第8話 天界
私の名前はルアシス。この世界のほとんどの人が信仰しているルアシス教の神ということになっている。
私はこの世界が少しでもよくなるように頑張ってきたつもりだった。人々の願いはなるべく叶えてきたし、自分の手の届かない範囲の場合でも、精霊達と協力するなどして最大限努力してきた。
その日も私はとある国の少女を助けるため、盗賊に身をやつして出かけていた。といってもそれはいくつかある分身体の一つで、本体は天界にいた。分身体は作るたびにいろんなキャラクターを作れるので楽しい。私の最大の楽しみになっていた。
その分身体を作る時、天界ではこんなやり取りが行われていた。
「お嬢様、今回の、囚われの少女からの解放してほしいという願いですが、どういたしましょうか」
「そうねえオースター、今回は私が行くわ。最近は余裕ができたし、また分身体が作れそうなのよね」
オースターというのは私と契約した精霊である。私がとある貴族令嬢と接触するため、金髪縦ロールで紫の瞳のヴァイオレットという分身体を作り、オースターに老紳士の執事の恰好をさせたところノリノリで演じていたため、天界に戻ってからもそのまま執事をさせていた。ちなみに私もヴァイオレットの恰好が気に入ったので、この姿を本体にしている。
「そうですか。しかしあなたは現在では多くの精霊と契約しておられます。待機中の精霊も多くおりますし、彼らを行かせてもいいのでは?」
「そうだぜ、オレも最近ずっと天界にいて腕がなまってんだ。ひさびさに外であばれてーぜ」
そう言ったのはスタンザという精霊である。ヴァイオレットとして下界に行った時に彼女にメイドの恰好をさせてみたのだが、まるで似合わなかった。なにしろ彼女は武闘派の精霊なのでいつも野生の獣みたいに目をギラギラさせているし、口調も荒いし、すぐにメイド服を脱ぎ捨てて戦闘に入ってしまう。明らかな人選ミスだが、面白かったので天界に戻ってからもそのままメイドをやらせている。
「必要ないわ。今回は面白いことができそうだから是非私が行きたいの。それに今回は隠密行動が求められるの。スタンザには向いていないわ」
「し、しかし……」
「いや、でもさ……」
「私の決定に文句があるの?」
「滅相もございません」
「わ、わかったよ!」
「今回はそうねえ、彼女が親近感を持ちやすいように十三か十四歳くらいの少女にして、職業は隠密行動しやすい盗賊にしましょう。名前は……ルナにしましょうか」
「よろしいのですね」
「ええ、お願い」
「次はオレも行かせろよ!」
「ええ、あなたにふさわしい場が見つかれば是非。期待してるわよ」
こうして、ルナという分身体が作られ、下界に解き放たれた。
なお、願いを最初に届けられたのは私で、分身体を作って動かすのも私、そして精霊が私に異を唱えるということはほぼないので、このやりとりは全て茶番である。
それでもやっていたのは私やオースター、スタンザが楽しいからであった。私たちが人々の願いを叶えるのも娯楽である。つまり私は完全に調子に乗っていた。あの頃の自分をぶん殴ってやりたい。
だからこの後あんな目に遭ってしまうのだ。取返しのつかない目に……
ルナが作られてから少し後のこと。
私はいつも通りヴァイオレットの姿でオースター、スタンザとお嬢様ごっこをしていた。
「お嬢様、今度の願いはどういたしましょうか」
「なーなーヴァイオレット嬢、今度はオレにやらせてくれよ、ねーねー」
「そうねえ、今度は――」
ここまで言って私は言葉を止めた。
不意に不穏な気配を感じたからだ。
オースターやスタンザも気配を感じたようで、既に臨戦態勢に入っている。
一体何者か……と構えているといきなり背後からそれは襲ってきた。
黒い外套を纏った人影で、顔を仮面で覆っている。
人影はいきなり剣を突き刺してきたが、咄嗟にスタンザがこれを手で受け止めた。
「これを止めるか」
「面白いじゃねーか。オレが相手してやんよ!」
淡々と呟く黒づくめの男に対してスタンザは不敵に笑い、そして戦闘が始まった。
その戦闘は常人には目で追えないほど激しいものだった。
殴り、蹴り、武器を取ったかと思えば炎を出し、避け、受け止め……何でもありだった。
「へえ、炎を出すんだ。炎はオレの専売特許かと思ったけど、やっぱりおめえはおもしれえな!」
「……」
そう、スタンザは炎の精霊だったのである。とても楽しそうだった。
それに対して黒づくめの男は答えない。
ちなみに炎の精霊は他にもいるので別にスタンザの専売特許ではない。
いや、そんなことよりも。
なぜ、この天界に襲撃者が現れるのか。
私と契約していた精霊達はどうなったのか。
普段なら襲撃者が来ても精霊達が対処して終わりなのに……
嫌な予感がした私は精霊達との意識の疎通を試みるが、うまくいかない。
予感は確信に変わった。今更だが。
何かはわからないが、大変なことが起きたのだ。
そう思った時だった。
「お前の精霊は既に我々の手に落ちた」
突然背後から声がして、別の黒づくめの男が私を襲ってきた。
すぐさまオースターがこれを防いだ。
オースターはこのことを予期していたのかすぐに対応できたが、黒づくめの男たちはどんどん出てくる。
オースターやスタンザは高位の精霊だ。襲ってきた男たちを次々に天界から落としていく。しかし相手の数が多い。形勢は次第に悪くなっていく。
私も参戦しようとしたその時、
「ルアシス様、お逃げください。ここは危険です」
切迫した様子でオースターが言った。
「な、何言ってるの? ここで逃げたらあなたたちが危ないじゃない。あなたたちを置いて逃げるなんてそんな真似――」
「あなたに万一のことがあったら世界はどうなるのですか! 今あなたがいなくなれば多くの人が犠牲になるのですぞ! あなたは自分が生き残ることを第一に考えてもらいたい」
「そうだぜ、この状況は楽しいけどちょっと厳しいな。早く行ってよ。あとで追いつくからさ」
オースターに加えスタンザも言ってくる。私はなおも言いつのろうとするが、
「スタンザ、頼む」
「オーケー。お嬢、行ってきな!」
スタンザはまとわりつく黒づくめを吹っ飛ばすと、その勢いのまま私を天界から突き飛ばした。私は天界から落ちていく。やがて、オースターとスタンザは男たちに囲まれて見えなくなった。
私がその気になれば男たちを吹き飛ばして、オースターとスタンザを救出できるはずだけど……
本当にそうだろうか?
天界まで侵入してきた男たちが何も対策してこなかったとは考えにくい。すでに異常事態は発生しているのだ。それにもしここで失敗したらオースターとスタンザの決意を無駄にしてしまう。それは嫌だった。
ならば元凶を叩くしかない。そう思った私は空中でバランスをとると、あたりに渦巻く悪意が収束する場所に向かった。
黒づくめの男たちの親玉と思しき人物はすぐに見つかった。
彼は天界の隅で、一人で佇んでいた。
「ほう、思ったより早かったな」
「当然よ、私はこの世界の神なんだから。どうゆう訳かは知らないけどこんなことしてただで済むとは思ってないわよね?」
「立場がわかってないようだな。貴様の精霊はすべて我らの手に落ちたというのに」
「どういうことかしら?」
「すでに勝敗は決しているということだ」
「ふざけないで! 私がいる!」
「力を奪われた貴様になにができる」
「精霊は私の力じゃない! 友達よ! ……待って、オースターとスタンザはどうなったの?」
「誰のことかは知らないが、すべてと言った」
「嘘よ! 早すぎる!」
「手の内を見せるような真似はしたくなかったが……仕方ないか」
そうつぶやくと彼は私に向かって多種多様な攻撃を放ってきた。
私はすべて避けたが、その中にオースターのものと同じ風の攻撃と、スタンザのものと同じ炎の攻撃が入っていたのがわかった。
これで私は理解してしまった。
オースターとスタンザはやられてしまったのだ。
そして、彼は全力で叩き潰さなければならない相手だということも。
ただ、一歩引いて冷静に対処すべきだった。
あの時の私は頭に血がのぼっていて、相手が切り札を隠しているという、基本的なことにまで気が回らなかったのだ。
「許さない! あなたはこの私が、たおす!!」
私はそう言ってヴァイオレットの姿から、真の姿へと変えた。
真の姿でないと彼を全力で叩き潰せないと判断したからだ。……これが間違いだった。
「――この時を待っていた」
彼がそう言ったかと思うと、いきなり私の体が動かなくなった。何をされたかはわからなかったが、まずい、と思った。
このままでは私は殺されてしまう。なんとかしてここを脱出しなければ。どうしたらいいか、私は瞬時に考えた。
その結果、私は信じてみることにした。精霊とのつながりが残っていることを。
やはりというか、なかなかうまくいかない。外界とのやりとりを遮断する結界が作動しているらしく、どういうわけか私の魔力はどんどん吸い取られていく。そもそも精霊は敵に取り込まれてしまったようだから当然だろう。
それでも私は祈り続けた。神が祈るのもおかしな話だけど、とにかく祈った。
――お願い、力を貸して。
やがてそれが通じたのだろう。時間を数秒前に戻すことに成功した。
これが限界だったが、捕らわれる直前、真の姿に戻る直前まで戻ることには成功した。
私は即座に天界から脱出する。
追いかけてくる気配があったが、残る力を振り絞って逃走し、なんとか撒くことができた。
そして私は魔力を回復させてから、自分を封印することにした。
この間、男たちが天界での支配権を獲得したからか私の力がどんどん弱まり、分身体もほとんど消えてしまった。ヴァイオレットの姿を維持することも不可能で、真の姿に戻っている。すでに力で男たちに勝つことは不可能になっていた。
こうなったら一旦身を隠して機会を窺うしかない。
もちろんただ身を隠すだけではない。
自分の分身体の中で、隠密に長けたルナだけは存在を保つことができていたので、ルナとして情報収集しつつ反撃の流れを作ることにしていた。
私の本体は暗い部屋の中で自ら棺に入り、自分に封印の呪文をかけた。
自分で自分を封印するのは骨が折れたが、どうにか成功する。
私の本体の意識は闇に落ち、そして意識をルナに移した。
みーむ「ルアシス、真面目過ぎない?」
彩人「それは同意するけど……僕たちはこのことを知らないはずでは?」
みーむ「これは並行世界のボクたちが、他の世界をみることができる“力”を使ってのぞき見してるだけだから問題はないのだ!」
彩人「そんな設定いらない!」
みーむ「あと、もう一つ補足。ルアシスは黒づくめの男って言ってるけど、見た目の印象でそう言ってるだけで、本当は性別わかってないからね」
彩人「そうなんだ。で、本当はどっちなの?」
みーむ「あれ、どっちだろう? ……」
彩人「ひょっとして作者も考えてないとか?」
みーむ「……」
彩人「おい!」
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