#95 特訓
画面には、夜の森の中で燃えるキャンプファイヤーが映し出されていた。
炎は穏やかに揺れ、そのたびに明暗がゆっくりと入れ替わる。
しかしその光がちらつくたび、胸の奥に眠っていた記憶がかすかに浮かび上がり、思わず息を止めてしまう。
額にじわりと冷や汗がにじみ、心臓が速く脈を打つ。
「…………ッ」
「……大丈夫だ、優斗。ただの映像だし、俺も隣にいる」
棟哉の声に、僕はハッとして視線を落とし、胸に手を当てて深く息を吸った。
パチパチと薪がはぜる音は、一定のリズムで耳に届き、目を閉じるとまるで本当に野外の火を囲んでいるような錯覚が生まれる。
けれど、ふいに炎が強まる瞬間――あの夜の記憶が、否応なくよみがえってくる。
燃え盛る家、鼻を刺す焦げた匂い、激しくはぜる音。
立ち込める煙に包まれ、呼吸が苦しくなっていく感覚。
……そして、夏音を失ってしまうかもしれないという、形のない恐怖。
その映像を頭から振り払おうと、無意識に額をぬぐい、指先で冷や汗を拭った。
棟哉は黙って僕の様子を見つめ、手元のリモコンを操作して映像を切り替える。
「……今度は夜のキャンプファイヤーだ。焚き火より少し大きいけど、これもただの映像だ」
画面には、暗い森の中で火を囲み、談笑する人たちの姿が映っている。
誰かが薪をくべるたび炎が勢いを増し、そのたびに僕の肩はわずかに震えた。
「どうだ? 少しは慣れそうか?」
棟哉の問いに、言葉は出ず、僕はただ小さくうなずく。
まだ緊張は抜けないが、映像から目をそらさずにいられる自分に気づき、少し驚いた。
「……映像なら、なんとか大丈夫かも。でも……やっぱり火のことを考えると怖い」
「そうか……じゃあ次だ」
映像が切り替わり、今度は星空の下で火を使って料理をする場面に変わった。
ダッチオーブンやフライパンから立ちのぼる湯気。
炎は料理に寄り添うように、柔らかく揺れている。
「こういうキャンプの火なら、どうだ?」
恐怖が消えたわけではない。
それでも、料理に使われる火を見ていると、不思議と「役に立つ存在」としての温かさが胸に広がっていく。
「……これなら、大丈夫かも」
自分で口にして、少し驚く。
棟哉はにやりと笑い、次の映像を再生した。
「じゃあ、少しずつ種類を変えてみよう。火事の映像はやめとくけどな」
キャンプの焚き火、かがり火、ロウソクの灯り。
どれも実物より迫力は小さく、恐怖はやわらいでいく。
冷や汗も次第に引き、肩の力が少し抜けた。
――気づけば、リビングの時計は正午を指していた。
今日は祝日。ずっと映像を見ていたなんて、少し驚きだ。
「今日は一日中でも付き合うぞ?」
「あはは……それは遠慮しとくよ」
「ま、いい。少しでも慣れたなら十分だ。お前、ちゃんと向き合ったんだからな」
火への恐怖はまだ残っている。
でも、こうして冷静でいられた自分が、少しだけ誇らしい。
そして、それを支えてくれた棟哉への感謝が胸に広がる。
「ありがとう、棟哉。……今日の特訓で、少し火が怖くなくなった気がする」
「おう、それなら上出来だ。無理せず、少しずつだぞ」
棟哉はそう言いながら、僕ににっこりと笑みを見せた。




