#85 戻ったら
しばらくすると、それぞれの作業を終えたクラスメイトたちが「手伝うよ」と集まってくれて、おかげで僕の担当分も時間内に終わらせることができた。
『あーテス、テス。……おーし、お疲れ様だお前ら! 先生から許可はもらってるから、制服に着替えて指定の席に座ってくれ!』
ステージに上がった棟哉がマイクテストのついでに全体へ指示を出す。
「おっ、さすが水津木。早めに終わった分、休み時間も長くなったな」
「……ふぅ、そうだね」
僕は最後まで掃除をしていたが、棟哉の声を聞いて手を止めた。
「そんじゃ俺は先に戻ってるから、お前は無理すんなよ~」
「ああ、うん! 手伝ってくれてありがとう!」
さて……僕も体育館に戻って、夏音をゆっくり待とうかな。
……いや、せっかくだし差し入れでも買っておくのもいいかも。
手伝ってくれたみんなに手を振り、雑巾を片付けに――
「おーい! すまんヤエ、ちょっといいか?」
「うん? って、飛び降りたら危ないよ!?」
「まぁまぁ、気にすんなって……悪いけど、俺の着替え持ってきてくれねぇか?」
着替え……ってことは、僕をパシらせてここで着替える気か?
……さっきの尊敬を返してほしい。
そんな僕の心中を読んだのか、棟哉は呆れたように眉を下げた。
「……お前、俺が怪我人をこき使うようなやつだと思ってんのか?」
「そ、それは……って、僕に頼む時点でそうじゃないか!」
棟哉は一瞬考えるふりをしてから、パンと手を叩いて誤魔化すように早口になる。
「実はステージの準備も任されててよ、時間がギリギリなんだ。頼む、持ってきてくれ!」
「……もう、仕方ないなぁ」
「助かる! 今日は美味いもん作ってやるからな!」
はいはいとあしらいつつ、僕は教室へ向かった。
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「……フッ! ……よっ!」
私は今、校庭の脇にある二面だけのテニスコートで、クラスメイトとラリーを繰り広げていた。
「あっ……流石ね、篠原さん。今日こそ一本取れると思ったのになぁ」
「ううん、デュースなしだったらあたしが負けてたよ! いい勝負だった!」
握手を交わしてコートを出ると、ヒオちゃんが笑顔で迎えてくれる。
「さすがなっちゃん。あの子、運動部なのに」
「いやぁ、今回は本当に負けそうだったんだってば」
「またまたぁ、そんなこと言っちゃって」
そんなやりとりの最中、先生が手をパンパンと叩いて声を張った。
「はいはい! このあと特別授業なんでしょう? 切り上げて体育館へ移動してー!」
「「「はーい!」」」
楽しかったけど……戻ったら優斗と顔を合わせる。
「なっちゃん、私片付けするから先に戻ってていいよ~」
「あ、あたしも手伝うよ! 早めに移動したほうがいいし」
「助かる~。じゃあ私はボール運ぶから、ラケットお願い」
……正直、ちょっと時間を稼いだ。
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「はい、着替え。一応白シャツも持ってきたよ」
「おぉ、助かる! 汗まみれのままは勘弁だったからな……よく気付いたな」
「まぁ、バッグに入ってたし……。あ、作業は終わったの?」
「いや、終わってねぇ。でもお前にはやらせねぇよ?」
あっさりと見透かされて、僕は苦笑いするしかなかった。
「気持ちだけ受け取っとく。ヤエは自分の席でのんびりしてろ」
「……ありがとう。じゃあ戻るね」
「おう、後でな」
棟哉に手を振り、僕は並べられた椅子の一番後ろに腰を下ろす。
出席番号のせいで、いつもここだ。
……泊まるって言っても、何を持って行こうか。
着替えに……制服に……あ、明日の教材も必要だ。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
「ん……あれ?」
思考から引き戻された瞬間、夏音が僕の横を無言で通り過ぎていった。
……え、なんで?
普通なら何かあったら愚痴のひとつでもこぼしてくるのに。
じっと、彼女の背中を目で追う。
「お、女子の方は終わったのか。お疲れ」
「うん、先生が早めに切り上げてくれたんだー」
彼女は他の男子とは普通に話しているように見える。
……やっぱり、僕に気付かなかっただけかもしれない。
「……仕方ない、始まるまで待とう」
ステージで忙しそうに動く棟哉を眺めながら、僕は長く感じる休み時間をやり過ごした。




