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季節の夢にみせられて  作者: ほたちまる
85/111

#85 戻ったら

 しばらくすると、それぞれの作業を終えたクラスメイトたちが「手伝うよ」と集まってくれて、おかげで僕の担当分も時間内に終わらせることができた。


『あーテス、テス。……おーし、お疲れ様だお前ら! 先生から許可はもらってるから、制服に着替えて指定の席に座ってくれ!』


 ステージに上がった棟哉がマイクテストのついでに全体へ指示を出す。


「おっ、さすが水津木。早めに終わった分、休み時間も長くなったな」

「……ふぅ、そうだね」


 僕は最後まで掃除をしていたが、棟哉の声を聞いて手を止めた。


「そんじゃ俺は先に戻ってるから、お前は無理すんなよ~」

「ああ、うん! 手伝ってくれてありがとう!」


 さて……僕も体育館に戻って、夏音をゆっくり待とうかな。

 ……いや、せっかくだし差し入れでも買っておくのもいいかも。


 手伝ってくれたみんなに手を振り、雑巾を片付けに――


「おーい! すまんヤエ、ちょっといいか?」

「うん? って、飛び降りたら危ないよ!?」

「まぁまぁ、気にすんなって……悪いけど、俺の着替え持ってきてくれねぇか?」


 着替え……ってことは、僕をパシらせてここで着替える気か?

 ……さっきの尊敬を返してほしい。


 そんな僕の心中を読んだのか、棟哉は呆れたように眉を下げた。


「……お前、俺が怪我人をこき使うようなやつだと思ってんのか?」

「そ、それは……って、僕に頼む時点でそうじゃないか!」


 棟哉は一瞬考えるふりをしてから、パンと手を叩いて誤魔化すように早口になる。


「実はステージの準備も任されててよ、時間がギリギリなんだ。頼む、持ってきてくれ!」

「……もう、仕方ないなぁ」

「助かる! 今日は美味いもん作ってやるからな!」


 はいはいとあしらいつつ、僕は教室へ向かった。


 ――――――――――――――――――――――――――


「……フッ! ……よっ!」


 私は今、校庭の脇にある二面だけのテニスコートで、クラスメイトとラリーを繰り広げていた。


「あっ……流石ね、篠原さん。今日こそ一本取れると思ったのになぁ」

「ううん、デュースなしだったらあたしが負けてたよ! いい勝負だった!」


 握手を交わしてコートを出ると、ヒオちゃんが笑顔で迎えてくれる。


「さすがなっちゃん。あの子、運動部なのに」

「いやぁ、今回は本当に負けそうだったんだってば」

「またまたぁ、そんなこと言っちゃって」


 そんなやりとりの最中、先生が手をパンパンと叩いて声を張った。


「はいはい! このあと特別授業なんでしょう? 切り上げて体育館へ移動してー!」


「「「はーい!」」」


 楽しかったけど……戻ったら優斗と顔を合わせる。


「なっちゃん、私片付けするから先に戻ってていいよ~」

「あ、あたしも手伝うよ! 早めに移動したほうがいいし」

「助かる~。じゃあ私はボール運ぶから、ラケットお願い」


 ……正直、ちょっと時間を稼いだ。


 ――――――――――――――――――――――――――


「はい、着替え。一応白シャツも持ってきたよ」

「おぉ、助かる! 汗まみれのままは勘弁だったからな……よく気付いたな」

「まぁ、バッグに入ってたし……。あ、作業は終わったの?」

「いや、終わってねぇ。でもお前にはやらせねぇよ?」


 あっさりと見透かされて、僕は苦笑いするしかなかった。


「気持ちだけ受け取っとく。ヤエは自分の席でのんびりしてろ」

「……ありがとう。じゃあ戻るね」

「おう、後でな」


 棟哉に手を振り、僕は並べられた椅子の一番後ろに腰を下ろす。

 出席番号のせいで、いつもここだ。


 ……泊まるって言っても、何を持って行こうか。

 着替えに……制服に……あ、明日の教材も必要だ。


 そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。


「ん……あれ?」


 思考から引き戻された瞬間、夏音が僕の横を無言で通り過ぎていった。


 ……え、なんで?

 普通なら何かあったら愚痴のひとつでもこぼしてくるのに。


 じっと、彼女の背中を目で追う。


「お、女子の方は終わったのか。お疲れ」

「うん、先生が早めに切り上げてくれたんだー」


 彼女は他の男子とは普通に話しているように見える。


 ……やっぱり、僕に気付かなかっただけかもしれない。


「……仕方ない、始まるまで待とう」


 ステージで忙しそうに動く棟哉を眺めながら、僕は長く感じる休み時間をやり過ごした。

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