表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
9/111

#09 楽しい時間

 風呂場から上がった湯気がまだ漂う脱衣所。

 僕は夏音に「勝手にお湯張っておいたから、汗くらい流してきなよ」と言われ、左腕を庇いながらゆっくりと湯船に浸かった。


「……ふぅっ」


 温かいお湯が体の芯まで染み渡る。

 ―――まるで今日一日の疲れがすべて溶けていくようだ。


 ……いや。


「それは無い、かぁ」


 包帯を外した左腕を見下ろす。

 赤黒くくっきり残った火傷の痕――スタンガンを押し当てられた跡だ。

 ズキリとした痛みが、あの瞬間を嫌でも思い出させる。


 明日は学校の前にコンビニで手袋でも買おう。

 この傷を見られたら、余計な詮索をされるのは目に見えている。


「……そろそろ出るか」


 頭や体を洗うのは、腕が痛みそうなのでやめておいた。


 ――――――――――――――――――――――――――


 リビングに戻ると、テーブルの上には大きなピザが一枚。

 湯気を立てながら、香ばしい匂いを部屋に満たしている。


「お、ちょうど良かったね。温め直しておいたよ」


 台所から顔を出した夏音が、オレンジジュースを片手に笑顔で言った。


「飲み物、冷蔵庫のやつ適当に出していい?」

「ああ、大丈夫。色々ありがとう」


 夏音はコップにジュースを注ぎ、僕の向かいに腰を下ろした。

 制服のまま――きっと着替えがないのだろう。


「そういえば、このあと夏音はどうするの?」

「ん? 家に帰ってシャワー浴びて寝ようかなーって。どうしたの?」


 少し迷ってから、口にする。


「夏音さえ良ければなんだけど……今日はもう暗いし泊まっていく?」

「……え、もしかして誘ってるの?」


 軽く目を細められ、思わず両手を振る。


「ちがっ……! そういう意味じゃないから! わかってて言ってるよね!?」

「ふふっ、ごめんごめん。冗談だよ。じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 夏音が笑ってパンと手を合わせる。


「じゃ、冷めないうちに食べよ」

「まったく……うん、そうだな」

「「いただきます!」」


 ピザを一切れ手に取りながら、私は口を開いた。

 胸の奥でずっと考えていたことを、勇気を出して言葉にする。


 ――――――――――――――――――――――――――


「優斗……私ね、岡崎くんともう一度話してみようと思うの」


 その瞬間、優斗の手がぴたりと止まった。

 まるで意外すぎて、時間が少し止まったみたいに。


「びっくりしたよ、まさか夏音から言われると思ってなかった。でも、だったら話は早そうだね」


 驚きの表情がすぐに真剣なものに変わる。


「実は物宮先生が、僕たちと岡崎の話し合いの場を作ってくれるらしい」

「そうだったんだ……でも、それだと優斗が危なくない?」


 私を庇ってくれたことで、岡崎くんに恨まれているかもしれない。

 そう考えると、どうしても不安が拭えなかった。


 けれど、彼は少し肩をすくめて笑う。


「僕より夏音の方が危ない気がするけどな……まあ、話し合うつもりだよ」


 ……本当に、自分のことは二の次なんだから。


 その言葉を聞いて、心の奥に温かいものが広がった。


「そっか……優斗が一緒なら安心だし、嬉しいな」


 私がそう言うと、優斗は頭を抱えて恥ずかしそうに目を泳がせる。


(……夏音って、こういうとこあるんだよな)


 その仕草も、私にとってはちょっとだけ嬉しい。


 ――――――――――――――――――――――――――


「それにしても、このピザ、美味しいね」

「うん。デリバリーって、案外あなどれないな」


 レシートを見ると、照り焼きチキン。

 自分でも意外だけど、こういう味がけっこう好きらしい。


「そういえば先生が、明日休んでも欠席にしないって言ってたけど?」

「そうなんだ。じゃあ……病院にも行きたいし、休ませてもらおうかな」


 僕がそう言うと夏音は驚いたような顔をする。


「え、うそ……あの真面目な優斗が学校を休むって……? これは明日槍が降るかなぁ」

「はぁ……腕をこのままにしておく訳にはいかないでしょ? ……大体、僕が休まないなら夏音だって休まないよね?」


 夏音は小さく頷き、「まあ、優斗ならすぐ授業追いつくでしょ」と笑った。


 食べ終わると、時計はちょうど20時。

 僕はふと思いついて口にした。


「夏音も、お風呂入ってきたら?」

「そうだね……あ、でも覗かないでよ」

「しないって。お湯が冷めないうちに、ね」


 夏音が浴室へ向かう背中を見送り、姿が見えなくなった瞬間――立ち上がった。


「……よし、黒歴史ノートの避難だ」


 あれを同じ場所に置いておくと、夏音はきっとすぐ見つけてしまう。

 急いで部屋へ――。


 ――――――――――――――――――――――――――


「いやぁ、お風呂ありがとう! 久しぶりに湯船に……って、どうしたの?」

「いや……なんでもないよ」


 ギリギリでリビングに戻った僕に、夏音が小首をかしげる。


「ドライヤーある?」

「去年壊れちゃって、そのままで……」

「そっか。じゃあ、寝るまでのんびりさせてもらうね」


 ソファーに腰を下ろした夏音。

 濡れた髪が肩にかかり、柔らかく光を反射している。

 体操着のラインが、妙に目に入ってしまう――。


「ん? どうしたの? 見つめちゃって」

「い、いや……なんでもない。テレビでもつけようか」


 ――――――――――――――――――――――――――


「はぁー面白かったね! 特に動物のコーナー……猫飼いたいなぁ」

「だねぇ、僕はハムスター飼いたいな」


 時計を見るとも22時だ。

 楽しいと時間の流れがとても早い。


「さて、そろそろ寝ようか。夏音はどこの部屋がいい?」


 それを聞いた夏音はもじもじと恥ずかしそうにする。


「……あの、優斗と、同じ部屋じゃ……だめ、かな」

「……へ?」


 間の抜けた声が、静かな部屋に響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ