#93 頼れるヤツ
目を覚ますと、リビングにはやわらかな朝の光が差し込み、私の体にはふわりと布団が掛けられていた。
昨夜は女子会で夜更かしして、そのまま眠ってしまったらしい。
「ん……いつの間に寝ちゃったんだろ」
横を見ると、詩乃ちゃんもヒオちゃんも布団に包まれて、安らかな寝息を立てている。
体を起こすと、まだ布団の温もりが背中に残っていて、ぼんやりとした感覚が心地よかった。
ふと、階下から食器の音と油のはじける匂いが漂ってきた。
きっと棟哉くんだ。
確認も兼ねて、階段を下りてみる。
「おはよう、棟哉くん」
「お、夏音ちゃん。おはよう。昨日は楽しそうだったじゃん」
「うん! 詩乃ちゃんとももっと仲良くなれた気がするよ」
棟哉くんは笑みを浮かべつつ、手際よくフライパンを振っている。
その真剣な横顔を見て、思わず近寄った私に差し出されたのは、洗いたての野菜と包丁だった。
「せっかくだから、これ手伝ってくれるか?」
「もちろん! 何か切ればいい?」
「野菜を食べやすい大きさにしてくれれば大丈夫だ」
包丁の感触を確かめつつ、野菜を切り始める。
しばらくは調理音だけが響く静かな時間が続いたが、やがて棟哉くんが少し真面目な声で聞いてきた。
「なぁ……夏音ちゃん、ヤエのこと、どう思ってるんだ?」
一瞬、言葉が喉に詰まる。
けれど、その視線がふざけた色を含まないことに気づき、少しだけ笑って答えた。
「……優斗は、大切な人だよ。信頼してるし、そばにいると安心できる。でも……それがどういう意味なのか、自分でもまだわからない」
棟哉くんは「そっか」と短く頷き、優しく言葉を重ねる。
「ヤエは何があっても助けるやつだ。お前も大事にしてやれ」
「……うん、ありがとう」
胸の奥が温かくなるのを感じながら、私は手元の野菜を切り続けた。
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――ふと目を開けると、カーテン越しの朝日が目にしみた。
ぼんやりと頭をかきながら階段を下りると、リビングには香ばしい匂いが漂っている。
キッチンでは、棟哉と夏音が並んで立っていた。
二人とも手を動かしながら笑い合っていて、その光景に自然と口元が緩む。
「おはよう。……いい匂いだな」
「おはよ、優斗。ちゃんと眠れた?」
夏音の問いかけに、少し冗談めかして返す。
「まぁね。……誰かさんの寝息がうるさくてさ」
「はぁ!? うるさいなぁもう!」
棟哉が笑いながら「朝から元気だな」と言い、フライパンを振る音がまた響いた。
こんな穏やかな朝が、ずっと続けばいい――そんなことを、ふと本気で願ってしまった。




