第一話・兄妹? タイトルって何書きゃいいのか教えてくれ!!
季節は春休み、場所は貿易都市と言われるカルカッタの小さな喫茶店。木造の落ち着いた雰囲気をしたマスター一人で切り盛りする小さな喫茶店。
蓄音機から流れる心地の良い落ち着いた曲に耳を傾けながら、マスターの入れた一流のコーヒーを飲む……隠れた名店なのだ。
その場所でコーヒーを飲む男が居た。
深いオレンジ色の髪、四十台には見えないダンディーな顔にはしかし年齢と共に築き挙げた経験に裏付けされる雰囲気が在った。引き締まった体は、服の上からもその質や量が窺える。腰に差す千六百ミリメートルの剣はおおよそ凡人には持つ事は出来ても戦う事は叶わないだろう重量が在った。
「久しぶりだね。仕事かい?」
マスターの男性がお皿を拭きながらそんな事を言ってきた。それはこの男が何度もこの喫茶店を仕事目的で利用している事を露わしている。この店は入り組んだ所にあり、客も少なくマスターも信用における人物である事から男はよく利用しているのだ。
「いや、今日は子供達が学校に行くまでの子守役さ」
そう言って苦笑気味に笑う。男は実家のある田舎町マドラスから子供達を学術都市クライブに送ってそのまま王都ディミルの仕事場に向かうと言うプランで束の間の家族旅行を楽しんでいた。
最近動力として開発された魔封石は、手の加えられた石に魔力を籠める物で、その用途は直径五センチほどの球で百キロの物体を一日は浮かすことが出来ると言うもの。その為に車や飛空挺と言ったものが開発されているのだ。しかしそれらはまだ高値で一般人が手に入れれる物では無い……しかし最近は学術都市、王都、貿易都市だけではあるが飛空挺が橋渡ししていた。
「へぇ……それでは飛空挺を?」
経済の活性化を目的に王が値段を安くしているために飛空挺は民間人もたくさん利用している。マスターもそのために来たのだろうと思っていたのだが男は首を振った。
「せっかくの家族旅行だ……時間もあるし陸路で行く事にしている」
そう言うとマスターは一瞬驚嘆の色を顔に出した。
街道は整備されていない場所が多く、今だに魔獣や山賊と言った類の恐怖の対象が出るのだ。それによる被害こそ少なくなったもののいまだにその被害は甚大だった。
「俺がそんな奴らに後れを取ると思っているのか?」
そう言っていたずらっ子の様に笑うとマスターは要らぬ心配でしたね……。と笑った。
実際にこの男の強さは一般人にもその二つ名が知れ渡る程に有名なのだ。
剣城。その剣は不動の巨大な城の如き護り。自分の領域内に敵を寄せ付けずに護るべき者を護る剣は今だ落城したことが無かった。そして一旦攻めに転じればそれは無数の兵が矢を射るが如し手数に鋭気を蓄えた兵が突進するがごとき勢いは見る者すら恐怖を与えた。
「それでは、お子さんは今どこに居るのですか?」
「んっ? あぁ……午前中は買い物だ。せっかく貿易都市に来たから見て来いと言っている。午後の一時に東出口で待ち合わせている」
「そうですか……それではランチをお出ししましょうか?」
店内の鳩時計が鳴ったのを聞いてマスターがそう言った。男は嬉しそうに頷くと何時も食べている何時間も煮込んだ蕩ける肉が美味しいビーフシチューを頼んだのだった。
場所は貿易都市カルカッタの中央通り。
様々な村、町、国から取り寄せられた製品が一度ここに集められてから各地に行くことが多く、そのために此処は殆どの品が取りそろえられている。そんな場所には勿論多くの人が押しかけてくるものだ。そしてそんな人口の多い場所は治安も悪くなる。しかし見回りをする兵の多さから、治安は良いのだろう楽しそうな笑顔がそこかしこから見られた。
そんな笑顔の一つ、魔法学校に通う少年シュウ・グラッドと少女ルル・グラッドは楽しそうに一つ一つの店をのぞきながら話している。
「ねぇ? お兄ちゃん……このアクセサリー似合うかな?」
ルルは少し恥ずかしそうに顔を伏せながら国鳥であるタカをモチーフにされたネックレスを首元に当ててみる。
金色に縁取られた蒼いタカはルルの白い肌に良く似合っている。幼いながらも可愛らしい顔立ちに腰まで伸びた薄いオレンジ色の髪だけでそこら辺の男の心を掴みそうなルルなのだ。似合わないアクセサリーは無い! と言われるルルには勿論似合っていた。
「あぁ……良く似合ってるぞ」
シュウはそう言ってズボンのポケットからウルフと言われる魔獣の鞣革を使った財布を取り出す。その中から紙幣を出店の主人に渡した。
「へい! ネックレスのお買い上げですね? 五十マルクのお釣りです」
そう言ってシュウの渡した千マルク紙幣は五枚の銅貨になって返ってきた。値段としては普通なのだがルルはシュウに払って貰ったのに罪悪感が在るのか申し訳なさそうな顔でポーチからお財布を取り出そうとする。
それを見てシュウは先に手で制すると財布をポケットにしまってからルルの後ろに回り背中から手をまわしてネックレスの端をルルの手から取った。
「こんな事しか兄らしいことをする機会が無いんだ……受け取ってくれ」
学校では学年が違うために寮では男女で別れているために会う機会が無いのだ。その為にシュウはルルに構ってあげられてないと悩んでいた。この旅では存分に構ってやろうとずっと決めていたのだ。
「……ありがとう」
恥ずかしそうにそう絞り出すと顔を真っ赤にしてつけられたネックレスのタカの部分を両手でギュッと握った。
「もうそろそろ昼飯に行こうか」
シュウの声にそのまま頷くと二人は自然に手を取り合って人ごみの中に身を投じた。店主から見れば終始まるで恋人の様で二人は兄妹じゃなかったのか? と首をかしげた。
シュウはルルの手を引きながら辺りを見回す。色んな物があるが飲食店は少ないのか近くには見えない。ここは一旦中央通りを出る事にしたのか人の波に逆らいながら歩き始めた。
しばらく歩き続けると人の波がふっと切れて開放感に包まれた。後ろのルルも似た様なものだ。やはり二時間もたくさんの人に囲まれていたからか窮屈さに慣れたために開放感が大きい。
シュウはその場所から辺りを見回すと良い感じに一軒の看板が目に入った。その店からは良い匂いが漂って来ている。美味しそうなその匂いは空腹な二人の鼻を捉えて離さない。
「あの店にするか」
「はい!」
そう言ってシュウはルルを引いて店の扉を開けた。外ほどではないにしろ騒がしいがそれは心地の良い楽しげな賑やかさである。
「二名様ですか?」
直にウェイトレスがやって来て席に案内する。
木製のテーブルに木のベンチがついた四人用の席だった。メニューと手拭きを置くと決まり文句を述べて去っていく。二人はメニューを机に広げると料理名の羅列が目に入った。
「俺は煮魚定食かな」
「私はお刺身定食です」
二人は何時もなら食べれない様なお魚を使った料理をそれぞれに注文する。飛空挺こそできたもののまだ技術レベルは低く魚などは市場に出回る分は殆どが干物なのだ。その為に煮魚は塩辛く刺身など見たことも無い。
しかしこの町は海に大河とも面しているために海産物の漁獲高も高く、港町ならではの新鮮な魚料理も人気であった。
ウェイトレスに注文すると二人は自然と会話を始める。その様は中睦まじい恋人同士の様だった。
「俺にも刺身食べさしてくれるか?」
「……うん。食べさして上げる」
そう言って頬を赤らめる。
シュウは刺身を頂戴と言った意味だったか、ルルは刺身を食べさして上げる。俗に言うアーン! をしてくれと言った意味に取ったのだ。
「それにしても、もう後一週間ほどで学校に着くな。二年生は二学期何をするんだ?」
「えっと……魔獣との戦闘技術を磨くサバイバルを目標にした魔法技術の向上と戦闘だったと思う」
流石は優等生。普通そんな一学期の始業式に配られる冊子の途中に書かれている魔法学校の学年プログラムなんて目を通さないのにルルはしっかりと記憶しているのだ。
「それじゃあ、六年生は何をするか知ってる?」
勿論シュウにそんな記憶などありはしない。しかしもうすぐ始まる授業には勿論興味が在る。此処は妹の記憶力に頼ろうと言う事だ。
「六年生は……戦闘技術の向上と実践経験だったかな?」
そう言って首を傾げる。正直言って仔猫の様な愛くるしい可愛らしさのあるポーズなのだ。紅潮した頬も瑞々しい微かに開いた唇も見つめる瞳も流れる髪も全てが可愛く見える。
しかし、実の兄はそう言った対象で見れないのか普通の男なら心に残る様な可愛さも感じない様にメンドクサソウと二学期にする実技に思いを馳せた。
「お待たせしました! こちらお刺身定食と煮魚定食になっております」
そう言って二人の前にお盆が置かれた。白く光るご飯粒に湯気を立たせる味噌汁は一緒なのだが、お刺身定食の方は二枚ずつ六種類の刺身が盛られた皿が、煮魚定食の方は身に十字の印の付いた白身魚がそれぞれ美味しそうに盛られている。
「干物とは大違いだな」
「うん……は、い。お兄、ちゃん」
とぎれとぎれに恥ずかしそうに箸を震わせながら掴まれた刺身は醤油に身を潜らされシュウの口元へと下に手を添えられて出された。自然とルルは立ち上がって身を乗り出す。その際にシュウの目の前には年の割には発達した胸元が見えた。
「んな!!」
驚いたように声を挙げるシュウ。しかしルルは恥ずかしさから聞こえていないのかあーんと口を開けながら言った。
これは羞恥プレイなのか? 美男美女……いや美少年美少女のカップルのあーんと言う行為に店中の視線が二人に集中していた。シュウの耳には「いっちまえ!」やら「早く食いなよ! 彼女さんが可哀想じゃないか!!」なんて声が聞こえる。確かにルルの瞳は僅かに潤んでいた
「あっあーん」
シュウは顔を真っ赤にして口を思いっきり開けた。ルルはその瞬間一輪の花が綺麗に咲いたように綺麗に笑うと刺身を口の中へと運ぶ。シュウが口を閉じたのを見て箸を引き抜くと嬉しそうに箸とシュウの顔を見て微笑んだ。
「おっおいしいかな?」
まぁ恥ずかしがり屋だったルルだ。今は大分改善されたからと言って未だにその性格は残っている。だから声は小さく顔は真っ赤なのだがそこがまた可愛かった。
「……あぁ。美味しいぞ」
シュウはあーんに戸惑ってはいたがルルに微笑む。
「どこの新婚さんですか!!」と言う声が突如上がった。それ位に初々しくラブラブなカップルなのだ。
そこまでして二人は急に恥ずかしくなったのか無口で急いで食べ始めた。時間も無かったこともあったのだろう、すぐに完食すると生暖かい視線を受けながら会計を早々と済ませ店を出た。
その時の二人をだれが兄妹と思うだろう? 本当にカップルの様な二人だ。店内は自然とその二人の話題でもちきりとなった。