#87 隠し事
……一人で帰ること自体は、珍しいわけじゃない。
みんなは部活、僕はほぼ自由参加の文芸部。
夏音も部活には入っていないけど、その身体能力の高さから色んな部活にヘルプで呼ばれることが多く、自然と僕は一人で家路につく。
それが“いつも通り”のはずだった。
……だけど、ここ最近はいつも夏音が隣にいた。
だからだろう、今日は妙に帰り道が寂しい。
「はぁ……今日の夏音、ちょっと様子おかしかったな……」
怒らせるようなことをした覚えはない。けれど、何かあったのかもしれない。
そんな考えが頭の中にこびりついたまま、僕は自宅にたどり着いた。
「まあ、何はともあれ……食材は持って行かないとね」
小さく呟きながら玄関の扉を開ける。
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「……よし、これで終わり。助かったよ、夏音ちゃん。俺らのクラス、部活あるやつばっかで、気づいたら俺ひとりだったからさ」
体育倉庫で片付けを終えた棟哉くんが、笑いながら礼を言ってくれる。
「ううん、大丈夫だよ」と返しながら、私は少し考え込んでいた。
「……どうした、夏音ちゃん?」
首をかしげる棟哉くん。私は、意を決して口を開く。
「あたし、今日棟哉くんの家に行く!」
突然の宣言に、棟哉くんは一瞬驚いた顔を見せ……すぐに表情を曇らせた。
「あー……やっぱり、陽織ちゃんから聞いた?」
「そう。ヒオちゃんから全部。――優斗、今大変なんだって?」
彼は察しが早い。
……でも、その顔はどう見ても深刻そうだ。
「……まあ、大変っちゃ大変だな」
「あたし、優斗から直接聞いてないし、嫌がられるかもしれないけど……それでも今日は行くから!」
半ば子供のように言い切る私に、棟哉くんは頭を抱える。
「……わかった。親には――」
「あ、私も行くからよろしく~」
背後から声。両肩に軽く手が置かれ、私は振り返った。
「ひ、陽織!?」
「ヒオちゃん!?」
「まったく……こんな大きい声で話してたら、誰か来ちゃうでしょ? 他の人が入ってこないように、ずっと見張ってたんだから」
その一言に、私も棟哉くんもしまったと口をつぐむ。
「この落とし前、ちゃんとつけてもらうからね? 水津木?」
「……わかった、わかったよ!」
棟哉くんは観念したようにスマホを取り出し、家族に連絡を入れた。
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「――というわけで! 第1回、ヤエのトラウマをどう克服しようかの会~!」
「おーー!」「わーー」「…………」
棟哉の掛け声に、天名は楽しそうに拍手、詩乃ちゃんは棒読みでぱたぱたと手を叩く。
そして……夏音は無言のまま、音のしない拍手をしていた。
「……と、と棟哉、なんで夏音と天名まで!?」
詩乃ちゃんが袖を引き、抗議するような目でこちらを見る。
「ヤエ先輩、私もいますけど」
「いや、詩乃ちゃんは棟哉の家だから……」
夏音は視線を合わせようとせず、そっぽを向いている。
「夏音、その……」
「…………」
軽く声をかけても、返事はない。
困ったな……頑固なとこあるし、こうなると――
そう思った瞬間、小さく「――もん」と夏音が呟いた。
「ん? ごめん、もう一回――」
「だって、優斗が隠し事するんだもん!」
食い気味の声に、僕は目を丸くする。
「……やっぱり……」
視線を棟哉に向けると、彼は冷や汗をかいて目を逸らした。
「……てっきり、俺以外にも相談してるものかと思ってゲロっちまった……すまん」
そうか……確かに「内緒に」とは言ってなかった。
僕は心の中で頭を抱えた。




