#97 これなら
あの後、僕と棟哉は昼食を済ませ、またゲームの世界に没頭していた。
リビングのテレビの前、並んで座布団に腰を下ろし、コントローラーを握る手は自然と力が入る。
画面の中ではキャラクターたちが激しい戦闘を繰り広げ、派手なエフェクトが視界を覆っていった。
「そこだ、優斗! 追い詰めたぞ!」
「まだまだ! こっから逆転だって!」
棟哉の挑発に乗って声を張ると、背景に巨大な炎の壁が出現した。
――ゲームの演出、のはずだ。
「……おい優斗、その炎、大丈夫か?」
棟哉が少しだけ声を落として尋ねてくる。
僕は一瞬だけ画面を見返し、首を傾げた。
「え? あぁ……なんともないみたい」
棟哉は安堵したように小さく息をつき、笑みを浮かべた。
「そっか。ゲームの中なら平気かもな」
それからしばらく、アクション、RPG、シューティングと、炎が演出に使われるゲームを次々とプレイした。
どれも派手な火花や爆発が画面いっぱいに広がるが、不思議と胸の奥がざわつくことはなかった。
「おー、この必殺技カッコいい!」
「だろ? 燃える演出ってやっぱ映えるんだよ」
棟哉は画面を見ながらふと考え込むような表情になり、僕に向き直った。
「なぁヤエ……ゲームの中だと大丈夫そうだけどさ。もっとリアルな火の表現があるゲームだと、どうなるんだろうな」
「リアルな火……? それは試したことないな」
棟哉はニヤリと笑い、立ち上がった。
「じゃあ探しに行こうぜ。ショッピングモール行けば何か見つかるだろ」
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その頃、私はヒオちゃんと雑貨店を出て、紙袋を手に帰路を歩いていた。
中には、優斗のために選んだアロマキャンドル。
甘い香りと柔らかい炎が、彼の心を少しでもほぐしてくれたら――そんな思いで選んだものだ。
「なっちゃん、きっと喜んでくれるよね」
「うん。……そうだといいけど」
そんな会話をしていると、ポケットの中でスマホが震えた。
優斗からのメッセージだ。
『棟哉がリアルな火が出るゲームを探そうって言い出して、モールに行くことになった。タイミング合えばそっちも寄らない?』
「……ゲームで炎の実験?」
ヒオちゃんが画面を覗き込み、笑って肩をすくめた。
「まぁ、それもいいかもね。反応見れるし」
私たちはそのままモールへ向かうことにした。
紙袋の中でキャンドルが小さく揺れる音がして、少しだけ胸が高鳴る。
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ゲームショップの前で待っていた優斗と棟哉は、どこか楽しそうで、でも棟哉の方が少し落ち着かない様子だった。
優斗は軽く手を振り、棟哉は「遅かったな」と笑うが、ちらちらと店内を気にしている。
「お、来たな!」
「待ってたよ、夏音、天名」
私たちが近づくと、ヒオちゃんが紙袋を差し出した。
「はいこれ、なっちゃんと選んできたやつ!」
優斗は目を瞬かせ、少し照れたように笑った。
「え、なにこれ……ありがとう。後でちゃんと見るよ」
「ほら行くぞ! リアルな火が出るやつ探そうぜ」
店内に入ると、涼しい空調とゲームのデモ映像が流れるモニターの光が迎えてくれた。
壁一面に並んだパッケージの中から、炎をテーマにした作品を探して棚を巡る。
「これどうだ? ファンタジーRPGで、ドラゴンのブレスが……」
「うーん、それはちょっと派手すぎるかな」
「こっちは? 工場の火災シーンがあるらしい」
「それは……ちょっと現実味ありすぎて、逆にきついかも」
そんなふうに慎重に候補を絞っていき、棟哉がふと立ち止まった。
手にしていたのは、自然の中で生き延びるサバイバルゲーム。
表紙には夜明けの森と、小さく揺れる焚き火が描かれていた。
「これとかどうだ? 焚き火を作る要素があるし、戦闘シーンとかは控えめだ」
優斗はパッケージを受け取り、表紙をじっと見つめる。
その目には少しの緊張と、それを押し隠すような好奇心が同居していた。
「……これなら試してみてもいいかな。焚き火ぐらいなら大丈夫だと思う」
その一言に、棟哉は嬉しそうに頷き、ヒオちゃんも「いいね、それ!」と笑顔を見せた。
私も少し肩の力が抜けるのを感じた。
レジに向かう間、棟哉は「これで一歩前進だな」と小声で呟き、優斗は「まぁ、ゲームだからね」と少し照れながら答えた。
袋の中にしまわれたパッケージは、外の夕日を受けてほのかに光っていた。
こうして私たちは、そのゲームを手に帰宅することになった。
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帰宅後、夕飯もそこそこに、私たちはリビングのテレビにゲーム機をセットした。
新しく買ったサバイバルゲームのパッケージを開け、ディスクを差し込むと、タイトル画面に広がる森と静かな湖の映像が映し出される。
「よし……じゃあ、まずは俺がやってみるか」
棟哉くんがコントローラーを握り、序盤のチュートリアルを進めていく。
画面の中のキャラクターが木の枝を拾い、地面に転がる石を集めていく。
「次は……これで火打石を組み合わせて……」
カチッ、カチッと音が響き、火花が散った瞬間、薄暗い森の中にオレンジ色の光が小さく灯った。
それが少しずつ息を吹き返すように大きくなり、やがて焚き火がゆらゆらと揺れ始める。
その瞬間、私は反射的に息を呑んだ。
まるで現実の炎のような揺らめきと、パチパチという薪の音。
私は思わず隣に座る優斗の様子を横目でうかがう。
――眉はわずかに寄っているけれど、目は逸らしていない。
口元はきゅっと結ばれているが、震えている様子もない。
彼はただ、静かにその炎を見つめていた。
「……大丈夫だよ。ゲームって分かってるから」
少し間を置いて、優斗がそう言った。
その声は落ち着いていて、どこか自分に言い聞かせているようでもあった。
棟哉くんが「そうか、よかった」と小さく笑い、ヒオちゃんも「一歩前進だね」と頷く。
緊張がゆるんだ空気の中で、焚き火の光だけが部屋を温かく染めている。
私はテレビの中で揺れ続けるその炎に目を戻し、もう一度優斗の横顔を見た。
オレンジ色の光が彼の頬を柔らかく照らしている。
胸の奥に溜まっていた小さな不安が、少しだけ溶けていくような気がした。




