった。
だが、その途端、私以外の全員の動きがぴたりと止まった。まるで金縛りにあったかのように。
「なんだ、これ……?」
「うご、けない……?」
「そんな……どうして……」
いや、あったかのようにではない。実際に金縛りにあっているのだ。あの黒いエルフが何かをしたとしか思えない。
「巫女様……お逃げ、ください」
誰かが言った。
「で、でも――」
「いいから早く!」
その瞬間、
金縛りにあった人たちの頭部が爆ぜて、辺りに血の雨が降り注いだ。
「……えっ?」
気付いたことには、私の周囲にはエルフたちの死骸しかなかった。神官たちも、救助したエルフたちも、みんな頭部が爆ぜて胴体部分しか残っていなかった。
先ほどまで、希望の光を瞳に宿していた、私を慕ってくれていた人たちの姿は、もうない。
『巫女よ、貴様だけは生け捕りだ。我々の領域に案内してやろう。レイチェル様からの御命令だ』
「あ、ああ……!」
落ち着け、私。
その場で崩れ落ちてしまいたい衝動にかられた。
そうでもしないと、どうにかなってしまいそうだった。
私のせいで、私がもたもたしているから、こうして手遅れになって、たくさんの人が死んでいった。
一体どうすればよかったのだろうか。
絶望が瞳を覆う。目の前が真っ暗になっていく。
体など、もうまともに動けるような状態じゃなかった。
あまりのショックに、未だに感情がついていけてないのだ。
それでも今、こんな他のエルフよりも貧弱な私が取れる行動など、一つしかなかった。
『……おい、どこへ行くつもりだ』
逃げた。
とにかく、私は逃げた。
昇降機はもう使えない。こうなったらもう島の端まで行って、一か八か――。
『あきらめろ、貴様にもう逃げ場などない。この空島は間もなく崩壊し、地上に落ちる。他の空島も、全てだ』
化け物が何か言っているが、私の耳には届かなかった。後ろを振り返ると、化け物は、逃げ惑う私の姿を愉しむかのようにゆっくりとこちら側へ歩み寄ってくる。
それでもかまわなかった。崩壊したがれきの山を乗り越え、血反吐を吐きそうな思いで必死に逃げ続けて、ついに私は島の端っこまでたどり着いた。
『さあ、もう終わりだ。間もなくエルフたちの繁栄は終焉を迎える。そうなる前に、早く我々の元へ――』
島の端から下を見下ろすと、分厚い雲に覆われていて地上の様子を確認することは出来なかった。
怖くないと言えばうそになる。本当は、ものすごく怖い。でも、私が生き残る道は、もうこれしか――。
『さあ、我々の元へ――』
そう言って手を差し伸べてきた化け物。私はその手を取る――ことなく思いっきり払った。
「誰があんたみたいな気色悪い奴についていくものですか! べーだ!」
私は化け物に向かってあっかんべーをして、
そのまま背中から宙に身を投げた。
『き、貴様!?』
化け物の驚いた顔がどんどん小さくなっていく。
やがて視界は神都全体を映し、空島全体を映し、その空島も小さくなっていく。
――ああ、やっちゃったな、私。
私は内心死を覚悟していた。
空島の端から飛び降りることにはどうにか成功したものの、こんなので生きて地上にたどり着ける保障なんてどこにもない。むしろ地面にたたきつけられてそのまま死んでしまう可能性の方がはるかに大きいだろう。
こんなことは、小さい子供でも分かることだというのに。
憧れの地上に、まさかこんな形で降りることになるなんて、いったい誰が予想できただろうか。
私の体はそのまま落下スピードを上げていき、とうとう分厚い雲の中に突入した。視界は白い雲だらけで、もはやなにも見えない。
ああ……もう、なんだかどうでも良くなってきたな。
いっそ、このまま――
…………
「…………?」
その時、私は気づいた。
私の体が、ほのかに黄色く光っている事に。
「……えっ?」
その光は、徐々に大きくなっていき、同時に私の意識もおぼろげになっていくのを感じた。
私はその眠気ともいえないなんとも心地よい快感に身をゆだねて――
そして、意識を手放した。
『六枚羽の約束』序章はこれにて終了です。
次回から第1章が始まります。




