#88 ケンカ?
「夏音、その……」
優斗が、少しおそるおそるといった様子で声をかけてくる。
「…………」
分かってる。分かってるけど――。
「(……優斗、隠し事するんだ)もん」
「ん? ごめん、もう一回――」
優斗は悪くない。
そう思いたいのに、口から出た言葉は素直じゃなかった。
「だって、優斗が隠し事するんだもん!」
あんな相談、優しい優斗が私にできるわけがない。
でも、頼ってもらえなかった寂しさと、自分が頼られる存在になれなかった情けなさが、胸に引っかかってしまう。
また、視線を逸らしてしまった。
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「隠し事って……やっぱり……」
棟哉に視線を向けると、彼は冷や汗をかきながら目をそらした。
「……悪い。俺以外にも相談してるもんだと思って、ついゲロっちまった……」
ふぅ、と一息ついて、僕は夏音の正面へ歩み寄る。
少し腰をかがめ、彼女の視線を逃がさないように見つめた。
「相談しなかったのは……ごめん。夏音が僕の腕をずっと気にしてたから……このことを知ったら、もっと心配させちゃうと思ったんだ」
最後まで言い切ると、不意に罪悪感が込み上げてきて、僕の方から視線を逸らしてしまった。
「……優斗」
「な、何でしょう? 夏音さん……」
「今度、お仕置きだから」
「はい……」
「……ん、ならいい。あたしもごめんね?」
「いや……今回は僕が全面的に悪いし……」
夏音が少し笑みを浮かべてくれた。それだけで肩の力が抜ける。
さっきの妙な様子も、これで納得だ。
「まぁとにかく、お前らが仲直りしてくれて良かったぜ」
「ですです。お二人がケンカするなんて私もびっくりでしたし……」
「そうねぇ。私達も気が気じゃなかったよ~」
三人の安堵した声を聞いて、夏音もほっと息を吐いた――その吐息が、至近距離にいた僕の頬をかすめる。
「……ッ!?」
思わずバッと立ち上がる僕。
夏音は、なぜ僕が動揺しているのか分からない様子で首をかしげていた。
「……?」
「そ、それで、“僕のトラウマをどう克服しようかの会”って、具体的に何をするの?」
誤魔化すように言葉をつなげ、夏音の隣に腰を下ろす。
「うーん……スマン、なんにも考えてねぇ。ぶっちゃけノリで決めた会だな」
「に、兄さん……」
「まぁ私達も勢いで来たしね……」
苦笑しながら、僕はリュックを開ける。
「あ、そうだ。タダで泊めてもらうのもアレだから、あの時の食材持ってきたよ」
「おー助かります! じゃあ冷蔵庫に入れますね」
「じゃあ僕も――」
立ち上がろうとすると、棟哉がぴしゃりと言った。
「お前は座ってろ。夏音ちゃんもだ!」
「えへへ……バレたか」
「飲み物も出しますので、お三方はごゆっくりどうぞ。兄さん、行くよ」
「しーちゃんありがと~」
水津木兄妹が冷蔵庫へ向かい、残されたのは僕と夏音、そして天名。
……仲直りしたとはいえ、まだ少し気まずい空気。
「「…………」」
沈黙を破ったのは夏音だった。
「あ、あの! ヒオちゃん、片付けの後は何してたの!?」
「ん? あの後? あー、助っ人試合のミーティング行かされた後のこと?」
「そうそう! あたし先に帰っちゃったから……」
「へ~、天名はやっぱすごいなぁ」
天名は色んな部活に引っ張りだこだ。
「まぁ、それほどでも……あるか! それより今日使えそうな買い物に行ってたんだ~」
ちょうどその時、詩乃ちゃんがお盆にお茶を乗せて戻ってきた。
「お待たせしました! こっちはもう少しで終わるので、ゆっくりしてて下さいね」
コップを置き終えると、水色の座布団に腰を下ろす。
「あれ? 棟哉は?」
「あぁ、入れる場所は指示したので任せてきました。兄さん、お盆ひっくり返しそうですし」
「あ~……棟哉くんならやりそう」
心の中で「確かに」と頷いてしまう。
「あ、そういえばヒオちゃん、結局何買ってきたの?」
「あぁ、それはね……」
天名がリュックを引き寄せ、中を探る。
「お、あったあった」
ことり、とテーブルに置かれたのは――ライターだった。




